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30 ありがとう
史也に右手を引かれながら、家路につく。
道すがら、どうして俺が駅に向かったのかをぽつりぽつりと史也に話した。
「そっか、戸籍抄本がいるのか……そこまで見てなかった。ごめん、陸」
細目を情けない角度に垂らして、史也がしょんぼりする。別に史也を責めたい訳じゃないし、そもそもこれは俺自身のことだ。それなのにすぐに謝ってしまう史也の横顔を見て、どうしたって嬉しく思ってしまう自分がいた。
俺のことを、史也と同じレベルで考えてくれている気がして。家族や涼真みたいに、お菓子のおまけみたいなどうでもいい扱いじゃないと感じられたから。
「いや、史也は何も悪くないって。自分のことなのに、俺が自分で調べなかったのが悪いんだし」
目指すと決めた時に、きちんと下調べしておくべきだったんだ。それを怠ったのは俺だから、史也は何も気に病む必要はない。
でも、優しい史也は落ち込みながら、重ねて言うんだ。
「ううん……最初にキッチリ全部読んで調べておけばよかったんだ。本当にごめん」
「史也……」
悲しそうな顔でぺこりと頭を下げられてしまい、何て答えたらいいものやらだ。だって……嬉しくてついニヤついてしまいそうになっちゃうから。
史也が特別お人好しで甘い人間だっていうのは分かってる。これが俺じゃなくたって、同じ境遇の奴がいたら同じように拾ってきて甲斐甲斐しく面倒を見たんだろう。
でも、それが史也におざなりにされたとは言えない。史也にとっては、俺も架空上のソイツも、きっと大切な友人と思ってくれたんだろうから。
やっぱり俺、史也が好きだよ。こんな俺のことすら自分のことみたいに心配して一緒に悩んでくれるのなんて、世界広しと言えどきっと史也しかいない。
悔しそうな横目で、斜め後ろに手を引かれている俺を見る史也。早く笑顔に戻してあげたくて、前向きな言葉を口にした。
「まあ……でも、折角始めたことだから、俺もすぐに諦めたくなかったんだよな」
「うん! すごくいいと思う、そういう気持ち!」
滅茶苦茶褒められた気がして、えへへと引かれていない方の手で頭を掻く。……そういえば、何で手を繋いでいるんだろう。改札の先には行ってないのに。
この状況が理解出来なくて、一瞬握っていた力をつい緩める。すると、史也が急いで恋人繋ぎに変えてしまった。……う、うわ。
「だ……だからさ、家がある駅で父さんを待ち伏せしようと思ったんだよ。その、父さんだけなら俺もそこまでこわ……ええと、平気だし」
俺の説明に、史也は納得したように何度も頷く。
「そっか。そういう訳で駅にいたのか……はは、駅にいるって聞いて、俺、馬鹿みたいにパニクっちゃった。恥ずかしいなあ」
照れくさそうに頭を掻く史也。こんな迷惑掛けまくりの同居人に対しても心を砕いてくれるなんて、やっぱり史也はお人好しの中のお人好し、キングオブお人好しだ。
住宅街に入ると、街灯は点々としていて決して明るいとはいえない。だけど、俺の目には史也だけが明るく光って見えた。史也は、暗いだけだった俺の道を明るく照らしてくれる存在なんだと思える。その優しさと温かさで、俺の全てを引っ張り上げてくれた。
そんな史也の為にも、俺だってもう大丈夫なんだと証明してみせたかったんだ、と今更ながらに気付く。史也に褒められたいって考えな時点で、甘えてるんだろうけど。
「……ごめんな、本当。この間史也と電車に乗った時は最後は割と平気だったから、いけると思ったんだよ」
俺の言葉に、史也は考え込むように黙り込んだ後、自然に尋ねてきた。
「そういや陸の実家って、何市のなんてところなの?」
「え? ○○市△△△だけど」
あまりにも自然体過ぎて、これまで涼真にすら言わなかったことを、ペラッと漏らしてしまう。
「そっか、じゃあやっぱりこことは市が違うから、向こうの市役所に行かないとか……」
「え? なに?」
よく分からなくて、手に力を込めて史也の表情を見ようと駆け寄った。
史也は細目を緩ませて、嬉しそうに話す。
「特例って色々とあると思うんだよね。俺が陸の代わりに市役所に問い合わせてみようと思う」
「え……いや、そんなことまで史也にさせるのは……」
無関係の史也に、そこまでしてもらうつもりは俺にはない。いくらなんでも甘え過ぎだ。
俺が首をふるふると横に振ると、史也がちょっと目を大きく開いてキッとなって言う。
「これは俺にやらせて! ちゃんと読まなかったから陸が今日の行動を取ったんだから、これは俺の償いなの!」
「え……償いって、そんなの」
史也が悪いことなんて何ひとつないのに、何言ってんの史也ってば。
意外過ぎる発言に俺がぽかんとしてろくな返事ができないでいると、史也は照れくさそうに笑った。
「これは俺の自己満だから! 陸はしっかりと勉強を続けること!」
「え、でも」
「返事は!」
声がでかい。でも、内容はくすぐったくなっちゃうくらいに優しい。
「わ、分かりました……」
「ん、よろしい!」
やっぱり声がでかいけど、何故か史也が嬉しそうに俺を見つめてきた。視線が、俺の左手の方に移動する。
「帰ったら、そこ、ちゃんとキレイに洗ってあげるね」
「……へっ? い、いや、そんなの別に必要な……」
「俺がしたいの!」
焦ったように言われて、もうなんて答えていいか分からないくらい幸せな気持ちが溢れてしまい。
俺は馬鹿みたいに、コクンとひとつ頷いたのだった。
「ご飯、鍋にしようね」
温まるよ。陸冷えてるもん。
今度は小さめの声で言われて、俺も「うん」と答える。
「さ、帰ろ」
「ん」
史也は握った手に力を入れると、ぐいぐいと前へ引っ張り出した。広い背中を見上げて、泣きそうになるのを必死で堪える。
史也、俺の隣にいてくれてありがとう。俺を引っ張り上げてくれてありがとう。
俺、頑張るから。史也に認められる様に頑張ってみせるから、もう少しだけ俺の傍にいて――と。
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