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第6話 慎ましすぎる大型犬 R18/性的表現の会話

 いつもより遅めに迎えた、翌朝。アーリスは気を利かせてか起こしにこなかったので、僕は起き抜けのままヴィルの様子を見に行った。  実験室は綺麗に掃除されていた。寝台の上にいるヴィルにも、お漏らしの後始末や傷の手当が施されている。さすがはアーリス。かなり夜も深い時間だったのに、あれから片付けまでしてくれるとは。  ということは…彼は、もしかしたらまだ寝ているのだろうか? 「………」  寝坊するとはあまり考えられないが、そうだったら面白いので確認してみよう。  僕は踵を返してアーリスの部屋へ向かった。大して時間もかからずついた僕は、ノックせず静かにドアを開けてみる。  が、予想は外れてしまった。  アーリスのベッドはすでに丁寧に整えられ、とっくに起きているということを知らせている。 「むむ……」  寝坊して慌てふためくアーリスをいじめてみたかったのに、なんて考えながら唸った。 「ご主人様、おはようございます」 「!!」 「わたしの部屋に、何か御用でしょうか?」  真後ろから声をかけられて、心底びっくりした。 「起きてたんだねぇ……」  そう言いながら振り返ると、苦笑いを浮かべてアーリスは頷いた。すでに身支度も整っていて、清潔そのものだ。寝間着に寝癖まみれの僕とは、雲泥の差である。 「お部屋にお伺いするのが遅れてしまい、申し訳ありません。今朝は少々、寝坊をしてしまいまして…」 「そうか。てっきりまだ寝てるのかと思って、夜這いにきたところだったよ。もう朝だけど」 「……!そ、それは重ね重ね、申し訳ありません…」 「いや、全然構わないけど」  主人の僕をわざわざ出向かせたのが心苦しいのか、はたまた「夜這い」の意図を寝坊の懲罰だと思ったのか、アーリスは頬を染めて深く頭を下げてきた。  その頭をぽんぽんと撫でながら、なんとはなしに部屋を眺める。 「しかしまあ、相変わらず殺風景な部屋だよね。なんでも買って良いって言ってるのに。好きなものや…趣味のようなものはないの?」 「趣味、ですか」 「やっていて楽しいこと、好きなことでも。なんでもいいから」 「ご主人様のお世話をしている時が、一番好きな時間ですね」 「セックスしてる時ってこと?」 「あっ、いえ、…その。その時も…もちろんですが。わたしが言いたいのは、ご主人様のお召し替えを手伝ったり、料理をしている時、お部屋を整えている時…ささいな日常のお世話のことです」  …なるほど、根っからの仕事人間というわけだ。好きでやってるから、苦もなく毎日テキパキ働けるのだろう。 「よくわかったよ。君が立派な使用人である理由がね。読み書きができると言ってたから、余暇の楽しみにでも僕の蔵書を貸してやろうかと思ったんだけど…何か読みたいもの、ある?」  すると、うつむき加減で照れていたアーリスが、ぱっと顔を上げた。 「執事の作法書や、指南書などは…!」 「あるわけないでしょ」 「そうですか……」  今度は、しょんぼり肩を落とす。なんだこれ、面白いな。珍しくアーリスの感情の起伏が激しい。 「でも一応、娯楽書ならいくつかあるよ。詩集、冒険譚、空想伝記に…変わり種だと、恋愛詩も」 「恋愛…詩……」 「……え?興味ある?恋愛詩」 「は、恥ずかしながら…何度か読んだことがあります。同僚に…メイド長に勧められて、余暇に目を通したのがきっかけで…」 「へえ」 「やはり、おかしいでしょうか?わたしのような男が読むのは…」  恥ずかしそうに耳まで赤くさせ、アーリスは僕の反応をおそるおそる伺っている。 「いや…良いんじゃない?可愛らしい君に似合ってると思うよ」  アーリスがいつも乙女のように恥じらうのは、恋愛詩の影響だったか。  彼がやたらと上品で初心なのも頷ける。アーリスの色ごとに関する教科書は、女性たちが好んで目にする、幻想的なロマンスだったのだ。男性的な激しい性欲を、少女のような内面が包み込んでいるからこそ、淫乱でありながらも慎ましく礼儀正しいのだろう。  明らかにほっとして、どこか嬉しそうにしているアーリスの手を引き、ベッドへ並んで座るように促す。腰に手を回し、ゆっくり撫でさすり、リラックスできるように穏やかな声で僕は話した。 「本を読むのが好きなら、書庫を自由に使っていいよ。あいにく恋愛モノは少ないけど、それでも数十冊程度ならあるし」 「…よろしいのですか?ご主人様の蔵書は、その、芸術品のような品々ばかりで…背表紙の装丁を見ただけでも、相当高価なことがわかりますが」 「いつも立派に勤めてくれてるお礼だし、遠慮はいらないよ。資料や技術書は読んだら元の位置へ戻してほしいけど、娯楽書なら…気に入ったものがあれば、どれでも君にあげる。ゆくゆくは自分でも自由に注文できるように、商人にも取り計らっておくからさ」 「それは……!…と、とても光栄ですが、お借りするだけでも充分です。ありがとうございます、ご主人様」 「そうなの?別に、君の器量を試してるわけじゃないんだけど」 「はい。わたしは今でも充分幸せ者ですので、これ以上ご主人様によくしてもらうのは…分不相応な気がするのです。それに、」 「それに?」 「お気づきかと思いますが、書庫はすでに満員御礼状態です。これ以上この塔に本を置くと、おそらく床が抜けてしまいます」 「そ、れは……そうかも、ね」 「ふふふ。今度虫干しをしましょうね。雨季も終わりましたから」  目を細めてまっすぐに僕を見つめるアーリスは、本当に嬉しそうだ。リラックスして上半身の体重を預け、上目遣いで見上げてくる仕草は大型犬そのもの。僕も顔がほころぶ。 「あ、これは僕からのお願いなんだけど。香辛料や調味料の類を、もっと揃えてみて欲しいんだ。保存食とか、食器類も…幸い、君の趣味は僕も気に入ってるし」 「ええと…とても嬉しいご指示なのですが、今は難しいかもしれませんね。もうキッチンや食料庫の棚も、常に満杯状態でして。ワタリガラスたちが来るたび、ご主人様があれやこれやと買い揃えてくださるものですから…」 「…そうだったんだ」  知らなかった。僕はいつの間にそんな買い物をしてたのか。これは僕も、だいぶ浮かれてたんだな。  しかし…人数が増えてくると、この塔ではかなり手狭なのではないか。地上5階、地下2階のこの塔は、一人じゃ広すぎると思っていたくらいだが。ヴィルを迎えたのだし、おそらくいよいよ限界サイズだ。 「じゃあさ。客間を改装して、キッチンを拡張するのはどう?天井の一部をぶち抜いて、階段で繋げてしまうんだ」  アーリスは僕の提案を耳にして、一瞬だけぽかんとしたが、すぐに吹き出した。あくまで上品に。 「それは、とても豪快な発想ですね。しかし良いご判断だと思います。わたしの部屋が、本と調味料で溢れかえってしまう心配もなくなりそうですし…。ああ、あと広い調理場は、ヴィルも喜びそうです」 「ん?なんで?彼は庭師だよね」 「はい。実はヴィルには、変わった趣味がありまして。前のお屋敷では、たまに調理場を借りて、怪しげな薬草酒…おそらく『ポーション』を自作していたんです。材料もどこかから自分で調達していました。ただし、一度も完成した品は見たことがありません。毎回渋い顔で失敗作を捨てていたので、一部の使用人からは『毒薬』の製造を疑われていたくらいでして」 「なんだか…思ったよりも変な子だね。錬金術師にでもなりたかったのかな?」 「両親が薬草家らしいので、そちらの影響かもしれません」  庭師なのに、両親は薬草家。使用人とは普通…今の時代もそうであれば、代々親から子へ受け継がれるものだ。庭師などの技術職であれば余計に。一方で、ポーション研究…初歩的な錬金術の行使は、薬草家の技術そのものである。 (これはもしかしなくても……訳アリかな?) 「『元旦那様』は、どういう経緯で彼を雇ったんだろう」 「わたしにも詳しくは…ただ、屋敷に来てからしばらくは、かなり反抗していましたね」 「つまり…無理やり雇われた?」 「おそらくは」  自分の顎についている鱗を引っかきながら、僕は黙考する。  多分だが、彼は雇用主の『旦那様』と良い関係は築けていなかった。行動からして、きっと薬草家になりたかったんだろう。では毒ではないにせよ、何かしらのポーションを用いて、穏便に庭師を辞める方法を探していたのかもしれない。毒なら毒で、むしろ面白いが。 「庭師になった後のヴィルについて、他に思い出せることはある?」  僕が雑談半分にいつもの調子で聞くと、アーリスはなぜか言葉を詰まらせ、かすれた吐息を漏らした。 「……あの、ご主人様。よろしければ…どうか、その…命令を、していただけませんか?」  彼の言動に一瞬だけ驚いたが、すぐに納得した。  よくよく考えたら、僕らはベッドの上。しかも僕は、アーリスを欲求不満状態のままで放置している。そして現在進行系で、腰に手を回して撫で回してる。ゼロ距離で。なるほど、これでは我慢できなくなって当然だ。可愛いおねだりには、応えてやらねばなるまい。 「仕方ないな……話せ、アーリス。命令だ」 「ッ…ありがとうございます」  この、絶対に逆らえない強制力を持つ『命令』という単語を与えると、アーリスは特別良い反応を示す。性的接触をしているわけでもないのに、いやらしい顔をしている自覚はあるのだろうか。これを見るたびに、アーリスはやはりマゾであるのだなと、毎度僕を良い気分にさせてくれる。  アーリスの話をまとめると、ヴィルはわりと真面目な庭師だったそうだ。  両親の影響か植物の知識も豊富で、とりわけ薬草に関しては、使用人仲間でも世話になった者が多かったらしい。 「それでも最初は…ヴィルはあの通り気性の荒い性格ですから、もう大変な反抗ぶりで。何か一つ頼み事もするにも、とても苦労しました」  アーリスはどこか懐かしそうに苦笑する。  しかし、使用人仲間たちは温和な気性の人物がそろっており、ヴィルが反抗していた期間でも、親身になる者が多かったとか。そのせいか、ヴィルも早い段階で屋敷になじんだという。  アーリスに対しては特別毛嫌いしてる様子だった(『旦那様』に最も近しい使用人だからか?)が、それでもいつの間にか、態度は軟化したという。なら『命令してほしい』と言ったのは、性欲目的だけじゃなくて…大事な同僚という間柄からも、ずけずけと彼のことを話してしまうのは気が引けた、というところか。アーリスらしい。 「そういえば彼と仲良くなる前、旦那様の昔話にお付き合いしていたのを、聞かれていたことがあったんですが…その後から急に、普通に会話してくれるようになったような……?」  なぜかわからない、という顔で首をかしげ、アーリスは話した。 (そりゃあ、借金のカタに売られてきて、遊びたい盛りの頃から苦労してると知ったら、同情もするだろ…。はたから見れば、君の人生は相当に過酷なものだったはずだよ、アーリス)  心の中だけでそうツッコミを入れて、僕は頷く。  アーリスは僕の気も知らず、安穏と続けた。ヴィルは『旦那様』とこそあまり仲良くはなかったが、それ以外のことはなんとか上手くやっていたらしい。ポーション研究の件も黙っていてくれる程度には、使用人仲間たちと良好な関係を築いていたとのことだ。 「話に聞く感じ、普通に使用人をやってたみたいだね。屋敷に来た経緯はともかく。それともやっぱり、君が見かけた使用人のように『元旦那様』の慰み者にされてた?」 「わたしが知るかぎり、ヴィルの仕事は庭師としての業務だけだったはずです。特にそういった様子は……何かあればすぐ気付くくらいに、ヴィルは感情表現が豊かですので」 「ふーん。今何歳なんだろ」 「今年で26です。勤続年数も3年が経過して、すっかり外面は保てるようになっていました。が…やはり心のどこかで、『前の旦那様』を恨んでいたのかもしれません。ですから余計に、今回のようなことになったのかと」 「今回…ああ。例の件ね…」 「はい。お話するのが遅れてしまって、大変申し訳無いのですが…実は例の裏帳簿、花瓶の水を零したのはヴィルなのです」 「やっぱりそうなんだ。君が庇った使用人は、ヴィルだったんだね。君といい、ヴィルといい、まったくお人好しだな」 「そ、そうでしょうか?」 「そうだよ。君みたいに、部下の重大な失態に対して、親身に尻拭いをしてやれる人間はとても少ない。ヴィルだって…どうせ君が消えたことで罪の意識に苛まされでもして、『元旦那様』に直談判でもしたんじゃないの。…まぁそのあたりは、本人から直接聞いた方が手っ取り早いんだけどさ」  僕の話に同意を込めて、アーリスは頷く。 「その際は、ぜひわたしも同席させてください。以前お話した内容に、補填できる情報があるかと思いますので」 「本当にそれだけ?……『大好きな』僕を、ヴィルに取られたくないからじゃなくて?」  アーリスは声こそ出さなかったが「あ」という形に口を広げ、自分の膝上においていた手をぎゅっと握りしめた。 「いくらニブチンの僕でも、そこまで毎日情熱的に見つめられたら気が付くよ。ねぇ…、僕に強引に心の奥底まで暴かれて、性奴隷みたいに奉仕させられるの…そんなにイイ?」 「……っ…、ご主人様…出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありません。わたし…わたし、は……っ」 「すっかりはしたない執事になってしまって…いけない子だね」 「ひっ…、は、はい。わたしは、一人の執事として、望んではならないことを……っもうしわけ、あ…あぁッ!」  耳に息を吹きかけてやると、びくびくと体を震わせながら艶っぽい声で謝ってくる。僕は彼の膝の間に視線をずらし、瞬く間に盛り上がった股間のふくらみを、つう…と指先でなで上げた。 「あ……ぁ…ご主人様ぁ…っ」 「叱られただけでこんなにしてしまうマゾ奴隷には、お仕置きが必要かな?」 「は…はいぃ。どうかこの、ご主人様にお叱りいただいただけで、は、発情してしまうっ…はしたないマゾ奴隷に…っ、きついお仕置きを、お願いしますっ…」  期待と恐怖が入り混じったトロ顔で懇願してくるアーリスに、僕は口角をつりあげて笑った。  さて、ヴィルはこの塔に、どんな変化をもたらしてくれるだろう? つづく

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