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初デート、二度目のキス、そして......④
二人はゲームセンターの前を通り過ぎる。大河がそちらをジッと見つめていることに気付いた遼は大河の服の袖を軽く引っ張る。
「どした?ゲームしたいのか?」
「あ、......その」
遼の可愛い仕草に顔をにやけさせながら、大河がはにかむように笑う。
「俺、ゲームセンター行ったことがなくて」
「行ったことない......高校の時とかも?」
遼の高校の時と言えば、クラブのない時はだいたいみんなでゲームセンターに行くか、誰かの家でゲームをするかだった。今時ゲームセンターに行ったことのない男子学生がいるのかと、遼が首を傾げていると。
「高校の時は、父さんの仕事を手伝ってて」
「......」
そう言って大河は笑った。
(それって、実家の仕事を手伝ってた的なことか......)
こんなおっとりほんわかした性格だから、遼は勝手に大河の実家は裕福だと思っていた。だが家の仕事を手伝うなんて、実はかなりの苦学生だったのかもしれない。
(家の仕事ってなんだろう......カフェ?それとも居酒屋とか......どちらにせよこのドジっ子が仕事を手伝うなんて......頑張っただろうな......)
一人で勝手に学生時代の大河を想像して、遼はジーンとする。
(これは俺が、初めてのゲームセンターの相手になってやらないと!)
「父さんの研究内容が面白くてさ、海外研修について行ったり、高校の時はその研究に俺も夢中になっちゃって」
えへへと照れるように話す大河の言葉は、初めての思い出を作ってやろう!という決意に満ちた遼には届いていなかった。
「よし!行くぞ!!」
「え?どこに......」
急に気合を入れた遼に大河が首を傾げる。
「ゲーセンに決まってるだろ!」
「!」
遼は大河の手を取ると、ゲームセンターの方にぐいぐいと引っ張っていく。大河は前を行く遼の背中を見つめた。
目の前には大好きな遼と、行ったことのないゲームセンター。
遼が急に気合を入れた理由に大河は気付いて、自分の手を掴む遼の手をギュッと握り返した。
「おお~こんなのあるんだな」
遼は目の前の機械を見て目を輝かせた。そのゲーム機はバスケットゴールがあり、お金を入れるとボールが出てきてシュートができるというものだった。
遊園地にあるのは見たことがあるが、ゲームセンターで見たのは初めてだ。遼はけっこうこれが好きだった。
「青木これ好き?」
遼の様子を見て大河はそう聞いた。
「うん」
「じゃあやろう」
うんと答えた遼に大河がにこにこと笑う。
「ふふ、うますぎて驚くなよ」
遼は大河を見て不敵に笑った。
遼は軽い動きでシュートを決めていく。特にバスケ経験はないが運動神経はいい方だ。
見た目も爽やかでかっこよく様になる姿でシュートを決めていく遼に、にわかにギャラリーが集まってくる。
「十本中八本か、まずまずだな......」
すべてとはいかなかったが、バスケ経験者ではないにしてはいいほうだろう。
大河の方に視線を向けると、ジーッと遼を見つめる瞳と目が合う。
「青木......すごい、かっこいい」
遼を見つめながら大河がふんわりと微笑む。優しい微笑みに、遼の胸がキュンと高鳴った。
「つ、次はお前の番......!」
ストレートに褒められて顔が赤くなる。それを隠すように、遼は大河の体をグイグイとゲーム機の前に押し出した。
「ねぇ、青木......」
体を押す遼の手を大河がそっと掴む。大河はそのまま遼の指にゆっくりと自分の指を絡めた。
「っ......」
指の長い綺麗な大河の手に包まれて、一瞬でそこに熱が集まる。
「しょうぶ......?」
「俺が勝ったら......キスして」
遼を見つめて言いながら、大河が握った遼の手の甲に口付けた。
「っ、~~~~」
生々しい唇の感触に、遼の体がフルと震える。名残惜しそうに遼の手を離すと、大河はゲーム機の方を向いた。
ドキドキと鳴る鼓動を感じながら、遼はキスされた手の甲を押える。
(キ、キス!......ってしかも俺から?......まあでも八本もゴール入れてるし、神崎はドジっ子イケメンだから八本以上入れられないよな......)
そう思いながらも、ドキドキしながら大河の一投目を遼は見つめた。
大河が美しい所作でバスケットボールを投げる。その華麗な姿に、ギャラリーと遼からほうと感嘆のため息が漏れた。
「あれ......?」
だけど遼はパチクリと目を瞬かせた。大河が投げたボールは、ゴールに届くことなく落ちていった。
(あ......やっぱりそんなうまくないんだ......)
どこか残念な気持ちを感じながら、遼がそう思っていると、大河が重さを確かめるようにボールを持つ。
「うん、分かった」
大河はそう呟くと、ボールを投げた。投げたボールはとても綺麗な放物線を描いて、見事にゴールの中に吸い込まれていった。そこから大河は連続でボールを投げる、まるでゴールがボールを待っているのではと思うぐらい自然に、大河が次々とシュートを重ねていった。
(分かったってまさか......空気抵抗とか風がなんちゃらってやつか⁉)
そういえば大河が次世代を担う天才だと言われていることを遼は思い出す。
その間も、ゴールにボールが吸い込まれるようにシュートが決まっていく。あっという間に大河は遼と同じ八本のシュートを決めた。
(え⁉ちょっと待って、このままじゃ俺、神崎に......キ、キスを)
することに......遼は固唾を飲んで大河の最後の一投を見守る。
大河がボールを投げた。それに比例して遼の鼓動が最高潮に高鳴った。
綺麗な円を描いてボールがゴールに吸い込まれていく......と思ったが、リングの淵に弾かれてボールはゴールに入ることなく落ちていった。
「あ......」
思わず遼から声が漏れる。
ギャラリーから「おしいっ!」や「かっこよかった~」などの声が上がった。
大河が遼の方を向いた。その手が遼の顔に触れて、親指で頬を撫でる。
「残念......」
そう言って大河が笑う。それはどこか遼を安心させる様に笑ったように見えた。
離れていく手を遼は目で追ってしまう。
「次、どこいこうか?」
いつも通り、大河が遼を見て優しく笑う。
「え?ああ......そうだな......」
それにハッとすると、遼は大河と並んで歩き出した。
(外れると思わなかった)
並んで歩きながら遼は思う。
(キス......したかったな......)
なんだか急に寂しくなって、遼は触れることができなかった唇に無意識で触れる。
そんな遼の様子に、大河は気付いていなかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、気付けば空はすっかり暗くなっていた。
夜ご飯も食べ終わり、二人は夜の街を歩く。
「............」
遼は隣を歩く大河の整った横顔を盗み見た。
(この後って......どうするんだろ......)
デートをして、夜ご飯も食べてとなれば、考えられることなんて一つだけだ。この後のことを想像して、遼の心臓がドキドキと音を鳴らす。すると様子を伺うように、大河も遼の方をチラッと見た。
「っ......!」
大河と目が合って、遼は慌てて視線を逸らすと俯く。口元に手を当てて恥ずかしそうな遼の反応に、大河はゴクリと唾を飲んだ。
「............あのさ......そこの公園でちょっと話さない?」
大河の言葉に遼は俯いたままコクコクと頷いた。
公園のベンチに二人並んで座る。
「............」
「............」
なんとなく、二人黙り込んだまま前を見つめていた。
「今日楽しかったね」
「うん」
大河の優しい声に遼はうんと頷くが、内心はそれどころではなかった。遼の頭はこの後のことでいっぱいいっぱいになっていた。
(するとしたら場所はどこで......ラブホ、いやここからなら俺んちも近いな......)
そんな考えが遼の頭の中にぐるぐると回る。
「これからも一緒に色んな場所に行って、色んなことしようね」
「う、ん......」
(色んなこと⁉そ、それって遠回しに、この後のことを言ってるのか?)
ドキドキと緊張している遼は、大河の言葉一つ一つに大げさに反応してしまう。
「なんか......離れがたいね」
「......うん」
(離れがたいということは……!)
大河の言葉に、遼の胸が最高潮に高鳴る。
「でも明日の授業もあるしもう帰らないと......青木?」
ドキドキしながら遼は膝の上で拳を握りしめる。緊張しすぎて大河の声が、うまく頭に入ってこない。心ここにあらずといった様子の遼を不思議に思って、大河が伺うように顔を近づけ肩に触れる。
「な、何っ?」
急に触れられたことに、鼓動が跳ねて遼は勢いよく大河の方に顔を向けた。
「っ......」
「.........」
その勢いで二人の顔が近づく、数センチの距離に大河の唇があった。そのまま二人は息を潜めるように動けなくなる。至近距離にある大河の瞳が遼を見つめて。
(これって......キスだよな!)
そう思った遼は、大河を受け入れるようにそっと目を閉じた、瞬間。
グッと大河の両手が遼の体を押し返した。
「え......」
一瞬何をされたのか分からず、遼はパチリと目を瞬かせて大河を見る。大河は押し返した遼の体から距離を取ると、目を逸らすように遼とは逆の方に顔を向けた。
「あ......えっと......」
どこか気まずそうに口ごもりながら大河が口元を手で押える。
(なんで......?)
そんな大河を遼は呆然と見つめた。
「.........そろそろ...帰ろっか......」
遼から視線を逸らしたまま、慌てるように大河がそう言った。
(今......俺のこと避けたよな)
今まであんな風に避けるような態度を取られたことがなくて、遼はショックを受ける。
ざわざわと胸の中が、騒がしく音を立てた。
すぐに遼を抱きしめて触れてくるのに、それ以上は手を出してこない大河。ゲームセンターでバスケットをした時だって、あと一ゴール入れば遼とキスできたのに、大河は最後のシュートを外してしまった。
(まさかあれ......わざと外した......?)
そう思った途端、どうにか誤魔化してきた不安が遼の中から溢れだして一気に広がった。一度溢れた不安は止まらなくて、遼の体が冷たく冷えていく。
「なんだよ......何だよそれっ‼」
「青木?」
突然苦しそうに声を荒げる遼に、大河が逸らしていた視線を遼に戻す。そして遼の顔を見て息を飲んだ。
「青木......!どうしたの⁉」
遼の瞳からポロポロと涙が零れ落ちる。それを見た大河は遼の肩を掴むと慌てるように引き寄せ、胸の中に遼を抱きしめた。大河の掌が労わるように遼の背中を優しく撫でる。
「どうしたの?しいどい?お腹痛い?」
大河の瞳が気づかわしげに遼を覗き込む。その瞳からは本気で遼を心配しているということが伝わってくる。そして遼のことが大好きだという気持ちに溢れていた。
(こんなに俺のこと好きだって目で見る癖に......なんでだよ......)
だけど不安に囚われた遼には、それさえも不安な気持ちを大きくさせる要因にしかならない。
「何で抱きしめるんだよ......さっきは俺のこと…...避けたくせに!」
「そ、れは......」
そう言われて大河が言葉に詰まる。それは遼の言葉を肯定していると言っているようなものだった。
遼は確信する。
(やっぱり神崎は俺と、キス、したくないんだ)
その事実に目の前が暗くなった。
大河は遼を見つめてどこか苦しそうに端正な顔を歪ませる。その表情にさらに遼の胸は傷ついた。
「俺と、キスしたくないならはっきりそう言えよ......」
「え......?」
傷ついた胸が、思わず不安な気持ちを言葉に出させる。
遼はこんな表情を大河にさせたいわけじゃなかった。こんな表情の大河を見たいわけじゃなかった。
もっともっと大河と、ただ。
(もっともっと深く触れあいたいって思ってたのは、俺だけだったんだな......)
そんな顔をするなら、こんな風に優しく大事なものに触れるように抱きしめないで欲しい。
「......困らせて悪かったな」
「青木!」
遼は大河の腕を振り払う。解けていく腕から、遼が抜け出していくのを大河が引き止めようとする。だけど遼の動きの方が早くて、それはかなわない。
「青木‼違うから!話を聞いて!」
立ち上がった遼の腕を大河が掴む。
「話って何だよ......!嫌だ!聞かない‼」
もしも大河の口から、キスしたくないってはっきり言われたら?もしも遼のことなんて欲しくないと言われたら?もしも......もしも大河は、本当はずっと遼と別れたいと思っていたなんて言われたら......
(そんなの......やだ......)
ジワッと涙が溢れだして慌ててそれを隠すと、遼は大河の手を振り解いて駆けだした。
こんな子供みたいな行動が駄目なことは分かっている。ちゃんと話し合わないと。こんな態度いつもの自分らしくない。頭ではそう分かっているけれど。
このままでは大河の目の前で、泣き喚きそうで遼は逃げ出すように走り出した。
「青木......!待って‼」
すぐに大河が追いかけてくる。
「待って......!お願い...!青木っ‼」
公園に大河の必死な声が響いた。
「あおきっ......‼」
必死で遼の名前を呼ぶ大河に、今すぐにでも止まって駆け寄りたい衝動に襲われる。だけど今の遼にはそれがどうしてもできない。
「あお......っ......!」
呼ぶ声が途中で途切れる。それと同時に、ジャリッという砂の音と人が倒れる音が聞こえた。
遼は慌てて振り返る。視界に大河が地面に蹲っている姿が映った。
「っ!」
遼は足を止めて息を飲む。
地面に手を着いて体を支えるように蹲っていた大河は、すぐに立ち上がろうとする。だけど顔を顰めて、地面についた方の手を押えた。
「神崎......」
遼は大河の名前を呟くと、心配で居ても立っても居られず大河に駆け寄った。
「神崎っ!」
大丈夫か?と声をかけようとしたがそれは言葉にならなかった。
その手に赤いものが滲んでいるのが見えて、ドクンと心臓が嫌な音を立てる。
「かんざき......」
それでもそれを振り払って、遼は大河の横に座り込む。こけた時に手をついて体を支えたんだろう、掌の下辺りから手首にかけて大きい範囲でできた擦り傷に血が滲んでいた。
「あ......」
それにまるで自分が怪我をしたように、ズキンと心が痛む。
(俺が逃げ出したりしたから......)
ごめんとそう言いたいのに、ツキンと鼻の奥が痛んで声にならない。零れ落ちそうな涙を耐えるように唇をかむと遼は俯いた。
そんな遼の体をふわりと何かが優しく包み込んだ。それはとても優しくそして強く遼を包み込む。
顔を上げなくても分かる、こんなに優しくそして大事そうに遼を抱きしめるのは。
「捕まえた」
大河しかいない。
温かい腕とその言葉に、遼はそろりと顔を上げた。顔を上げた遼と目が合って大河はとてもとても嬉しそうに微笑んだ。
(ああ......もう......)
それに堪えきれず遼は大河の体に抱きついた。その首に腕を回して強くしがみつく。やっぱり我慢ができず、遼の瞳からポロポロと涙が零れ落ちた。逃げ出してごめん、怪我させてごめん、大丈夫?そう言いたいのに、泣いてるせいでうまく声が出せない。遼は必死で大河にしがみついた。
「うん、大丈夫だよ」
そんな遼の涙も気持ちも受け止めるように、大河が遼の耳元でそう囁く。いつものように穏やかで優しいその声に、ますます遼の瞳から涙が溢れた。
遼の心と体に広がった不安と言う名の氷が、大河の温かさに温められて解けていく。
遼は甘えるようにその肩に顔を埋めた。
「俺が青木とキスしたくないなんてありえない。誤解だよ」
「............」
「俺の話、聞いてくれる?それと青木が何でそんな風に思ったのかも教えて、ね?」
抱きしめられる腕の中、優しい大河の声に、止まらない涙を零したまま遼はうんと頷いた。
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