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第11話 星読みの神殿にて (百合要素あり/性描写なし)

 ワイバーンたちの有料便で、快適な空旅を過ごすこと十日。我々は目的の寺院に到着していた。 「ああ、腰が痛い…」 「体中がギシギシいってる。早く琥珀の世話係にマッサージさせねば、関節がバラバラになりそうだ」  伸びをしながらスタスタ歩いて行く紅玉の後ろを、腰を叩きながらついていく。もう若くないな僕も。  1等個室並の客車に乗せてもらったとはいえ、ほぼずっと座っていたせいで節々が痛む。紅玉がいるせいで、肝心の娯楽もテーブルゲームや読書しかできなかったし。残る楽しみはヴィルのハーブティーと、アーリスの弁当くらいだったな。  紅玉からは道中に、根掘り葉掘り術式のことを聞かれたので、検診がてら彼らの体を見せて説明したが…彼は本当に男の裸が苦手なようだ。完全に上の空だった。あれでは交渉も期待できない。  頼みの綱は魔術学府(現在は枢機院と呼ばれるらしい)の学長である翡翠と、自分のしたたかさだけだ。 「大丈夫かい?二人とも」  僕の後ろにいる、アーリスとヴィルに声をかける。彼らは関節痛よりも、乗り物酔いのほうがひどかったらしい。青い顔で荷物を運んでいる。 「うう…、すいません。一応…出すもん全部出したんで、少し休めばなんとかいけそうです……」 「ヴィル、下品だぞ…。まだ少しクラクラしますが、大丈夫そうです。お気遣い痛み入ります…ご主人様……」  全然大丈夫そうじゃないな。  明日には出発だから、今日中にしっかり休養させないと…。ということは、まだお預けか!僕の最大の『娯楽』は。  乗り物酔いのせいで、いつも通りの“経口投与”は難しかった。だから二人には十日間ずっと僕の血を輸血していたのだが、今晩もそうなってしまいそうだ。つい大きなため息が出る。 「…『琥珀』は風呂好きだからね。せめて今日は、ゆっくり温泉にでも浸かって旅の疲れを癒やそう」  とは言ったものの、琥珀は紅玉以上の男嫌いだ。僕の介添えという名目でもない限り、使用人を風呂に入れてくれたりはしないだろう。なぜ、どいつもこいつもそんなに女ばかりを好むんだ。つい毒を吐きたくなってしまう。 「よう紅玉ー。それに黒曜の!久しいな」  心中でぶつくさ言いながら応接間に着くと、琥珀が出迎えてくれた。  僕らと同じ白い肌、金色の長髪に、豊満な肉体。少女のような顔にきらめくオレンジの鱗。瞳は黄金だ。見た目から『光星の使い』という異名も持っている。それにふさわしいであろう、白い布地に金糸をあしらった派手なローブを身に着けていた。  ちなみに紅玉は、真っ赤な鱗と赤い髪だから、『暁の王子』なんて呼ばれてるらしい。暁の王子。寝小便垂れのあいつが。  そんな僕は『老齢の孤狼』らしい。なんか僕だけ悪口が混ざってる気がする。要は『死にかけの一匹狼』ってことじゃないか?もっとかっこいい二つ名はなかったのだろうか。  ──ないか。そりゃそうだ。『禁術師』だしな。 「…時に黒曜。ここは同族以外の男は出禁なのだが…そこの小汚いのはなんだ?」  どいつもこいつも、僕の被検体を『羽虫』だの『小汚いの』だの。  後ろに控えていたアーリスとヴィルは、青い顔に必死で作り笑いを浮かべている。かわいそうに、椅子すら用意されてない。 「僕の世話係兼、被検体。僕と紅玉の目的は知ってるでしょ?」 「なら余計に解せぬ。なぜ処分せん?翡翠がまた胃から血を吐くぞ。荷物持ちならウチのを貸してやるから、ここで首をはねていけ。幸い墓場もあることだし、特別に無料で弔ってやろう」 「嫌だ。絶対に嫌だ。断固断る。わからないの琥珀、君は大事な世話係の首をはねろと言われて聞くの?」 「確かにウチのコレクションなら、断るだろうさ。だが黒曜、ウチはお前みたいに一線は超えちゃいないぞ。大事に愛でて、ちゃんと若く美しい内に死なせてやってる。なのにお前ときたら、空の理に背いてまで…こんな汚らわしい生き物を侍らせるためだけに、国中を巻き込みおって。お次はなんだ?竜族と人間の繁殖研究でもするつもりか?」 「まさか。子供は好きじゃない」  見た目は少女、中身は老婆のおっぱい女の説教に、僕はうんざりしながら出されたハーブティーをすすった。ヴィルのに負けず劣らずおいしい。  ばん、と大きな物音でソーサーが揺れる。切れた琥珀がテーブルを叩いていた。 「7997年ぶりに顔を見せたと思ったら……ッ!いい加減にしろと言ってるのがわからんか!」 「琥珀、落ち着け」  ソファにぐんにゃりと凭れていた紅玉が割って入る。  …そうか、もうそんなに経っていたか。琥珀は天文学者だからな、さすがだ。数字に強い所は見習わねば。 「これが落ち着いてられるか、紅玉の。ウチの神聖な学舎に、どこの馬の骨ともしれないヒトの雄が紛れ込んでいるのだぞ」 「だが貴重なサンプルであることには変わりないんだ。黒曜によれば、盗難防止の魔術も施術済だそうだし…道中私も確認したが、こいつらは黒曜の命令には絶対に逆らえん。ここは大目に見てやってくれんか」 「ほう、ならばこやつらの寝床は家畜小屋で充分だな。泊めてやるだけ感謝しろ」 「…琥珀、僕が悪かったよ。後生だから僕と同室にしてあげて。もう十日もまともに触ってないんだ。伽なんて二週間はご無沙汰でさ。せめて一緒の部屋に寝させてよ、何もしないから」 「おっまえ…昔っから、なんも変わっとらんな!?下品が過ぎる!これだから男は好かんのだ!」 「そう怒るなって琥珀。シワが増えるぞ」  おい紅玉、そのなだめ方はダメだ。 「だぁーれぇーの顔にシワがあるってぇ!?」  ほら、もっと怒ってしまった。参った。このままじゃアーリスとヴィルが、くさい家畜小屋に詰め込まれてしまう。 「琥珀様、琥珀様。ここは一度、お気をお鎮めになってくださいまし。あんなにお二方とお会いするのを、お楽しみになさっていたではありませぬか」  琥珀の周囲に控えている女の中でも、一際美しく気品のある女が進み出た。彼女の前に膝をつき、手を取って優しく話しかけている。おそらくこの者が、琥珀の一番のお気に入りなのだろう。 「ううむ……だが…うむむ…」 「頼むよ、琥珀。明日からまた長旅なんだ。限りある時間を喧嘩に使わず、今日のところは旧交を温めようよ。非礼は詫びる、ごめん」 「急な申し出で、本当にすまないと思ってる。だが琥珀にしか頼めなかったんだ。黒曜を無事に王都へ届けることこそ、私の使命…そして、翡翠のたっての願いなのだ」  すかさず紅玉と二人がかりで追撃を入れる。すると膝下の女が、さらなる援護射撃をくれた。 「いかがですか、琥珀様。ああおっしゃってることですし…きっと長い空の旅でお疲れのはずです。わたくしどもにも、お客様方へ腕によりをかけたおもてなしをさせていただく機会を、くださいませんか?」 「む、…ま、まぁ。お前がそこまで言うなら……」 「まぁ、さすがは琥珀様ですわ。寛大なお心に感謝いたします。…みんな、お客様方をお部屋へお連れして。残りの者はお食事の支度をお願いね」  琥珀をなだめ、テキパキと指示を出し、万事うまく運んでくれた女は、ぽかんとしてる僕たちに目配せまでしてきた。  なんというか、すごい女性だ。これは琥珀に好かれるわけだ。 「…夕飯は17時だ。それまでは温泉にでも浸かってくつろぐがいい。ただし、湯あたりでもして遅れたら承知せんぞ」  むすっとした顔で、それでも琥珀は歓迎の意を示してくれた。執事たちには目も向けないが、どうやら家畜小屋に詰め込まれることはなさそうだ。  軽く礼を言って、紅玉と各々の部屋へ向かうため、僕たちは席を立った。  用意してもらった客間は、思いの外豪華で広く、パテオに露天風呂までついていた。  ベッドも、キングサイズが1つにシングルが2つ。小さなキッチンにティーセット、応接間と寝室に、使用人用の控室。これはなかなか良い休憩になりそうだ。  紅玉は一人部屋でこれか。寂しさに負けて、琥珀の女達を口説かなければよいが。 「僕のことはいいから、少し休んだら?」  それぞれ茶の用意と荷の整理を始めた、ヴィルとアーリスに声をかける。だいぶ落ち着いたようだが、やはり疲れが顔に出ていた。 「じゃあお言葉に甘えて、これだけ済ませたら休ませてもらいますね」 「ご主人様こそ、お疲れではないですか?先ほどはありがとうございました。我々などのために、お気を回していただいて…」 「大したことじゃないよ。僕が自分でまいた種だし、こうなることは想定内。それにあの女召使いのおかげで、思いの外時間ができたしね…上々だよ」 「あの女中さん…なかなかの器量よしでしたし、きっとどこぞの名家から嫁いでこられたんでしょうね」  確かにあの器量じゃ、社交界でも一目置かれるくらいの存在だったことだろう。  それを若くして花も命も散らせてしまうとは、琥珀もなかなかの鬼だ。見た目からしてあと数年もすれば、この世とあの子はお別れのはず。ヒトを自在に操ろうとする僕と、ヒトの美しい部分だけを摘み続ける琥珀、一体どっちがマシなのやら。  こうなってくると、何百万と妻を娶りその一人ひとりを看取っている紅玉が、一番まともに思えてくる。 「ご主人様、いかがなさいましたか?やはりお夕食までお休みになったほうが…」 「いや、ちょっと考え事。せっかくだからお風呂に入ろうかな。二人も付き合ってよ」 「ふふ…光栄です。それでは早速準備しましょう」 「ならこっちもちゃちゃっと片付けねぇと!着替えはアーリスに任せるんで、俺に洗わせてくださいよ~」  久々の三人だけの時間だ。ヴィルの美味い茶と気楽な会話に、口も手もテキパキ動くアーリス。こわばっていた心がほぐされる。 「せっかくだけど着替えだけでいいよ。今君たちに触れられたら、確実に風呂場は汚すし、夕飯にも遅刻して、琥珀に殺される」  やっと冗談まがいの戯れもできるというものだ。今はそれだけで我慢しておこう。 「風呂はどうだった、黒曜」 「良かったよ。疲れも吹き飛んだ。君の若さの秘訣は温泉なんだね」 「おべっかはよせ、気色悪い」  未だに口では悪態を吐いてるが、琥珀もまんざらでもないようだ。にまにましながら、給仕されたシュリンプカクテルをつついている。 「うんまァい!」  紅玉は相変わらずだ。どうせまた食いすぎて朝までぐっすりだろう。 「海鮮物は久々だね。どうやって仕入れてるの?ここは海から遠いだろうに」 「ワタリガラスどもだよ。黒曜と紅玉が来ることを知らせたら、喜んで持ってきてくれた。気のいいやつらだ」  そうか、と頷いて、僕もエビを口に入れる。美味い。アーリスとヴィルにも食べさせたかったが、さすがに同席は遠慮していたので、僕も大人しく三人のみの食事にした。彼らは今頃、何を食べてるんだろう。 「そういえば、灰簾(カイレン)はどうしたの?」  僕の言葉に、琥珀と紅玉の両方が一時停止した。  灰簾はここの前任者だ。琥珀と同じく天文学者で、しかも唯一の同好の士というやつだった。件の追放で、最後まで僕を庇ってくれていた。王家の相談役から退いて、この寺院にいると風のうわさで聞いていたのだが。 「まさか…」 「そのまさかだよ」  紅玉が暗い顔で頬杖をついた。 「死んだの……?あれほどの男が」 「逆だアホ。王家の達しですぐに復任して、今もピンピンしておるわ」 「黒曜探しを諦めたかと思えば、今度は自分で禁術研究を始めようとしてな…私と翡翠で止めなければ、危うく処刑される所だった」 「僕は追放で済んだのに?」  琥珀が大きなため息をついて、僕をフォークで指差す。紅玉といい琥珀といい、お行儀が悪い。 「お前は長年の学府への貢献があったからな、人間どもを説得するのも容易だった。灰簾は政争こそ上手いが、人間嫌いな上にお前以上のイカレだ。無理に決まっておろ」  そうだったか。灰簾は僕によく懐いていたし、真面目な良い奴だった気がするのだが。その真面目さが仇になってしまったのだろうか。 「王都へ行くなら気をつけろ。おそらくお前の研究を一番狙ってるのは灰簾だ。どんな手を使ってでも取り入ろうとしてくるぞ」  琥珀は灰簾と今でも仲が悪いようだ。まぁそれもそうか。 「今は主要人物が王都へ集結しているせいもあって、下手に動いては来ないだろうがな。用心に越したことはないぞ黒曜、灰簾が相手では私も守りきれるかわからん」 「二人とも大げさな。まさか命までは取らないでしょ」  ワインを傾けつつフンと鼻を鳴らすが、どうも反応が悪い。二人してなんだというのだ。「こいつ何もわかっちゃいない」と顔に書いてあるぞ。 「いいか黒曜の。灰簾はお前に心酔してたんだぞ。いうなれば狂信者だ」 「可愛さ余って憎さ百倍。そうやって甘やかし、かと思えば無作為に手を出して…思い詰めた教え子たちの、一体何人に刺されかけたか覚えてるか?あれの百倍やばいぞ灰簾は」 「紅玉、食事中であるぞ。品のない」 「ふぅむ……」  正直、よくわからない。人間が僕になつくのはよくあることだったが、大体の竜族は僕に…憎しみこそ風化したかもしれないが、良い感情は抱かないのだ。だからこそ数少ない友達とも言える灰簾のことは、信用してやりたいのだが…。そもそも灰簾と寝たことなどないし。 「そこまで変わったの、灰簾は」 「ハハッ…変わった?こじらせたといった方が早いやもしれん」 「琥珀に同意する。あれは黒曜を崇めすぎて、最近では死霊術ばかり研究している」 「死霊術ねぇ…」  禁術ぎりぎりの危ない研究だ。でも理性が残ってるだけ、僕よりマシとも言える。やはり直接会って確かめるしか方法はないようだ。 「さぁさ、暗い話はそこまでにしてくださいませ。踊り子とリュート弾きを呼びましたわ。どうぞ楽しんでらして」  お母さんだ。と思ったらさっきの女召使いだった。紅玉は大層ご満悦の様子で、しずしずと姿を現したきらびやかな女達に目を輝かせている。  男が一匹もいないのだが、いたしかたあるまい。  宴も付き合いの内と、しょんぼりしている下半身の息子をなだめ、僕は最後まで琥珀が用意した余興に付き合った。  骨まで若返るような湯治と、風光明媚な夕食に舌鼓を打ち、ゆっくり疲れを癒やした翌日。僕たちは合流した王国特務隊と一緒に、寺院を後にした。  上空には数機のグリフォン騎乗兵、陸は僕たちの馬車を囲うように行進する、数十名の騎馬兵と数百名の歩兵。先行するのは、魔狼騎乗兵からなる斥候部隊ときた。  王族クラスの厳戒態勢だ。警戒すべきは灰簾だけではないのだし、まぁ当然の措置だろう。 「ご主人様、お顔の色が優れないようですが…」  向かいの座席にいるアーリスが、心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。 「ちょっとした貧血だよ、心配ない」  手をひらひら振ってあしらう。出発前に余分に血を抜いておいただけなので、少し休めばすぐ治る。  アーリスとヴィルの体調は回復したようだ。馬車ではさすがに酔わないみたいだし、ひとまず安心できる。 「あまり窓に近づくなよ、狙撃されても知らんぞ」 「わかってるって」  僕の隣で食後の煙草を楽しむ紅玉から、すかさず小言が飛んできた。…退屈だ。 「次の停泊地は?」 「天空都市」 「ああ、あの霊山の。ということは山越えだね」 「早いに越したことはないしな」 「今頃は冷えるだろうなぁ」 「だがあそこも温泉があるぞ」 「なるほど、雪見酒だ。わかってるねぇ紅玉は」  肘でつつくと、豪快なドヤ顔で返される。 「…あ、そうだ紅玉。一つ教えてほしいことがあるんだけど」 「?なんだ、珍しいな」  ごそごそと胸元の手帳を出して、僕は紅玉にそれを見せた。 「この術式を、君のアレに融合させることはできる?面白そうだと思って昨日考えてみたんだよね」 「……。黒曜、アレは時限性じゃなくて永続性だぞ」 「だからここの記述で書き換えて…あとは配列を複合させたら、上手くいくはずなんだ」  紅玉は困惑したように手帳と僕、次に執事たちの顔を見比べる。 「貴重なサンプル、ではなかったのか?」 「だからあえて簡略術式にしたんだ。これくらい遊ばないと、退屈で死んでじゃうよ」 「まったく……じゃあソレを32号略式にして、胚霊式を466列に組み直せ。あとは再翻訳だけだ」 「ふむふむ、なるほど。ありがとう」  手帳のメモを、紅玉が訂正したように書き直す。  集中するため下を向いて黙った僕の隣で、大げさなため息が聞こえた。 「…あ、黒耀様と紅玉様。出発前にハーブティーを作っておいたんですよ。いかがですか?」 「私は遠慮しておく。朝食を食いすぎたせいで、まだ腹が重たい…」 「ご主人様はどうします?」 「僕もいい」 「…そんなことよりお前ら、清潔な布と香炉を用意しといた方がいいぞ。5分もしない内に必要になる」 「は……?しょ、承知しました」  僕に変わって紅玉が、なにやら執事たちに指示を出している。  彼の予測はまったく正しくて、あと5分もすれば術式は完成だ。これなら紅玉も乗ってくれると思っていたが、やはり聞いて正解だったようだ。紅玉の相手を執事たちに任せ、僕は黙考に戻った。

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