37 / 49

第37話 助けは来るから

 閉ざされた空間。今が夜なのか朝なのかも分からない。  捕まっている人々は久々に潤った喉に安心し、すやすやと眠っている。 「…………」 「何も、言わなくなっちまったな。このガキ」 「そりゃあな」  その中で三人は起きており、ふたりは未だに少年に群がっていた。一人は助けるでもなく注意するでもなく、うつむいて膝を抱えている。  六つの喉が潤うまで何度も何度もイかされ、手足を投げ出した少年はぴくりとも動かない。  固く閉ざされた瞼。薄く開いた唇。べとべとに汚された身体。衣服は全て剥ぎ取られ、遠くに捨てられていた。  濃い金髪の男は、指で小さな乳首を軽く弾く。 「……」 「つまらねぇ。さっきまでびくびく震えてたのに。何の反応もねぇ」 「まだヤり足りないのかよ」  鬱陶しそうに首の鎖を引っ張る。ジャラッと耳障りな音が反響した。 「ったりめーだろ! ここに閉じ込められて何日経ってんだよ。酒もタバコもなんもねえ。あのキモイ魔物に怯える日々だぜ?」 「まあ、娯楽は必要だよな」  頬がこけた金髪の男も、詩蓮で暇をつぶしている。指を二本、口にねじ込んであたたかい舌をやさしく引っ掻く。 「あーあ。十歳未満の幼女だったらもっとよかったのになー」 「俺はすげえ醜女にしか興味ねえ」  魔物が集めた六人の中に女性もいるが、特殊性癖の男しかいないおかげで貞操は守られていた。  濃い金髪はくすぐるように少年の顎を撫でる。 「……ん」 「お、ちょっと反応したぜ? 起きたらまだ遊べそうだな」 「俺は腹が減った……」  少年の足を持ち上げ、親指をねぶる。  ズン、ズン。  と、そこで足音がした。  起きている人たちはさっと柱の後ろに移動する。 「また、あいつだぜ」 「……気持ち悪いんだよな。あの魔物」  やってきたのは石を纏った巨体。寒気のする外見に男たちは顔をしかめる。 『ポチたちは仲良くしているど?』  赤い涙を流す眼球が、部屋の中をゆるりと見回す。  数匹眠っているが、半数は起きている。足元の冒険者を見下ろす。狙い通り、ペット共がめちゃくちゃにしてくれたようだ。ペットに任せた方が、うっかり殺してしまう事故を防げる。  にんまり笑い、一人分の食糧だけを置いて立ち去っていく。 「また……一人分かよ。飯がいつも少ないんだよ」 「全員で分けよう」  足音が聞こえなくなってから、さらに五分くらい様子を見る。魔物が戻ってくる様子はない。 「よし」  一人がサッと食料をかき集める。小さな木の実が数粒。下手をすると一人分も無いかもしれない。  寝ている人が起きてから全員に配り、ちまちまと甘くも酸っぱくもない実を齧った。 「――あっ、あっ」 「ほらほら。どうした?」 「生意気な口をきいてみろよ」  時間の分からない空間で、少年は暇つぶしの道具とされていた。  脱がされた服で腕と足を縛られ、複数の手で触られる。  それでも。回らない頭、霞んだ瞳で訴える。 「やめ……ろ。こんな、こと。きっと、助けが……」 「うるせえ。どうせ助けなんて来ないんだよ」 「死ぬなら楽しんで死なないとなぁ」  壊れたような笑い声が響く。  他の者は非難するような、可哀想なものを見る目を向けてはいるが諫めようとはしない。粗暴な男たちが少年に夢中になっている間は、自分たちは安泰だ。 「まだ元気だろ? 最初みたいにもっと大きく鳴けよ」  尻を鷲掴みにされる。 「っ!」 「声出せって」 「ね、ねえ……。やめなよ」  見かねた女性が恐る恐る声を掛ける。だが男たちに振り向かれただけで怯み、離れて行ってしまう。 「あんだよ? 助けねーのか?」 「可哀そうに。見捨てられたな」  へらへら笑い、詩蓮の顎を掴んで強引に自分の方へ向けさせる。 「……やめろ。助けは、くるから」 「まだ言うか」 「おっし! もっと遊んでやろうぜ」 『混ぜてほしいど』  ――ぞっとした。  はしゃいでいた男共纏めて静まり返る。  通路から魔物が入ってきたのだ。六人とも泡を食って後退る。 (足音が聞こえなかったぞ!) (ひいいいっ)  青ざめる人々を、手足を縛られた少年が庇うように前に出る。  ぎっと睨みつける。 「……っ」 『タマだけだど。まだそんな反抗的な目をするの』  詩蓮に手を伸ばすが、その手が触れる直前で魔物は動きを止めた。 「?」 『ん? なんか遺跡に入ってきたど?』  「石を纏う屍」は手下を呼ぶと、入口の方へズンズンと歩いていく。 (誰か来た? ……助けが? これって)  晶利だ! と、詩蓮は確信した。間違いようがない。冒険者ギルドの魔法使い達にも感じたことはない。晶利だけに感じる違和感。  助けに来てくれたんだ!  緑の瞳に光が灯る。それだけで活力が沸き上がり、消えかけていた蝋燭(こころ)の火に注がれる。  屍の手下――「泥人形」上半身だけの、人らしき形の魔物。一体一体は大したことはないが群れとなって地面から、石畳の隙間から溢れ出てくる。  下半身を失った死体が、亡くなった部位をもとめてさまよっているような姿。  大きな悲鳴が上がる。 「うわっうわああああ!」 「まも、ま、魔物だ!」 「殺されるのか……? 俺たち? あはは……や、やっぱ助けなんて、助けなんてこないんだッ」  六人が一斉に動くため、ジャラジャラと鎖の音がやかましく鼓膜に突き刺さる。  「泥人形」。動きは鈍いが、狭い部屋でしかも繋がれていては、あっという間に捕まってしまう。そうなると、自分たちはどうなるのだろう。殺され、あのおぞましい魔物の一部にされるのか。  そう思うだけで胃の中のものがせり上がってくる。 「鎮まれ! 私が相手をする。これを解いてくれ」  少年の透き通る声に、びくっと全員が固まる。 「あ、ああ、相手をってお前……」 「いいから早く!」 「……っ」  先ほど諫めようとしてくれた女性が素早く駆け寄り、腕と足に絡みつく服を解いてくれた。 「ありがとう。下がって!」 「……坊や」  自分の息子のことを言ったのか、詩蓮のことを言ったのか。女性を押しのけ、マントだけでも羽織る。  愛用の杖がないと魔法の精度や威力はどうしたって落ちる。0,2秒から一秒で発動できる魔法も、一分以上かかってしまう。杖には「簡略化」と「魔法組み立て速度上昇」の魔法があらかじめ――今はそんなことどうでもいい。  こっそり回収していた食料の木の実。その種を両手で握る。 (こんな石畳の地で申し訳ない……。兄弟たち。倒せなくてもいい。時間を稼いでくれれば)  「石を纏う屍」をぶちのめし、晶利は来てくれる。  ひたすら種に魔力を注ぐ少年。その姿は祈るようで、捕まった人たちは目が離せなくなる。

ともだちにシェアしよう!