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第10話 竜族と人 R18

 季節は秋。上下水道の配管作業やら、地下の使用人向けトイレ、浴室設備などの設置で、慌ただしく毎日が過ぎていた。  どうにか寒くなる前に、全ての工事を終えられたのは良かった。ヴィルの部屋も、アーリスの部屋と同じ階層に出来たし、キッチンも広くなった。上々だ。代わりに客間が狭くなったが、どうせ客なんかめったに来ないので関係ない。  今日は珍しく晴天で、気温も高めだ。正午手前にもなると、ローブ一枚でちょうどいいくらいの気候。雪で埋もれてしまう前に…と、僕は庭のベンチで早めのランチを摂ることにした。  いつもなら外であろうと執事たちには犬食いさせているが、今日に限っては季節感を楽しむという趣旨で、特別に同じテーブルで食べるよう指示をした。  庭園で色づいた木々に囲まれ、森のざわめきを聞きながらの、軽食セットとホットワイン。優雅な茶会に会話も弾む。 「それでね、アーリスは僕にしがみついたまま…結局目的地まで離れてくれなかったんだよ」 「ひゃ~、この冷静沈着なアーリスさんがねぇ。見てみたかったですよ」 「ふふ、ヴィルなら漏らしてたかもね。なにせ最高速の鞍なしグリフォンを乗りこなせるのは、僕たち竜族くらいだもん。王国近衛兵でも、鞍なしはちょっときつい」 「ご、ご主人様…そのお話はもうご勘弁ください。その、貴重な体験ではありましたが……」  顔を真っ赤にしたアーリスが、すがるように僕を見てくる。それに気づかないフリをしながら、僕はにまにまとゴブレットを傾けた。  一呼吸おいて、ヴィルが「あ、」と声を漏らす。 「そういやご主人様。俺、竜族の方々についてあんまり知らないんですけど…その辺にいる魔獣を、全部従えることができるってホントですか?」 「うん、大体はね。長老級以上になると、少し気難しいのもいるけど。まぁ必要があるなら説得もできるし、大抵は弱肉強食や年功序列が優先。竜族より強くて古い魔獣はいないんだ。伝説級の神獣クラスで、やっと同輩なんだよ」 「では竜族の方々は、時には神獣様をも従える…ということですか?」  赤みが引いた真剣な表情で、アーリスがたずねてきた。やっぱりこの子は賢い。竜族の強さと、神獣たちの階級が伝説級以外にも存在することを、今の短い言説ではっきり理解している。 「ううん。神獣たちは特に気難しいし、めったに住処から出てこない。友人以上家族未満、といった間柄かな。困った時には手を貸してくれることもあるけど、まぁ個体差が大きくて。まったく言うことを聞かない性格悪いのもいれば、世のため弱者のために力をふるう変わり者もいるよ」 「へぇぇー……」  ヴィルはあんぐり口を開けて、ひたすら感心してるご様子だ。素直で愛らしい。二人とも、教師時代に会っていたら間違いなく手籠めにしただろうな。今と同じように。 「常々思っていたのですが、ご主人様をはじめとした竜族の方々は、皆様人型をしておられますよね。しかし、竜族様は本来……」 「……ん、そうだね。今でこそ僕たちは人型でいるのが普通だ。でも本当の姿は、君の言う通り…神獣の一角であるドラゴンだよ。大昔は本来の姿で、国と文化を築いて暮らしてたんだ」 「!?……も、もしかしてあの『夜に爪を切るとドラゴンが来る』って話、ほんとだったんですか!?」 「え?そんなことはしないし、したことないけど…」 「ご主人様。ドラゴンという存在は、現代では空想上の神獣とされることも多いのです。そのせいか、子供をしつけるためのことわざや、教訓話にもよく登場しておりまして。神殿の教えが届かない場所では、特にその傾向が強いのかもしれません」  うんうん、と、アーリスの話に同意するように、ヴィルは頷いた。 「…なるほどねぇ。まぁ実際、目立つし研究作業には不向きだから、今ではめったに戻らないしねぇ」 「ご主人様はともかくとして、他の竜族様も人型なのはなんでなんですか?」  誰が「ともかくとして」だ、誰が。ヴィルをじっとり見つめて、僕は咳払いを一つ挟む。 「……僕がみんなに口を酸っぱくして言い聞かせたんだ、なるべく本来の姿を見せないようにって」 「ご主人様が……」 「そうだよ。御存知の通り、僕らは太古の敗戦で相当な数を減らされている。そしてヒトの恨みはそう簡単に消せるものでもない。それで終戦直後、生き残りに片っ端から言い聞かせて回ったんだ。これからは“省エネモード”メインで生きようって」 「省エネモード?」 「そう、つまり今の形態のこと。これが省エネモード。冬季や休眠期に、体内のエネルギー活動を最小限まで抑えるために竜族が習得する技術だ。幸いにも、この背格好になると交渉事も便利でね。小さくて可愛らしい見た目のモノほど、動物は本能的に可愛がる傾向にあるからさ」 「ああ…なるほど。そういうことだったのですね」  長年の謎が解けた、とでも言うように、アーリスは頷いた。ヴィルも興味津々に目を輝かせて聞き入っている。  直後、轟音のような風切り音と一緒に、とてつもない突風が庭に吹き荒れた。  いっぺんに落ち葉が舞い、テーブルの上に並べてあったものまでそこら中に飛んでいく。せっかく執事たちと穏やかな時間を過ごしていたのに。  のほほんとしたおしゃべりタイムを大いに邪魔され、僕は眉を寄せて上空を見上げた。 「『黒曜』の、用がある!」  影で庭が覆われるほどの巨体が、塔の上空で翼をはためかせていた。 「ど、ど、どどどドラっ──!!」  つられて上を見たヴィルは、思わず声をつまらせて驚いている。アーリスもそれに続き、すかさず僕の体を守るようにして間に立った。 「僕は用なんてないぞ!」  腕を組み、無作法に対する不機嫌をあらわにして返答した。僕たちが見上げているのは、真紅の鱗に身を包んだドラゴンだ。噂をすればなんとやらである。 「まったく…僕の話は一体なんだったんだよ。不用意に変身なんてして」  独り言のように愚痴をこぼし、手に持っていたワインの残りを飲み干す。 「話があるなら、降りてきたらどうだよ。『紅玉』の!」  むっとした表情のドラゴンは、僕の怒鳴り声にしばらく考え込むと、ようやく地面に降りてきた。足に地面が触れる瞬間、煙を巻き上げて人型に変わる。  僕と同じ背丈。真紅の鱗と真紅の長髪。黒い目、縦長の瞳孔に、尖り耳。 「…久しいな、黒曜の。健勝なようで何より」 「世辞はいらない。用向きを言って」 「そう突っぱねるな。……ん?なんだその羽虫どもは。人の匂いがするぞ」 「はぁ……。アーリス、ヴィル。応接間に茶を用意して。それとここの片付けもお願い」  ちょうど話題に上がっていたこともあり、二人はこの珍妙な客人を、竜族であるとすぐ理解できたようだ。動揺をプロ根性で押さえつけ、即座に僕の命令通りに動きだした。  紅玉はそれを見て「またか」と言いたげに僕へ視線を寄越す。僕はそれを無視して、「ついてこい」と顎をしゃくりつつ、応接間へ足を向けた。  尊大にソファへ肘を付き、足を組む紅玉。反対側でアーリスから茶を受け取る僕。  おそらく数千年ぶりに会ったはずなのだが、こいつの態度は少しも変わっていなかった。 「話をする前に…、まずは非礼を謝れ。せっかく楽しい茶会の途中だったのに」 「色ボケた爺に尽くす礼など、持ち合わせておらん」 「その爺に育てられたくせによく言う」 「私の人生最大の汚点だ」 (僕のが年長、僕のが年長、僕のが年長……)  頭の中でそう唱えながら、頭痛をやり過ごす。  敗戦直後、まだ生まれたばかりだったこいつを引き取り、人間社会にも馴染めるように育てたのはこの僕だ。恩を着せるつもりはないが、育て方を間違ったような気がして悲しくなってくる。  人間どもに神扱いされて毎日過ごす内、どんどん尊大になっていったのだろう。昔は可愛かったのに。 「で、その爺に何の用なの。この場所は君も知らないはずだけど」 「突き止めたのさ。あの奴隷商からな」 「やっぱり、君の手のものだったか」  舌打ちして紅茶をすする。  鳥に付着していた血は奴隷商のものだった。初回の使用で採取していた、唾液のサンプルと照合して得ていた結果だ。しかしあんな辺鄙な場所まで、網を張っていたとは。 「私の…というか、王族特務の差し金ではない。魔術枢機院が『そろそろ』だろうと思ってくまなく調べていたようだ。『翡翠』経由で私にも報告が来てな。『鳥が飛び立った』と」 「抜け目のないやつらだね。追放したくせに、技術だけは欲しがるんだ」 「警戒心が足りんぞ黒曜、鳥の出来が良すぎる。あれじゃ見つけてくださいと言ってるようなものだ。実際、痕跡を追うのに数ヶ月しかかからなかった」 「ただの魔術師なら、解析だけで100年はかかるのに…立派になったじゃない。研鑽は怠っていないようだね」 「やめろ、今更師匠ぶるな」  むずがゆそうに首をかき、紅玉もアーリスの茶を口にした。ほう、と一息ついてるのを見るに、彼もこの茶を気に入ったようだ。 「でも紅玉、単なる警告でここに寄ったわけじゃないでしょ。君自身がわざわざ王宮神殿から出てくるような事態って、よほどのことがあったんじゃない?」 「お察しの通りだよ。元老院と枢機院が一触即発でね。今頃私の替え玉の前で、王族も含めた大論争を起こしてる」 「見苦しい真似を。どうせあの子たちじゃ使いこなせないのに」 「さすがのアホ共でもそこは承知の上だろうよ。要は、どの派閥が、あんたを抱き込むかだ」 「目的は不老不死ね……面倒だなぁ」  ずず…と茶をすすり、過去のひと悶着を振り返る。  僕が禁術研究に着手した時も、似たような問題が起きた。僕の研究にあやかろうとする輩、政治的発言権の奪取を目的に僕を糾弾した輩。結局追放という形で落ち着いたのは、目の前の男のおかげでもある。 「統一国家誕生以来の、大きな内戦に発展しかねん事態だ。早急に、技術提供の委託先を選定してもらいたい。私としては、今や風前の灯の魔術枢機院を推挙したい所だが…あんたの追放に最後まで反発した王族も、無視はできん。というか、本当に成功したのか?失敗してるか、隠し通せるならそっちのが都合が良いんだが」 「…もしかして、今一番力を持ってるのは元老院なの?」 「?…ああ。多くの古代技術が失われ、魔術文化の停滞も著しい所へ…弁論主義の哲学者たちが台頭したからな。あんたも知ってるだろ」 「そうなんだね。まったく知らなかった」 「………」  せわしなく身振り手振りで話していた紅玉が、ピタリと止まった。 「大図書館の火災は?それくらい知ってるよな?」 「燃えたの?あそこ。もったいない」 「!?……元老院による魔術学府の弾圧は?悪疫による大飢饉は!?まさか何も知らないっていうのか!?」 「知らない」 「ッ!!!……な…なんてことだぁ…」  今度は頭を抱えてうめき出した。  しかし驚くのも無理はないだろう。僕以外の竜族は、国家の中枢…つまり政治のど真ん中にいるのが当たり前だ。神殿や魔術学府を牛耳り、導き手として常に人類の相談役に回っている。  彼らの価値観からすれば、こんなクソ田舎の塔に引きこもって研究しかしない生活なぞ、考えられないのだ。 「あんたのせいで改定することになった法の多さには、うんざりしてたが…まったく、あの頃はまだよかったよ。国家中枢の権力者たちは、軒並み黒曜の手籠めにされてたからな。しかも学府時代から、未だに最難関と呼ばれる魔術論の履修者だった筋金入りの者たちだ。おかげでそいつら、子供のような見た目をした私達竜族に従うことにも、自然と喜びを感じるような変態ばかりだったしな」 「今は違うのか」 「当たり前だろ!誰が好き好んであんなクソ難しい魔術論なんか教えつつ、教え子とヤり続けるんだよ。代々伝統は受け継がれてきたとはいえ…今じゃもう、魔術の権威はおろか、我々の地位すら疑問視され始めているぞ」 「ふぅん。じゃあなおのこと、僕の研究は門外不出にしないとね」 「含みのある言い方をするじゃないか。どうした?」  不老不死化の副作用について、僕はざっくりと紅玉に説明してやった。ついでに支配の魔術──ニイドの実験も成功したことを付け足す。 「……不老不死に竜族の体液が必要なら、それを人間に与えたらどうなる。竜族が滅びるんじゃないのか」 「だろうね。遅かれ早かれ、いずれ立場は逆転すると思うよ」  がたんと立ち上がり、紅玉は僕の胸ぐらをつかんだ。  彼の言うことは正解だ。不老不死に竜族の体液が必要なら、当然武力行使に訴えてでも人間たちは竜族から搾取を始めるだろう。だからこそ僕だって、支配を済ませてから施術したのだ。  しかし、執事たちは不老不死など元々望んでいなかった。僕と共に生きたいというその一点だけで、実験を受け入れたのだ。僕の目的も、竜族の滅亡などではない。 「なんてことをしてくれた……ッ!!」 「だから門外不出にって…今までだって、秘密裏に慎ましくやってたじゃないか。それを暴こうとしたのは君たちだよ」 「よくもぬけぬけと!この裏切り者が…っ」 「そう呼ばれたのは、亡命前日の朝以来だ。君の父上からだったね…で、結局僕たちは負けちゃった」  わなわなと震えていた紅玉が、虚脱したようにソファへ戻った。頭を抱えて黙りこくっている。 「…ご主人様。いかがなさいましたか?先ほどの物音は……」  争う物音を聞いたのか、外に控えさせていたアーリスが、ドア越しに心配そうな声を投げかけてくる。それに「なんでもない」と伝え、僕は再び紅玉へ向き直った。 「そもそも、君は肝心なことを忘れてる。禁術は、たぶん僕にしか扱えないよ」 「…そうだな、それが救いだ。今の人間たちじゃ詠唱はおろか、脳から無理やり術式を取り出すこともできんだろう」 「怠慢による劣化、実に愉快。むしろこの機に、権威の強化をはかればいいじゃん。情でもわいたの?紅玉」 「人は好かんが、……恨んじゃいない。どうせずっと隠居状態だ、今更戦争も望まん」 「………充分すぎるほどの見返りも、もらったしね」 「ああ、だからこそ荒立てたくない。数少ない同族のためにも」 「本当に成長したんだねぇ、紅玉。で、学長は…翡翠はなんて言ってるの?」 「黒曜が出ていったときと何も変わってない。『人に暴かれるより先に、保護秘匿せよ』だとさ」 「保守的な、あの子らしい」  争い事を避けて、人類を見守り続けた彼らがこの有様か。  ねぎらいは充分もらって何不自由のない生活ではあろうが、こうも真面目だと気の毒になってくる。内政向きのやつらばかり残った弊害か。紅玉に至っては、僕が手ずからそうさせたのだし。 「…わかった。隙を見てまたどこぞへ隠れるつもりだったけど、やめにする。可愛い愛弟子のために、一肌脱ごうじゃないか」 「?…どうするつもりだ?」  顔を上げた紅玉にほほえみ、僕は口を開く。 「技術提供を、きっぱり断りにいくんだ。重要人物たちは皆、君の神殿にいるんでしょ?」 「交渉の余地があると思うか?相手は欲に駆られた化け物どもだぞ」 「だからこそ扱いやすい。高潔な大義なんて掲げられない内に、手を打つべきだよ。…それに、君がここへ来た目的は、王都召喚命令を伝えるためでしょ」 「私を使いっぱしりか何かと思わないでくれ。これでも一応、一番マシな方法を選んだのだ」 「わかってる。事と次第によっては相打ち覚悟で、資料を塔ごと消すつもりだったんだよね。君は短気だけど利口だもん」  お互いに「ふぅ」と一息、背もたれによりかかる。やがて意を決したように、紅玉は黒い瞳を紅茶から僕に向けた。 「では念のために、私の近衛を護衛に回そう。同族や神獣たちにも話をつけておくか」 「全ての神獣に連絡を取るのは、おすすめしないよ。人間側が下手に勘ぐったらややこしくなるし」 「それもそうか。…時に黒曜、あのペットたちはどうするんだ?処分していくのか?」 「まさか。貴重な被検体だよ?当然連れていく」 「それこそ危険ではないか、生きた情報源だぞ!」 「アーリスとヴィルは僕を裏切れないし、逃げようとしても逃げられない。他人が解体して解析するのも無理。僕の術式しか受けつけないからね」 「ああ、例の傀儡化か」  そういうことだ、と相槌を打ち、外に控えていた執事たちを呼び寄せた。双方に紹介するためだ。なんだか照れくさい。 「こちらがアーリス、そしてヴィルだ。…紅玉は、僕の義理の息子」 「おい、変な言い方をするんじゃない。黒曜は単なる育ての親だ」 「長らく王宮神殿の長をやってる。僕の教え子の中では、一番の出世頭だよ」  小言を無視して紹介を続けたら、口をへの字にして黙ってくれた。すかさず執事たちが割り込んでくる。 「黒曜様の執事をしております、アーリスと申します。紅玉様、以後お見知りおきを」 「同じく黒曜様の執事で、ヴィルです。お初にお目にかかります、紅玉様」 「……は、執事ねぇ」  半笑いで煙草を燻らせる紅玉に睨みつけられるが、二人共笑顔は崩さない。肝が座ってる。やるなお前たち。  というか多分、黒曜が僕の名前だと思ってるな。僕ら竜族には名前がないので、鱗の色で呼び合ってるだけなのだが…いや待て、それが名前とも言えるか。いずれにせよ面白いので黙っておこう。面倒だし。 「急だが明日、僕たちは王都に発つ。二人にも着いてきてもらうから、荷造りと心の準備をしておくようにね。…紅玉、近衛との合流地点は?」 「南西の寺院にしよう。今は『琥珀』が管理してる」 「じゃあそこまでは空路にしよう。寺院から先は陸路でいいね?」 「いいんじゃないか。示威にもなるし」 「ねえ…僕は政治的な見世物に使われるの、嫌なんだけど」 「大道芸のパレードをしろと言ってるわけじゃないんだ。…ただ、目立つ行為は避けてくれよ。娼館の貸し切りも、酒場の貸し切りもなし。賭場も行くな。これくらいは聞きわけてくれ、“義父さん”」 「むぅ、では何を楽しみに旅をすればいいんだ」  一切合切の楽しみを事前に奪われ、早くもやる気がなくなってきた。せっかく久々に、大手を振って外を歩けるというのに。 「そう言うと思ったよ。言っとくが、宿屋からの外出も禁止だからな。外交目的での移動中に下手なことやられたら、たまったもんじゃない」 「今更でしょ、僕の放蕩癖は」 「そのためのペットだろ?…おい貴様ら、しっかり黒曜を見張っておけよ。逃がしたりなんかしたら、城の地下牢獄で一生を終えさせてやるからな」 「あんまり脅さないであげて…」  紅玉、やはり尊大になった。昔は可愛くて優しい子だったのに。手のひらサイズくらいで。  …要は目立たなければ良いのだ。せめてこっそり3人で抜け出して、観光くらいはしてもいいだろう。許せ紅玉、父とて久々に都会で遊びたい。 「わかったよ、仕方ないな。執事たちと楽しんでおくか」  僕は紅玉の言いつけに渋々従うふりをして、執事二人に目配せした。 「…我々におまかせください、紅玉様。ご主人様の身に危険が及ぶようなことは、必ずお止めいたしますので」 「それはそうと紅玉様、お夕飯のリクエストはございますか?せっかくのお客様ですし、腕によりをかけてお作りさせていただきますよ」 「む、そうか…?」  いいぞヴィル。紅玉は美味いものに目がないのだ。だから頼むから君は料理するなよ?  上手く紅玉が会話を誘導されてくれたタイミングで、僕はこっそりアーリスに耳打ちする。 「変装用の装備を三人分、荷物に入れといて。ちょっとした観光もできないのは、さすがの僕も息が詰まるから」  アーリスはうっすら微笑んで頷いてくれた。やはり持つべきものは、聞き分けの良い執事だ。  夕飯はヴィルの宣言通り、とてつもなく豪華なものになった。アーリスの手によって。  これから数週間、あるいはもしかしたら数ヶ月家を空けるので、保存食以外は処分しておきたかったのだろう。  いつもの餌皿には入り切らないので、アーリスとヴィルも同じテーブルにつかせた。紅玉は「別室でとらせろ」とプンプン怒っていたが、最後の晩餐になるかもしれないし、と適当なことを言ってなだめておいた。実際、二人も少し恐縮してしまってはいたが、僕はにぎやかな食卓が好きなのだ。 「食いすぎたぁ~~~ア」  そして現在、紅玉が臨月の妊婦みたいになった腹をさすって、暖炉の前でごろごろしている。子供か貴様は。食後のデザートまでちゃっかり平らげおって。  それをニコニコと見守るアーリスとヴィル。なんだか満足そうだ。しかしよく食うな二人も。しかも全く腹が出てない。一体どこに吸い込まれたんだろう。論文にしたら売れそうだ。 「荷造りは終わった?」 「はい、万事整えています。いつでもご出立が可能ですよ」 「アーリスが、残りモンも保存が効く弁当にしてくれたから、道中の食事もばっちり用意できますよ」 「そっか。よくやってくれたね。明日は早いし、もう下がっていいよ」  僕がそう言って二人を下がらせようとすると、未だにごろごろしていた紅玉が、突然ムクリと起き上がった。 「…私の風呂は?マッサージと寝酒も」 「おいおい。これ以上何か腹に入れたら、破裂するよ…?」 「この習慣だけは欠かせんのだ。しかも普段は妻たちにやらせてるものを、今日はむさ苦しい男で我慢してやろうというのに」  これだから神の御使い様は。もう助けてやらなくていいんじゃないだろうか。 「一応聞くけど、僕がこの塔に一人で住んでたらどうするつもりだったの?」 「そんなの決まってるだろう。二人で最高速のまま飛べば、3日で着く」 「あぁ、なるほど…」  つまり気を使ってやってる、と言いたいわけだ。僕の大事なペットたちのために。だから見返りを寄越せと。 「じゃあついでに、僕もお風呂に行こうかな。客人用の浴室はないから、一緒に入るよ」 「本気か黒曜。まさか客室までないなどとは言わんでくれよ」 「あるけど、半分以上潰してキッチンにした」 「なっ……」 「調度品は良いものだけど、広さは使用人室より狭いよ。嫌なら地下の牢屋で寝てろ」  ぐぎぎと歯ぎしりしながら、紅玉は立ち上がる。  何をするかと思えば、並んで控えていたアーリスとヴィルの間に立ち、両腕でそれぞれの肩を引き寄せてみせた。 「ならば夜伽くらいはしてもらわんと割に合わん。なぁ黒曜、当然貸してくれるのだよな?」 「何を言ってるんだよ紅玉。君はおっぱいのでかいお姉ちゃんにしか、興味ないじゃん」 「私をなめるなよ。女体化魔法などとっくに習得済みだ」 「なぜ魔術学府がそれを禁術にしなかったのか謎だよ…。でもさっき言ったように、その子たちはもう僕の魔術しか受け付けないんだ。遺伝子組換え済みってやつ」  勝ち誇る紅玉にそう言い放つと、はっとしたように手を離す。しばらく唸りながら眉間をつまんでいたが、やがて諦めたように肩を落とした。 「ずるいぞ黒曜…私は昔から、一度もあんたに勝てたことがない」 「何を言い出すかと思えば。先に生まれてしまったのは僕なんだから、仕方ないじゃん。……しかしそんな僕も、君には大きな借りがある」 「じゃあ…」 「うむうむ。お風呂とマッサージに寝酒だね?それくらいはしてあげないとねぇ。ついでに添い寝もしてあげようか」  一瞬きらめかせた黒い瞳は、僕の余計な一言で、すぐにどんよりと曇った。 「いい……風呂入って寝酒食らって寝る」 「そうか。良い子だね。ああそうだ、こっそり資料を盗もうとしたって無駄だよ、もうヴィルが全部燃やしたから」 「そんなことするか!あんまり見くびるな!」 「ハハハ、可愛い子だねぇ。アーリス、寝酒の準備をしといて。ヴィルは先にお風呂に入って、後で紅玉様のマッサージだよ」 「おい、洗わせないのか?」 「久々の親子水入らず、二人で楽しもうよ」  強引に肩を組み、いかにも微笑ましいといった表情で見送る執事たちに手を振って、僕は紅玉を風呂場に連れて行った。  紅玉が風呂の最中、絶対に僕の半径1メートル以内に近づかなかったのは、言うまでもない。  翌朝、いつもより早起きした僕がアーリスとヴィルに朝の奉仕をさせていると、僕よりだいぶ遅く起きた紅玉に怒鳴りつけられた。  曰く「朝からなんてものを見せるんだ」「この色ボケ爺、とっとと支度しろ」「なぜここには女がいないのだ」。  だが豪華な朝食がダイニングにあると伝えてやれば、そそくさと去っていった。まったく騒々しい。  寝っ転がった僕の足元で奉仕する、可愛い二人の頭を撫でる。 「昨日は慌ただしくて、朝しかまともに与えてやれなかったからね。お腹が減ってるでしょ?よく味わうといいよ」 「ふ、ぁ…はい、ご主人様ぁ…ちゅぷ、んっ…おいひぃ、れす…」 「…んぅ、……れろ…っ濃いの、いっぱい…くらはい…っ」  アーリスは左側、ヴィルは右側から、舌を這わせたり唇で扱いたりと、緩急をつけてしゃぶっている。交代交代に亀頭を咥え、じゅるじゅると音を立てて先走りを飲む様が、いつもより余裕がなくていやらしい。 「んんぅ、…ぅん…っはふ、ぷちゅ…」 「ぁむ……ん、ちゅる…っ」  互いの唾液を吸うのにも慣れてきたようだ。  初めて同時の奉仕を命じた際は、よほど嫌だったのか、おっかなびっくり始終機械的に舐められた。そのもどかしさに僕が苛立ち、3時間ほど二人にディープキスさせたことが、よほど効いたらしい。  あれはあれで官能的な光景でよかったが、やはり仲睦まじく分け合い、時には奪い合うほどの勢いでしゃぶられる方が好きだ。 「そう、上手だね…」  竿や亀頭だけでなく、玉裏や陰嚢に舌を這わせて口に含まれるのも良い。二人共物覚えが早いので、今では手と口を駆使してじっくり丁寧に上り詰められるような奉仕が、すっかり板についてきた。一人で奉仕させることの方が圧倒的に多いが、それを二人分同時に味わえるのは格別だ。  懐中時計を出し、時刻を確認する。さすがにそろそろ準備しないといけないか。 「出すから、射精用の奉仕に切り替えて」  僕が命じると、今までこちらを見ながら舐め回していた口を横にして、両側から竿を挟み込むような体勢を取った。まもなく二人同時に横倒しの頭を激しく上下に揺すりだす。  程よい強さで吸い付き、タイミングを合わせて竿を扱く、僕が仕込んだ技術だ。  時々亀頭のあたりで互いの唇が触れ合い、キスをするような格好になる。しかしそれでもアーリスとヴィルは、僕が気持ちよく射精できるまで止まることはない。上下満遍なくペニス全体を、唇を性器にして包み込み、射精を促す。心も体も満たしてくれる僕の精液を心待ちにしながら。 「…――ッ、く…出る、よ」  突き抜けるような快感の波に乗ったまま、僕は存分に射精の快楽を味わう。 「んっ…じゅ、ぁ…ご主人様…っちゅ…ぅんんっ」 「ご主人様のぉ…っいっぱい、出て…れるっ、はぁぁ……」  どくんどくんと脈打つペニスに合わせ、動きを緩やかにして舌を這わせる可愛い執事たち。いつもより切羽詰まってるせいか、舌の動きが少々くすぐったいが…ちゅうちゅうと最後の一滴まで逃さないよう吸い上げる様子は、乳飲み子のように愛らしい。  四つん這いの姿勢から膝をぺたりとシーツにつけて、アーリスとヴィルは上半身を起こした。両手は開いた股の間に付き、おすわりに近い姿勢だ。良しと言われるまで、蕩けた顔で口の中の精液を味わっている。枕に寄りかかる僕を見上げ、淫紋を発光させ、勃起したチンポから涎を垂らしながら。  僕はその、すっかりマゾ奴隷の顔になっている二人の頭を、ゆっくり引き寄せる。片手ずつで軽く背中を撫でてやるだけで、甘えるような鼻にかかった吐息を漏らす、アーリスとヴィル。 「仲良く分け合って、じっくり味わいながら飲みなさい。出来るね」  そう命じて、掴んだうなじを近づけさせる。目を合わせた二人は、一瞬恥ずかしそうに眉を寄せたが、すぐに僕を真ん中にしたまま両腕を伸ばして抱き合った。自然と腰を突き出す煽情的な形になる。 「んぅ…は……」 「…っ……はぁ…」  開いた唇に白い糸を引かせ、アーリスとヴィルはどちらからともなく口を合わせた。 「じゅるっ…ん、ぁふっ…」 「っ…ちゅ、…くちゅ…ッん、ん」  舌を絡ませ、お互いの口内にある僕の精液を貪る。少しずつ嚥下して喉仏が上下する度、僕の腹の上にある立ち上がった調教済みチンポが、切なそうにピクピクと動く。 「ぁうっ…!ん、んぅぅっ」  ヴィルの亀頭を手のひらで包んで擦ってやると、驚いて腰を揺らしだした。 「んひぃ…っ!?ひゃ、ッ…あむ、ぅ」  アーリスの皮被りの亀頭は、親指の腹でこねるように。  二人共辛そうに悶えながら、目を潤ませて精液交換のキスを続ける。僕が真ん中にいるので、腰を逃がすことも、無作為に暴れることもできない。下手に暴れて膝を動かしたら、僕を踏んづけてしまうかもしれないのだから。 「二人共、お尻をこちらに向けて、四つん這いに」  すっかり味わうものがなくなり、残滓を探そうと互いの舌を吸っていた二人の腰を、やんわり誘導する。  すぐに目線の高さまで掲げられたそれらは、濡れてテラテラと光る尻穴を、惜しげもなく晒していた。太い肉棒を待ち望むように小刻みに全体を震わせ、ぱくぱくと口を開くたびに透明な汁を垂らすいやらしい穴。 (うーむ、入れたい)  だが時間がない。僕は目の前のご馳走を前にぎゅっと目を瞑り、天井を仰いだ。 「……くそ、タイムアップだ!身支度しないとぉ!」 「ぁ…は、はい。すぐにご用意…いたします、ご主人様…っ」 「うぁぁ…こんなん、生殺しだよぉ……ぅくっ…」  未練がましくぺろんと両方の尻を撫で、僕は二人を離した。膝をがくがくとさせながらも、アーリスとヴィルは後始末を始める。とりあえず餌だけでも摂取させられたので、良しとしておこう。そう自分に言い聞かせ、また熱を持ちかけていた息子をそっとなだめた。  着替えを済ませ、ダイニングへ降りていくと、待ちくたびれたもう一人の息子は僕の分の朝食まで食っていた。

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