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第37話 助けは来るから
閉ざされた空間。今が夜なのか朝なのかも分からない。
捕まっている人々は久々に潤った喉に安心し、すやすやと眠っている。
「…………」
「何も、言わなくなっちまったな。このガキ」
「そりゃあな」
その中で三人は起きており、ふたりは未だに少年に群がっていた。一人は助けるでもなく注意するでもなく、うつむいて膝を抱えている。
六つの喉が潤うまで何度も何度もイかされ、手足を投げ出した少年はぴくりとも動かない。
固く閉ざされた瞼。薄く開いた唇。べとべとに汚された身体。衣服は全て剥ぎ取られ、遠くに捨てられていた。
濃い金髪の男は、指で小さな乳首を軽く弾く。
「……」
「つまらねぇ。さっきまでびくびく震えてたのに。何の反応もねぇ」
「まだヤり足りないのかよ」
鬱陶しそうに首の鎖を引っ張る。ジャラッと耳障りな音が反響した。
「ったりめーだろ! ここに閉じ込められて何日経ってんだよ。酒もタバコもなんもねえ。あのキモイ魔物に怯える日々だぜ?」
「まあ、娯楽は必要だよな」
頬がこけた金髪の男も、詩蓮で暇をつぶしている。指を二本、口にねじ込んであたたかい舌をやさしく引っ掻く。
「あーあ。十歳未満の幼女だったらもっとよかったのになー」
「俺はすげえ醜女にしか興味ねえ」
魔物が集めた六人の中に女性もいるが、特殊性癖の男しかいないおかげで貞操は守られていた。
濃い金髪はくすぐるように少年の顎を撫でる。
「……ん」
「お、ちょっと反応したぜ? 起きたらまだ遊べそうだな」
「俺は腹が減った……」
少年の足を持ち上げ、親指をねぶる。
ズン、ズン。
と、そこで足音がした。
起きている人たちはさっと柱の後ろに移動する。
「また、あいつだぜ」
「……気持ち悪いんだよな。あの魔物」
やってきたのは石を纏った巨体。寒気のする外見に男たちは顔をしかめる。
『ポチたちは仲良くしているど?』
赤い涙を流す眼球が、部屋の中をゆるりと見回す。
数匹眠っているが、半数は起きている。足元の冒険者を見下ろす。狙い通り、ペット共がめちゃくちゃにしてくれたようだ。ペットに任せた方が、うっかり殺してしまう事故を防げる。
にんまり笑い、一人分の食糧だけを置いて立ち去っていく。
「また……一人分かよ。飯がいつも少ないんだよ」
「全員で分けよう」
足音が聞こえなくなってから、さらに五分くらい様子を見る。魔物が戻ってくる様子はない。
「よし」
一人がサッと食料をかき集める。小さな木の実が数粒。下手をすると一人分も無いかもしれない。
寝ている人が起きてから全員に配り、ちまちまと甘くも酸っぱくもない実を齧った。
「――あっ、あっ」
「ほらほら。どうした?」
「生意気な口をきいてみろよ」
時間の分からない空間で、少年は暇つぶしの道具とされていた。
脱がされた服で腕と足を縛られ、複数の手で触られる。
それでも。回らない頭、霞んだ瞳で訴える。
「やめ……ろ。こんな、こと。きっと、助けが……」
「うるせえ。どうせ助けなんて来ないんだよ」
「死ぬなら楽しんで死なないとなぁ」
壊れたような笑い声が響く。
他の者は非難するような、可哀想なものを見る目を向けてはいるが諫めようとはしない。粗暴な男たちが少年に夢中になっている間は、自分たちは安泰だ。
「まだ元気だろ? 最初みたいにもっと大きく鳴けよ」
尻を鷲掴みにされる。
「っ!」
「声出せって」
「ね、ねえ……。やめなよ」
見かねた女性が恐る恐る声を掛ける。だが男たちに振り向かれただけで怯み、離れて行ってしまう。
「あんだよ? 助けねーのか?」
「可哀そうに。見捨てられたな」
へらへら笑い、詩蓮の顎を掴んで強引に自分の方へ向けさせる。
「……やめろ。助けは、くるから」
「まだ言うか」
「おっし! もっと遊んでやろうぜ」
『混ぜてほしいど』
――ぞっとした。
はしゃいでいた男共纏めて静まり返る。
通路から魔物が入ってきたのだ。六人とも泡を食って後退る。
(足音が聞こえなかったぞ!)
(ひいいいっ)
青ざめる人々を、手足を縛られた少年が庇うように前に出る。
ぎっと睨みつける。
「……っ」
『タマだけだど。まだそんな反抗的な目をするの』
詩蓮に手を伸ばすが、その手が触れる直前で魔物は動きを止めた。
「?」
『ん? なんか遺跡に入ってきたど?』
「石を纏う屍」は手下を呼ぶと、入口の方へズンズンと歩いていく。
(誰か来た? ……助けが? これって)
晶利だ! と、詩蓮は確信した。間違いようがない。冒険者ギルドの魔法使い達にも感じたことはない。晶利だけに感じる違和感。
助けに来てくれたんだ!
緑の瞳に光が灯る。それだけで活力が沸き上がり、消えかけていた蝋燭(こころ)の火に注がれる。
屍の手下――「泥人形」上半身だけの、人らしき形の魔物。一体一体は大したことはないが群れとなって地面から、石畳の隙間から溢れ出てくる。
下半身を失った死体が、亡くなった部位をもとめてさまよっているような姿。
大きな悲鳴が上がる。
「うわっうわああああ!」
「まも、ま、魔物だ!」
「殺されるのか……? 俺たち? あはは……や、やっぱ助けなんて、助けなんてこないんだッ」
六人が一斉に動くため、ジャラジャラと鎖の音がやかましく鼓膜に突き刺さる。
「泥人形」。動きは鈍いが、狭い部屋でしかも繋がれていては、あっという間に捕まってしまう。そうなると、自分たちはどうなるのだろう。殺され、あのおぞましい魔物の一部にされるのか。
そう思うだけで胃の中のものがせり上がってくる。
「鎮まれ! 私が相手をする。これを解いてくれ」
少年の透き通る声に、びくっと全員が固まる。
「あ、ああ、相手をってお前……」
「いいから早く!」
「……っ」
先ほど諫めようとしてくれた女性が素早く駆け寄り、腕と足に絡みつく服を解いてくれた。
「ありがとう。下がって!」
「……坊や」
自分の息子のことを言ったのか、詩蓮のことを言ったのか。女性を押しのけ、マントだけでも羽織る。
愛用の杖がないと魔法の精度や威力はどうしたって落ちる。0,2秒から一秒で発動できる魔法も、一分以上かかってしまう。杖には「簡略化」と「魔法組み立て速度上昇」の魔法があらかじめ――今はそんなことどうでもいい。
こっそり回収していた食料の木の実。その種を両手で握る。
(こんな石畳の地で申し訳ない……。兄弟たち。倒せなくてもいい。時間を稼いでくれれば)
「石を纏う屍」をぶちのめし、晶利は来てくれる。
ひたすら種に魔力を注ぐ少年。その姿は祈るようで、捕まった人たちは目が離せなくなる。
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