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「あッ、は、あぁ……っ」  ぐちゅぐちゅと水音を立てながら自身が肉を掻き分けて彼の中へ侵入していく。彼の身体を奥へと進む度に経験するような快感が脳髄を揺らした。 「はァ……っ。嗚呼、ずっと、ずっとこれが欲しかった。御前様、好きだ。御前様」  とろりと目元をだらしなく緩ませて、牙の隙間から舌を垂らしながら彼はふかふかの身体で僕を扱く。  肉同士がぶつかり合う音が激しくなるにつれて気持ちが昂ぶり呼吸が乱れ、僕は無意識に、僕自身をその身に飲み込んで腰を上下に揺らす彼の頬を撫でた。  意識が朦朧とする。  なぜこんなにも目の前にいる異質な存在を愛おしいと思うのか。そんな疑問を抱くことすら忘れて、触れている部分すべてから伝わってくる快感に目を細めた。 「御前様。御前様、御前様、御前様。嗚呼、何度呼んでも足りない。何度呼んでも、もう一度呼びたくなる。吾をこんなにした責任を取っておくれ。此度の世でも吾を満足させておくれ」  そう言ってまん丸い眉をくしゃりと歪ませた彼は器用に口吸いをしながら腰の動きを早める。今までとは比べ物にならない快感がじわじわと迫り上がってきて、自然と呼吸が浅くなった。 「ッあ、う。だめだッ、もう……っ」 「良いぞ。出せ。出してしまえ。吾のなかに、全てを吐き出してくれ。御前様の子種をくれ」 「くぅ……、あッ、んん……っ!」  瞬間、頭の中が真っ白になる。  恐怖も不安も何もかも消えて無くなって、只々快感と多幸感だけが脳髄を沸かした。そうして溜まっていた欲を彼の中に全て吐き出した途端に全身からぐたりと力が抜ける。 「は、あ……うぅ」  気持ちいい。彼が好きだ。こんなんじゃ足りない。  もっと。  ――もっと、欲しい。 「ッあ⁉ あァっ! お、まえ、さまぁッ!」  もうどうでも良かった。  ただ目の前にある快楽が欲しくて。もっともっと、彼が欲しくて。  つい今しがた吐き出したばかりの白濁した欲を中へ擦り付けるようにして一心不乱に腰を振る。 「やっ、あ、はげし……ッ、くぅんッ♡」  口元から唾液を零しながら虚ろな目で僕を見下ろすその姿のなんと美しいことか。  いや、違う。正気を保て。  ダメだ。これ以上は。  どうして?  こんなに気持ちがいいのに。  こんなに愛しているのに。  どうしてやめなければいけない?  ……ああ、頭がぐちゃぐちゃだ。 (止まらない。欲しい。もっともっと、彼が欲しい。厭らしく乱れる姿をもっと見たい)  その欲求に導かれるまま僕は彼の身体を抱き寄せて臀部に指先を這わせ、着物の奥に隠された二本の尾の根本をぎゅうと掴む。  知っている。彼はこうされるのが好きだと。  ……どうして知っている? 「っひう⁉」  彼はびくりと肩を震わせて涙目で僕を見た。  夜空に浮かぶ月のような瞳がじゅわりと滲む。  そのまま尾の根本を撫でたり握ったり扱いたりしながら何度も彼の最奥を突き上げた。 「あッ、あぁッ! きゃうんッ! ぐるる……ッ」  辛うじて人の声を保っていた彼の声は次第に獣のように変化していく。こちらを見下ろすその表情(かお)は発情期の犬とそう変わらなかった。 「おまえ、さまっ……嗚呼ッ、もうっ……っく、~~~ッ!」  届く限り一番奥を渾身の力で貫いたその瞬間、いつの間にか露出していた彼自身から白濁液が零れ落ちて僕の腹の上を伝う。一方僕も彼が気をやる顔にぷつりと箍が外れ、再び濁った欲を彼の最奥へ吐き出した。  どくどくと心臓の音が頭の中で大きく聞こえて――全てを吐き出した僕はぐったりとその身をその場に放る。  頭がふわふわして視界が歪んだ。 (おかしい。今の僕は明らかにおかしいはずだ。なのに……なのにどうして、こんなにも満ち足りた心持ちになっている?)  しんと静まり返った路地裏に二人分の呼吸音だけが響く。  余韻に浸るように暫くそうしていたら不意に彼がにんまりと満足そうな笑みを浮かべて僕の頬に鼻先を擦りつけた。その身を思わず抱きしめようとしたところで――ようやっと理性が戻ってくる。  今更戻ってきたところで何もかも遅いけれど。 「……ッ!」  さぁっと血の気が引いて指先が冷たくなった。  僕は今、何をした? 何をされた?  背中を駆け上がるじりじりとした余韻を振り払いながらようやくハッキリとしてきた視界で虚無僧を睨む。 「ぼ、僕に何をした……っ! 悪霊が使う呪術の一種か……⁉」  すると虚無僧は腰を持ち上げて僕自身を引き抜いた後、くつくつと笑った。かと思えば内腿を這う白濁液を見せつけるように着物の裾を指先で摘んでくいと持ち上げる。 「自分からあれだけ腰を打ち付けておいて今更責任逃れとは。今世の御前様は随分な御人だのう」 「な……っ」  その言い方じゃ、まるで僕から襲いかかったみたいじゃないか。  虚無僧に欲情したのは何かしらの力で混乱させられたかもしくはただの気の迷いのはずだ。だってそうでなくては、説明がつかない。 「吾は御前様のもので、御前様は吾のものだ。吾を欲しいと思ってしまうのも仕方あるまい」 「訳がわからない……! そもそも僕たちは初対面だろ⁉」  後ずさりつつちらりと逃げ道を確認する。  この場所は人通りのある道までは少し遠い。……今の腰が抜けた状態で果たして逃げられるだろうか。 「吾と御前様は前世より結ばれているのだ。御前様に宿っている魂に、吾は憑いてきた」 「前世……魂……?」  突拍子もない話に思わずそう聞き返すも虚無僧は真剣な面持ちのままゆっくりと頷いた。 「御前様の魂は前世より犬神憑きだ。前世の御前様が望んでそうなった」 「そ、そんな非現実的な話、信じられるわけないだろ」 「何を言う。人間からしてみれば、吾そのものが非現実的な存在であろうが。往生際が悪いぞ、御前様」  こいつ、化け物のくせに随分的を射た事を言いやがる。 「もし仮にその話が本当だったとしても、前世なんて知るものか。前世の僕とお前がどういう関係だったにせよ今の僕には関係ない……! 僕のことは放っておいてくれよ!」  そう言い残して逃げようと立ち上がるも膝にうまく力が入らず身体がぐらりと傾いた。  すると彼は慣れた様子で僕の身体を受け止める。 「そうもいかん。言ったであろう、吾は御前様の魂に憑いていると。それは即ち、お前にも憑いているということになるのだ」  その言葉に僕は思わず絶句した。  そんな理不尽なことがあってたまるものか。 「憑いている場所がどこだろうと今の御前様が犬神憑きであることには変わりない。こうして一度交わってしまった以上、その繋がりはより強固なものになっただろう。……いい加減観念なされよ、御前様」 「うぅ……」  冗談じゃない。  そもそも巷を騒がせている怪しい虚無僧と一緒に居たら、僕まで退治されてしまう。 「僕は信じないぞ。いいか、絶対着いてくるなよ! 二度と僕の前に姿を現すんじゃない!」  そう言って彼の腕を飛び出す瞬間ずきりと心臓が傷んだ。  彼に感じた愛しさも邪な思いも、傷つく彼を前にするとどうしようもなく苦しくなるのも「前世の僕」とやらのせいなのだろうか。  そんな考えを振り払ってずきずきと痛む胸元を押さえながら、僕は逃げるようにして路地裏を後にした。 「……逃げても無駄なのだがな。此度の御前様は随分と可愛らしい。そうは思わぬか? のう、砌」  路地裏に残された彼が楽しそうにそう零したことを知らないまま。

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