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番外編4 擦れ違う
残念ながら、陸はコンビニバイトに採用されてしまった。
それからというもの、長時間家を空けるようになった。
最初は、それでもよかったんだ。陸は明らかに同じ職場の人間を警戒していたし、仲良くなろうなんて気がちっともないのは態度から伝わってきてたから。
だけど、警戒する野良猫だった陸が俺に慣れたように、徐々に陸の尖っていた部分が再び丸くなっていく。
俺は焦った。コンビニバイトなんて辞めちまえ、家にずっといろよって言いたかった。でもさ、「涼真の役に立ちたいから頑張る」って健気に笑う陸を見たら、そんなことは言えなかったんだ。
次第に、俺の機嫌は降下していく。
最初に爆発したのは、俺が仕事を終えて帰宅した際、陸が家にいなかった時だった。
玄関を開けると中は暗くて、シンと静まり返っていた。途端、置いていかれたような焦燥感に襲われる。
「――クソッ!」
鞄と上着を床に投げつけ、乱暴に冷蔵庫を開く。俺が好んで飲んでいるビールは、いつも陸が買い置きしているやつだ。絶対切らすことのないそれを手に取ると、プルトップを開けて一気に飲み干す。
軽くゲップをすると、二本目に手を伸ばした。こちらは半分程度まで一気飲みする。急激にアルコールを入れたせいでくらりとしたので、そのまま冷蔵庫の前の床に胡座を掻いて座り込んだ。
「なんでいねえんだよ……っ」
不安が鎌首をもたげる。俺のいない所で、他の男に言い寄られてんじゃないか。畜生、大人ぶったりしないで最初から縛り付けておけばよかった、と後悔が押し寄せる。
こんな時、陸に携帯を持たせていなかったことを悔やんだ。だけど、したくなかったんだ。万が一、俺の知らない奴と繋がってしまったら? 万が一、昔の知り合いと繋がって自分ちに帰ろうなんて考えついてしまったら?
自分の独占欲の強さには時折辟易することもあったが、俺だけ見てりゃいい陸が外に目を向ける機会をこれ以上持ってほしくなくて、陸が尋ねないのをいいことに、俺も絶対に言い出さなかった。
「早く帰って来いよっ!」
苛立ちがピークに達し、飲み干した二本目の空き缶を壁に投げつける。カンッ! と高い音を立てて跳ね返ってきたそれを手に取ると、シンクに向かって放り投げた。
と、その時、玄関から物音が聞こえてくる。
「――あっ、涼真、もう帰ってたのか?」
息を切らせた陸が、家の中に駆け込んできた。冷蔵庫の前に座り込んでいる俺を見て、慌ててしゃがみ込む。
「涼真、どうしたの!? どこか具合でもっ」
「……遅い」
「え?」
きょとんとした、いつもだったら可愛いなあとしか思わない陸の顔を、初めて憎たらしいと思った。陸の腕を掴み、バランスを崩したところでそのまま床に押し倒す。
「うっ!」
「何してたんだよ、こんな時間まで」
「ちょ、りょ、涼真っ!?」
イライラした。起き上がろうとする陸のパンツのウエスト部分を掴み、無理やり引き下げる。ほっそりとした腰だから、簡単に脱げた。綺麗な小尻が出てくる。俺は自分のブツを取り出すと、陸の閉じた穴に先端を押し当てた。
「まっ、解してな……っ、グッ」
強引に陸の中に入っていくと、陸が痛そうに身悶える。
俺の中は、支配欲で満たされた。「やっ、いっ!」と涙目になって俺を見上げている陸のケツに、お構いなく腰を打ち付ける。
「遅いんだよッ」
「あっ、ごめ、コンビニのっ、トイレのドアが外れてっ、直し……っ」
「次から俺が帰る前に帰って来いよ!」
「ご、ごめん涼真、ごめ……っ!」
涙を流す陸を見ている内に、沸騰していた怒りが少しずつ収まってきた。代わりに、「こいつを守ってやれるのは俺だけ」という庇護欲が湧いてくる。
ひく、ひく、と啜り泣きをしている陸の頭を撫でながら、目尻にキスを落とした。
「ん。分かりゃいい。陸、可愛い」
「涼真……っ」
陸の強張っていた身体から力が抜け、俺のもんがもっと奥まで挿し込まれる。
「んっ」
甘い喘ぎ声を漏らす陸。もっとそれが聞きたいのに、陸がいつも隠そうとするのが俺は嫌だった。
俺には全部曝け出せよ。隠し事すんじゃねえ。
わざと大きなストロークで最奥を突く。
「ほら、女みたいな声を出してみろよッ」
「や、やだっ」
全部俺に委ねろよ。
「ほらほら、出せって!」
「んっ、や、やだって、んんっ!」
どんだけ寄りかかっても、全部受け止めてやるから。
陸の中に欲を吐き出して、ようやく我に返った。震えながら静かに泣いている陸の後孔から、血が出ている。お詫びのつもりで陸の頭をぐしゃぐしゃと撫でると、陸が俺の手を掴んで大事そうに引き寄せた。
求められていることに、思わず笑みが溢れる。
ああ、可哀想にな。俺が慰めてやるから、絶対離れるんじゃねえぞ――。
俺の中に、支配欲、庇護欲に続き嗜虐心が芽生えた瞬間だった。
◇
その日をきっかけに、俺の怒りは簡単に表に出てくるようになってしまった。
大体は、陸が少しでも俺から距離を置こうとした瞬間に沸き起こる。その度にろくに解さないまま激しく抱くと、荒ぶる気持ちが収まった。
陸は少しずつ、外への興味を示し始める。初詣に行きたいと言われた時は、「何を考えてんだこいつ」と思ってしまった。だってそうじゃないか。陸は今も陸を害してきた奴らから逃げ隠れてる最中だっていうのに、なんだって安全地帯の俺のテリトリーから出てそんな危険な場所に行きたがるんだよ。
だから、「俺は行ったし」とすげなく断ってやった。残念そうな顔はしてたけど、それ以上反論してこないのもいつものことだ。
まさかこいつ、あんだけのことをされたっていうのに自分ちに戻りたいとか思ってんじゃねえだろうな。
思った瞬間怒りが押し寄せてきて、問答無用で陸を手酷く抱いた。ほら、お前の巣はここだ、出ていこうとすると酷いことになるってこうしてお前の身体に教え込んでるんだって、と。
俺が疲れて不機嫌で帰ってくると、次第に陸は顔色を窺うようになってきた。するとどういうことになるかっていうと、俺にべったり寄りかかってくれりゃあいいのに、距離を置こうとする。
俺から離れようとするなよ――。
苛立って怒鳴りつけると、泣きそうな顔をして外に行く。何時間かするとまた戻ってきて、笑顔を向けるの繰り返しだった。
二人で外を歩く時は、あえて「引っ付くなよ」と牽制した。そうしたら、もっと俺に触れたくなって家に帰ったら飛びついてくるんじゃねえかって期待した。
だけど、陸はどんどん萎縮していく。
違う、違うんだ、何かが違うのは分かってる。
俺はただ、陸が俺だけを見てくれていればいいのに、どうして離れようとするんだよ。
面白くなくて、余計に当たってしまった。
そんなある日。とうとうあの人生最悪の出来事が起きる。
陸の誕生日当日はシフトの都合で休みが取れないからと、前日にわざわざ休みを取っていた。なのに陸の奴はしれっとバイトを夜まで入れちまってたんだ。
俺が言わなかったのもあるが、陸だって言ってくれたってよかっただろうが。
その日も苛々しながら、スーパーで追加のビールを買って帰る途中、呼び止められた。
「涼真さんっ!」
「あ、稔 ?」
若い、見た目が可愛らしいバーの常連客だ。俺は職場では男もいけることはオープンにしていないが、こいつには「女はどうでもいいって目をしてるよ」と言われてバレた。
こいつが俺に気があったのは知っていた。童顔で華奢で、昔の弟や陸とどことなく似た雰囲気を持っていることもあって、陸以外どうでもよかった俺が珍しく多めに本音を漏らす相手。
俺に陸という大事な相手がいることも知ってはいたが、俺が入念に囲っていることを何となく他人に知られるのは嫌で、家出少年を拾ってやったっていう風に聞かせてた。
この時、俺は少しばかり酔っていたんだ。
「バーに行ったら、今日涼真さん休みだって聞いて。この駅に住んでるって前に言ってたから、暇ついでに彷徨いてたら会えちゃった!」
なんだこいつ、ってその時は思った。普通、探しに来るか? だけど、店の客だし突き放す訳にもいかない。
「今ひとり?」
ビールが入った袋をちらりと見る。
「……同居人が今日は仕事で」
「えー! じゃあ涼真さんのおうち、ちょっと見てみたい!」
正直、面倒くせえって思った。
だけど、思ったんだよ。
もし陸が家に帰ってきた時に知らない奴が家にいたら、どう感じるかなってさ。
嫉妬、するんじゃね? 俺たちの家に他人を入れるなよって拗ねて、ベタついてくるんじゃねえかって。
「――まあ、ちょっとだけな」
これが、全ての間違いの元だった。
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