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番外編2 拾い物

 高校時代は、自分で言うのも何だが入れ食い状態だった。  みんな、俺の見た目に群がってきた。正直自分の為にしか折角稼いだ金を使いたくなかった俺は、誰かと付き合うなんて面倒なことは御免だった。だから「セフレでいい?」と聞いて、それでもいいって答えた奴とだけヤることにした。  最初は、女。何回か同じ奴とヤッて、段々彼女面をしてきたことに苛立ちを覚え始めた。  ――俺はてめえの所有物になった記憶はねえ。  約束をあっさり破る奴への制裁は、見せつけだ。  最初の女の目の前で別の女とキスして、喚き立てる女を無視してホテルに入ってやった。ホテルの前で叫ぶ女のぐちゃぐちゃな嫉妬に塗れた泣き顔は、笑えた。  だけど、次の女も結局は一緒だった。何度かヤったら、俺を所有物扱いしてきやがる。  俺は知っている。こいつらは俺の顔だけ見て優越感に浸りたいが為に俺を縛ろうとしてるってさ。  だが残念、これまで俺が大切に守ってきたのは弟だけだ。俺という存在全てを欲していた、可愛い存在。  だけど、俺が大切に守ってきたか弱いあいつは、俺が離れたことで自立せざるを得なくなってしまった。可愛かった弟は、もうどこにもいない。  だから、ヤり目的の女なんてどうでもよかった。  ただヤるだけのいくらでも代わりがいる女は守る必要なんてそもそもないし、相手が勝手に傷つこうがどうだっていい。そんな理由で、この頃の俺は誰にも気なんて使わず人間関係だって適当に流していた。  そう、適当、だ。俺の態度は、誰に対しても不誠実そのものだった。それでも俺に執着して好きだって言ってくるってことは、結局どいつもやっぱりこの顔しか見てないんだろう。俺の中身なんて、どうでもいいんだ。  そんな風に何人かとヤッて、どいつもこいつも最後は彼女面してくるから、段々女は面倒くせえなって思うようになった。しかも、喘ぎ声がうるせえのなんのって。自分ばっかり気持ちよくなってんじゃねえよっていつも苛ついた。  そんな時、高校の中で「姫」って呼ばれてる可愛い後輩の男から声をかけられた。男になんて勃つかよって思ったけど、体育倉庫の飛び箱に顔面を押し付けて後ろからヤッたら、普通に興奮できた。  女扱いしなくていいのは、気分的に凄く楽だった。多少乱暴に扱おうが頑丈だし、あっちの締め付けも女より格段にいい。  暫くの間、ソイツとヤることにハマった。  女は俺に奉仕させて好き勝手に喘ぐだけだったけど、ソイツはフェラもしたし俺の精液だって呑みやがった。髪の毛を掴んで喉の奥に突っ込んでも、えずきながらも必死で咥え続けた。  忘れていた優越感と支配欲が、むくりと鎌首をもたげる。  俺が他の奴と寝ようものなら嫉妬して騒いでさ。でも表じゃ、男だから恋人面すらできないのがよかった。いつも必死過ぎて憐れで、なんだ、男って最高じゃんって思った。  だけどちょっと油断した隙に、ソイツを心配した親友の男って奴に盗られちまった。所謂寝取られ現場っていうの? ヤり場になってたソイツんちにふらっと行ったら、ソイツが甘ったるい喘ぎ声を出しまくってたんだよ。  俺の時は声を我慢してた癖にな。それに他の男とヤッたってことは、ソイツは俺じゃなくてもいいってことだろ。  少し傾いてきていた気持ちが、スッと後退した瞬間だった。  でもまあ、考えてみたら俺らはただのセフレに過ぎない。ソイツが誰と何をしようが、別にどうだっていい。  だから「あ、邪魔した。じゃーな」と手を振って立ち去ろうとしたら、「行かないで!」て縋られたのには笑った。相手の親友って奴は唖然としてたな。あはは。 「俺、共有はちょっと」って言ってソイツんちを出たら、外に居ても聞こえる叫び声が響いてきてこれまた笑った。なくして惜しいもんだったら、最初からよそ見すんなよ。  ――俺に駆け引きを持ちかけんなよ、クソが。なにを勝手に人の上に立とうとしてるんだ。主導権は俺だろうが。  イライラして、その後何人か食ったけど怒りは収まらず。高校を卒業したタイミングで、全部を捨てるようにして東京に出た。  ババアは年甲斐もなく幼馴染だとかいう土地持ちのおっさんと結婚したら、俺のことなんてどうでもよくなったらしい。出ていく時も、何も言われなかった。  何のためにこっちに連れてこられたんだか心底分からなくなって、空虚が俺の中を占めた。  かといって、金がなけりゃ生活はできない。虚無になってる暇はない。東京にきて、すぐに職を探し始めた。  適当に見つけたバーテンダーの仕事は、何でもそつなくこなす俺にはピッタリだったらしい。俺は胡散臭い笑顔を振りまきながら、すぐに馴染んでいった。  ただ、先輩方が客と恋愛トラブルになるのを何度も目にしていた俺は、絶対に客と寝たりはしなかった。  代わりに、道端に落ちてるような若い男を拾っちゃあ食った。だけど、暫くすると飽きた。  何でだろうって考えて考えて――気付いたんだ。  どいつもこいつも、やっぱり見てるのは俺の見た目だけだってことにさ。俺の全部じゃない。  これまでの失敗を思い返す。弟にとって、俺は頼りになりすぎた。これのバランスが悪すぎたから逃げられたんじゃないか。かといって俺に寄りかかってこない相手は、女たちや最初の男みたいに主導権を持とうとしてうざい。  つまり、俺に頼らざるを得ない状況を作り出し、かつ俺を放り出せないような環境を作ればいいんじゃないか。  なんでもそれなりにできるから駄目なんだ。俺が何もできない奴になったら、相手はズブズブにはまり込んで、きっと俺から逃げられなくなる筈。  囲って、甘やかして、その上で俺だけを頼ってくれたら。  そうしたら、今度こそ俺の傍にずっと居てくれるかもしれない――。  その考えに囚われてから、俺は理想の相手を探し続けた。  何でも言うことを聞きそうで、健気で、できれば可愛い男がいい。女は色々と面倒臭いから、極力避けたかった。子供ができたの結婚だの、そんな真っ当な未来を考えただけで、背筋がゾッとしちまう。  何度か拾ってみたけど、どれもいまいちだった。  そんな毎日を過ごしていた、ある日。  昔はあんなに泣き虫だった弟から、今度結婚するとメッセージが届いた。 「あんな頼りなかった奴が結婚だってよ……」  心のモヤモヤをどこにぶつけたらいいか分からなくなって、コンビニでビールを数本買い込んで飲みながら、人通りが多い歩道をわざとタラタラと歩く。今誰かに喧嘩を売られたら、買ってしまいたくなるくらいには苛ついていた。  俺を――俺を、置いていくなよ。  俺は漠然とだが、理解していたんだ。自分だけがまだあの幼かった時代に取り残されていて、周りは未来へ歩いて行ってしまっていることを。 「――ん?」  ぐびり、と口にビールを含んでいると、ガードレールの前にしゃがみ込んでいる若い男に目がいく。通り過ぎる人々が、ギョッとしたように彼を見ては距離を空けるのが印象的だった。  興味を引かれて、ゆっくりと近付く。  近くに寄ると、顔が見えた。可愛らしい顔をした、十代っぽい金髪の男の子だ。  男の子は、泣いていた。  静かに、もうどうしていいか分からないとばかりに、ハラハラと。  気が付いた時には、男の子の隣にしゃがみ込んでいた。  ビールをビニール袋からもう一本出して、男の子に差し出す。 「――これ飲む?」  涙を流したまま俺の顔を唖然と見ている姿は、それこそ忘れていた庇護欲を俺の中に掻き立てた。 「飲もうぜ」  笑いかけると、「……なんで」という意外な言葉が返ってきた。ちょっとハスキーボイスがまた、いい。  俺はアハハと笑った。ヤバい、見つけたかもしれない。 「だって、こんな可愛い子が泣いてたら放っておけないじゃん?」 「可愛い子……?」 「うわあ、自覚なし?」  戸惑いを見せる男の子の名前を、さり気なく尋ねる。 「俺、涼真。君の名前は?」 「……陸」 「俺と陸の出会いにかんぱーい!」 「……はは……ナニソレ。――う、ぐす……」 「ああ、泣かないの! ほらいい子いい子」  少し傷んだ金髪を撫でると、陸と名乗った男の子の涙が止まらなくなった。  歓喜が、身体の奥底から湧き上がってきた。

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