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初デート、二度目のキス、そして......③
遼は大河の隣を歩きながらあることを考えていた。
大河と付き合い始めて一ヶ月以上が経った。片想いしていた期間を入れたら半年以上経っている。
大河の論文などがあり、デートより前にお泊まりをしたことはあったがその時は特に何もなく健全に夜を過ごした。
となると。
(きっと今日は......そういうことになるよな)
そんなことを考え、昨日はドキドキして余計になかなか寝付けなかったのだ。
遼としては、なんというか、大丈夫というか、してもいいというか、むしろしたいというか。正直なところ、遼はもっと大河と深く触れ合いたいという欲求があった。
(こいつ、あの日以来キスもしてこないんだよな......)
完璧に整った大河の横顔を盗み見る。
大河は何故か合コンでした以来、遼にキスをしてこないのだ。あまりに何もしてこないので、大河はもしかして自分のことがそれほど好きではないのかもと不安に襲われた時もあった。だけど大河の遼を見る目が、いつも愛に満ち溢れているので、それは気のせいだと実感することができた。
(ハグはめちゃくちゃされるしな)
大河は隙と暇さえあれば遼を抱きしめてくる。それこそ二人きりの時は引っ付いてない時間の方が少ないぐらいだ。遼が何かしようと離れると、捨てられた子犬のような目で見つめてくる。そうなると遼はついつい大河の腕の中に戻ってしまうのだ。
(我ながら、ほんと甘いよなこいつに)
ジッと見つめていると、視線に気付いた大河が遼の方を向いた。
「どうしたの?」
嬉しそうに優しい顔で笑う大河にキュンとする。
「っ......」
ドキドキと高鳴る胸を誤魔化すように、遼は慌てて前を向いた。照れる遼の可愛い仕草に、大河からそわそわとした雰囲気が伝わる。
(これは......俺に触りたいって思ってるな)
大河の様子に、遼はふふと微笑んだ。笑った遼に許しが出たと思った大河は遼の方に手を伸ばす。
「ダーメ!人前だから」
「え......」
触られたい気持ちは山々だが、ここは自分達の関係が公認になっている大学内ではないのだ。一応それなりに人の目は気にしないと、遼はそう思う。すると途端に大河がシュンとする。うるうると子犬みたいな目で見つめられて遼はハァと息を吐いた。周りに分からないように大河に近づく。服越しに大河の体温が分かるぐらい身を寄せた。
「これで我慢しろ」
「青木......」
そんな遼に大河の表情が一瞬で輝く。ほんのり耳を赤くしながらツンと横を向く遼を大河はとても幸せそうな顔で見つめた。
「ありがと」
「おう......」
大河の言葉に遼がぶっきらぼうに返す。
赤くなった耳元を見つめながら、大河も遼に身を寄せる。触れる温かい遼の体温に、大河は嬉しそうに目を細めた。そのまま大河はにこにこした顔で遼の隣を歩く。
こんなことだけで大河はとても嬉しそうだ。そんな大河からは、やはり遼のことが大好きだというのが伝わってきて。
「.........」
こうなってくると、やはり手を出されないのが不思議で仕方ない。
まあ二人きりと言っても大学や大河の研究室だったし、泊まりに来た時も論文の締切前という状況だった。
だから、きっと今日こそキスされるに違いない、あわよくばそれ以上のことだってあってもおかしくない。
今日のために、遼は密かに男同士のやり方を勉強していた。そりゃ怖いという気持ちが、少しもないというわけではないが。
それよりも。
遼は大河ともっともっと触れ合いたい、心も体も結ばれたかった。
(よし!覚悟はできてる。どっからでもかかってこいだ‼)
相変わらずにこにこと遼を見つめる大河の隣で、遼は密かに気合を入れた。
今日のデートはどこかに出かける、とかではなく二人で街をぶらぶらする予定だ。
大河は遊園地や海など魅力的な場所ばかりを提案してくれたが、遼はもっと普通のことがしたかった。大河と会う時はいつも大学内で、付き合いだしてすぐに論文の締切で忙しくなり、外で過ごしたことがほとんどなかったからだ。だから遼は大河とショッピングをしたり、お茶をしたりと、そういう当たり前の時間が過ごしたかった。
『普通のデートでいいだろ......』
恥ずかしくて死にそうなのを隠し平然を装ってそう言うと、遼の耳が真っ赤になっていることに気付いた大河が、優しく笑ってうんと頷いてくれた。
その時のことを思い出して遼は赤くなる。
ドジっ子なのに、大河はとても観察力が高い。ともすれば素直になれない遼の言葉は、きつくとられても仕方がないのに。大河には遼がどんな言い方をしても、本当に遼が言いたいことが簡単に伝わるのだ。
大河の前だとありのままの自分でいられる。それがこんなに楽だなんて初めて知った。そしてとてもとても安心できることも。
(こいつのこういうところすごく好きだな......)
そう思いながら大河を見つめると、視線に気づいた大河が遼の方を向いた。遼は慌ててツンと顔を逸らす。そんな遼に大河は嬉しそうに目を細めた。何も言っていないのに、大河には遼が照れていることが分かってしまうようだ。
おずおずと大河の方に視線を向ける。大河は相変わらず愛しそうに遼を見つめていて。その優しい瞳に少しだけ口角を上げると、さっきまでも十分嬉しそうだった大河が更に嬉しそうな顔になった。
そんな大河に、気付いたら遼の顔にも自然な笑顔が浮かんでいた。
(これ神崎に似合いそうだな......)
ショッピングモールで服を見ながら遼は思う。自分の服を見ていたはずが、気付いたら大河に似合いそうな服ばかり遼は考えていた。
なんせ大河は王子様のような整った美貌と、モデル並みのスタイルの持ち主だ。
見るものすべてがなんでも大河に似合いそうだと思ってしまって、遼はすっかり自分の買い物を忘れてしまっていた。
(そういえばあいつ......いつもシンプルな服ばかり着てるな)
冬場は無地のセーターかタートルネックに似たような形のパンツ、今日もシャツにデニムだったし、まるで某○ニクロの専属モデルかというぐらい常にシンプルな服装だ。
(まぁそれでも十分かっこいいけど......)
そう思って遼はふふっと笑った。
「おにーさん!」
そこに声がかけられる。振り向くとあきらかにチャラいと分かる金に近い茶髪に、何個空けてるんだと思うぐらい耳にピアスをつけた男性が立っていた。チャラそうだけれど、その見た目をちゃんと生かしオシャレに決めている彼、どうやらこの店の店員のようだ。
「めっちゃイケメンっすね!」
「......」
言われた言葉に、遼は目を瞬かせる。営業トークにしてはストレートすぎるその言葉。
だけど彼は遼をキラキラした瞳で見つめていた。その瞳に、これは服を買って欲しくて言っているお世辞ではなく、どうやら純粋に褒めてくれているのだということが伝わってきた。
「ありがとう」
こういう純粋な誉め言葉は嬉しいものだ。遼は店員を見つめ返してにっこりと微笑んだ。遼の微笑みに、店員が照れるように頬を緩ませる。
「青木」
瞬間、後ろから伸びてきた腕に遼は抱きしめられた。確かめなくてもそれが誰の腕かなんてすぐに分かる。
「神崎、いいところに来た」
遼は後ろにいる大河を見上げる。
「ちょうどお前に似合いそうな服見つけたんだよ」
「俺に似合う?」
「そうこれとかさ......」
抱きしめる大河の腕に自然な仕草で手を添えながら、遼が服を大河に見せようとする。
「あのっ!」
かけられた声に、大河と遼は店員の方を向いた。店員は大河を見て、思いっきり目を見開いていた。
「お兄さんもめちゃくちゃかっこいいっすけど......後ろのお兄さん......え......もしかして俳優さんですか?」
あまりに整った大河の顔面に、店員は動揺しているようだ。
「はいゆうさん......?いえ神崎です」
「神崎さんって名前なんですね」
名前も渋いっす!と店員は興奮するように言う。
「SNSとかやってたら教えてください、あとでチェックしときます」
「あ......ソーシャルネット系はやってなくて、もっと情報共有や、チーム内同士で交流できるようなコンテンツ作成とかには興味あるんですけど」
「なるほど!ファンクラブ会員限定ってやつですね!ファンを大事にしてる神崎さんかっこいいっす!」
「............」
何故会話が成立しているんだ?と遼は思う。
そんな遼を大河がぐっと自分の方に引き寄せた。
「そんなことより」
抱きしめる大河の腕が強くなる。
「確かに青木はかっこいいし素敵だけど、俺の恋人だからだめ」
「っ!」
大河は遼をギュウと抱きしめて、店員を牽制するように遼に顔を寄せる。
「おまっ、お前……っ!」
(ここは大学じゃないんだぞ!それにかっこいいとは言われたけど素敵とまでは言われてないし!)
遼はあれよあれよという間に、真っ赤になった。
「ちょっ人前だから!」
恥ずかしくて遼は大河の腕から抜け出そうとする、だけどやだというように強く抱きしめられて思わずキュンとしてしまう。
(ときめいてる場合か俺!)
そう思うけれどこうなってしまうと、遼は大河を振り解けなくなってしまう。
大人しくさっきと同じように大河の腕の中に収まった遼は、恐る恐る店員を見た。
店員は何故か先程よりキラキラとした目でこちらを見ていた。
「えーすごい!美男美女ならぬ美男美男カップルっすね!」
顔面偏差値えげつないっす!と店員は遼と大河を見て笑顔になった。
「お似合いです~」
「ありがとう......」
店員の言葉に、大河がはにかんでお礼を言う。ほんわかとした大河の雰囲気につられて、店員もどこか和むように笑顔になる。
「…………行くぞ」
遼は大河の腕を掴むと、そう声をかける。
「でもまだ青木が選んでくれた服見てない」
「いいから!」
並んでいる服に視線を向ける大河を、半ば引っ張るようにして遼はその店を後にする。
「俺そういうの偏見ないっすからまた来て下さいね〜」
そんな二人の背中に、後ろから相変わらずノリの軽い明るい声がかかる。どうやら見た目はチャラいがとてもいい人のようだ。
(落ち着いたら、ちゃんとこの店に買いに来よう)
赤くなった頬を、深く息を吸い込んで落ち着かせながら遼は思う。大河はまだ、さっきの店に後ろ髪を引かれている様子だった。
「そんなに新しい服が欲しかったのか?」
「青木が俺に似合うって思った服が欲しかった......」
「いや俺が思っただけで、実際似合うかどうかは分からないし」
いや大河に似合わない服なんてない、言った後に遼はすぐ思い直した。そんな遼を大河がジッと見つめてくる。
「でもそれを着たら青木の好みに近づけるってことでしょ、そしたら青木がもっと俺のこと好きになってくれるかもしれないし」
「っ......」
(この男はほんとに......)
遼の大好きな王子顔を近づけ、熱のこもった瞳で遼を見つめて、平気で甘い言葉を囁く。
「バカッ!!」
大河といるとときめきすぎて死ぬんじゃないかと思ってしまう。赤くなった頬が収まる間もなく、また赤くされてやつあたりのように遼は大河を詰った。
「そういえばさ......」
どうにか熱が引いた頬を押さえながら遼が大河を見上げる。
「お前って普段シンプルな服ばっかりだよな」
「シンプル......?」
ピンときていなさそうな大河の服の裾を、軽く引っ張る。
「普段無地の服ばっかり着てるし、今日もシャツにデニムってシンプルだよな」
(それでも十分かっこいいけど)
「ああ......」
なんのことか分かって大河が頷く。
「前に近衛から.....医学部に通ってる友達なんだけど、誕生日プレゼントに子犬がプリントされたパーカーをもらったことがあって」
(神崎に子犬プリントのパーカー......なんだそれ絶対可愛い‼)
パーカー姿の大河を想像して、遼は顔をにやけさせた。
「大学に着ていこうとしたことがあるんだけど、どこから頭を出せばいいか分からなくてさ......一時間ぐらい頑張ったんだけど......」
あきらめちゃってと大河が言う。
「結局パーカーの紐が締まってて頭が出せなかっただけなんだけどさ。それから着やすい服ばかり選ぶようになって......」
恥ずかしそうにはにかんで大河が笑う。シンプルな服の真相に遼は口を押えた。
「プッ、ふっハハハハ......」
そのまま遼は笑い出す。
(なにそれ、めちゃくちゃ可愛いんだけど)
あまりに大河らしい理由に遼は笑いが止まらない。笑う遼を大河がとても嬉しそうに見た。
「ふ、ふふ......」
ツボに入った遼は、笑いすぎて滲んだ涙を拭う。
「まあいいじゃん、これからはパーカーの紐は全部俺が解いてやるし、着るのが難しい服は俺が手伝ってやるよ」
「青木......」
遼の言葉に大河が幸せそうな笑顔になる。
「ありがと、大好きだよ」
(あーもーだからこいつはほんとに......)
「おう......」
やっと収まった頬をまた赤くしながら、遼はぶっきらぼうにそう返した。そんな遼に大河はにこにこと笑顔を向けた。
「ていうかさ......子犬プリントのパーカーなんて......そいつ、お前のこと......ちょっと、なんていうか......す、好きなんじゃないのか......」
嫉妬していることがバレるのが恥ずかしくて、もごもごしながら喋る遼に大河は特に気にとめていない様子で笑い出した。
「俺が好きなんじゃなくて、近衛は子犬が好きなんだよ」
「子犬......?」
「そうそうちょうど近衛が課題に追われてる時期でさ、子犬見てると落ち着くからお前これ着ろって渡されてさ」
あいつ精神的に追い込まれると、子犬グッズを周りに置く癖があって、と大河が笑う。
「............」
それはまた、変わってるというかなんというか。変わってる大河の周りにはやはり変わってる人物が集まるようだ。
(子犬好きってめっちゃ可愛いやつだったりして......)
小動物が好きな人物と聞いて本人を知らない遼は、貧弱そうないかにも守ってあげたくなる系の男子を思い浮かべる。
(こんど医学部にチェックしに行かないと)
大河が自分のことを好きなことは分かっているが、大河はめちゃくちゃ素敵なのだ。その近衛とかいうやつが色目を使わないとは限らない。
(月曜日にさっそく見に行こう)
そう決めて拳を握る遼に大河は不思議そうに首を傾げた。
「はっっくしょん‼‼‼」
豪快にくしゃみをして、近衛は鼻をすする。
「風邪かぁ......まっ、風邪なんてひとっ風呂浴びたら直るだろ」
遼の想像とは正反対の、頑丈で逞しい体を伸ばすと近衛は立ち上がる。
「風呂入ったら、犬カフェでも行くかな~」
そう言いながら、近衛は風呂場に向かう。大きい体をして子犬が大好きな近衛だが、こう見えて大学内の学生の中で唯一大河と同等に渡り合える程の秀才だった。
足元には近衛が先程まで見ていた、子犬の写真集が風に吹かれパラパラとページがめくられていた。
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