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第4話
「寛人は、いる?」顕が口を開いたと思ったら、質問返しだった。
「いない。」と答えた。言ってから、なんだか無性に悔しくなった。こんな、男らしくもない顕に好きな子がいて、自分にはいない。顕は僕に内緒で恋をしているのに、僕はしていない。それがどうにも悔しかった。「いや、いる。本当は、いるんだ。」強がりで、そんな風に、言い直した。
「そうなんだ。」顕は微笑んだ。いつも笑う時には優しく笑う顕ではあったけれど、この時の顕はどこか淋しそうに見えた。
「嘘。本当はいない。」またまた僕は言い直した。顕はちょっとびっくりしてから、くすっと笑った。
「どっち?」
「好きな人はいる。でも、そういう、好きじゃない。」
「え、どういうこと?」
「ずっと一緒にいたいと思うし、学校の友達より大事で、だから花火大会も2人で行きたいけど。」
「えっ。」顕の表情がこわばった。顕は、すごくびっくりしたり、すごく怖かったり、すごく嬉しかったり、とにかく感情が急激に変わった時に、表情が感情に追いつかなくて、こんな風に張りついた顔になる。普通だったら、そんな顔は妙な印象になると思うんだけれど、顕に限って言えば、その一瞬の固まった顔こそが一番きれいだと、僕は心秘かに思っていた。そういう時の顕は、陶器製の人形みたいだった。肌は白くて艶やかで、黒目がちの二重の目はパッチリと見開いて、唇が半開きで、頬が少しだけピンク色で。
「僕は顕のことが好き。でも、これは彼女になってほしいっていう好きとは別だろう? こういう好きってのは、なんて言えばいいのかな。従兄だけど、兄弟愛? それとも、これも親友って言っていいのかな?」僕が思いつくままにしゃべっているうちに、顕は人形から人間に戻ってきたけれど、やっぱりさっきの、少し淋しそうな表情だ。僕は顕をもっと心から笑わせたいと思った。「顕も、僕のこと好きだよね?」あえておどけた口調で、そんなことを聞いた。
「僕が、寛人のこと?」いつもみたいに優しく笑って、もちろんだよ、と即答すると思ったのに、顕はそんな風に聞き返した。
「だって顕、いつも優しいお兄ちゃんだもんね。それって、僕のこと、好きだからだろう?」僕は重ねてそんなことを言った。
「好き。」顕は言った。
その言い方は、僕の予測とは全然違っていた。顕は僕を正面から見つめて、そう言った。その時、彼の身体の中で、ただ唇だけが動いていた。まるで体の中いっぱいに「好き」が溢れて止まらなくなって、ついに唇の間から零れ落ちてしまったかのようだ。しっとりと甘く、そして、重い、2文字だった。
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