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第4話 初めての夜

 初めてだというソウイチとの、初めての夜。  真山はいつも通り後ろの準備は済ませてあった。ソウイチもシャワーは済んでいたので、二人は真っ直ぐにベッドルームに向かった。  ソウイチは多少の知識はあるだろうが、初めてで勝手などわからないはずだ。ベッドでは真山が主導権を握ることになる。  普段なら相手に合わせることが多い真山は、いつもと違う空気感に言いようのない昂りを感じていた。抱かれる側の自分がイニシアチブを取れることに胸がざわめく。  ベッドルームは間接照明とベッドサイドの灯りが温かな金色で部屋を照らしていた。  しっとりと落ち着いた空気の中、逸る気持ちを抑えてソウイチをベッドに座らせると、真山はその前に膝をついて向き合う。俯きがちなソウイチは膝の上で指を絡め、忙しなく視線を彷徨わせていた。  そんな初心な仕草を見せられて、真山は心臓の鼓動が早まるのを感じた。  自分はあくまで抱かれる側だ。なのに、ソウイチの仕草は否応なしに真山を煽る。 「そーいちさん、キスは、する?」  暴れ出した鼓動を抑えつけて真山はソウイチの顔を覗き込んだ。  ソウイチは真山の様子を伺うように視線を合わせ、小さく頷いた。 「ん、嫌じゃなければ」  ソウイチの臆病な答えに、真山は笑みを返す。ソウイチの初々しい反応は、それだけで真山の心に火をつけていく。  不安げにゆらめく薄茶色の瞳に、真山の笑みが映っていた。 「じゃあ、しようか」  真山への返事の代わりに、ソウイチの瞼が伏せられる。  腹から湧き上がる静かな興奮を感じながら、真山はソウイチの頬に手を添え、厚みのある唇に薄い唇を重ねた。  ソウイチの唇は厚みがあってとろけるような柔らかさで、ずっと触れていたかった。甘噛みして、舐めて、啄んで、もっとその感触を堪能したくなった。  触れるだけのキスにも、ソウイチは身体を硬くしている。臆病な小動物のような反応が可愛くて、真山は頬を包む手を下へと滑らせる。 「ん」  真山の手の動きに驚いたのか、ソウイチは肩を跳ね上げ、鼻に抜けるような声を上げる。  真山は宥めるようにソウイチの肩を撫で、背中を撫で、腰を撫でていく。ソウイチが纏う上質な生地のスーツは滑らかな手触りだった。  撫でられて少し緊張が和らいだのか、ソウイチの身体から力が抜けた。  真山は今すぐ押し倒して深く食いつきたい衝動をなんとか抑えつけ、角度を変えながら触れるだけの口づけを続けた。 「ん、ぅ」  小さな呻き声が聞こえて、ソウイチの手が縋るように真山の腕を掴んだ。  何かあったのかと真山が唇を離して瞼を開けると、赤い顔をしたソウイチが目に入った。 「っは、まや、くん」  ソウイチは上がった息の合間にマヤの名を呼んだ。薄茶色の瞳は涙で濡れていて、それでようやく、真山はソウイチが腕を掴んだ理由を知った。 「あぁ、ごめん、そーいちさん。息、鼻でして」 「は、な?」 「そう。鼻で、息しながらしないと、苦しいでしょ」  ソウイチの顔から少しずつ赤みは引いていくが、目元と頬は赤みが差したままだった。  ソウイチはキスの時の呼吸のしかたも知らないようだった。緊張で忘れていただけかもしれないが、それにしても返ってくる反応がいちいち初々しい。真山にはそれがただただ愛しかった。  真山が赤くなった頬をあやすように手のひらで撫でてやると、ソウイチは濡れた瞳を揺らす。 「ん、そう、なのか」  ソウイチは眉を下げ申し訳なさそうに真山を見た。 「そうだよ。キスは初めて?」 「キスくらい……。こんなに長いのは、知らないだけだ」  ソウイチは拗ねた子どものように視線を逸らした。経験が少ないのをあまり聞かれたくないようで、それもまた真山の目には愛らしく映った。庇護欲をそそるようなところばかり見せられて、年上だということを忘れそうだった。 「ふふ、じゃあ、これでもう大丈夫だね」  真山がソウイチの頭を撫でると、物言いたげな目が再び真山を映す。  その目は言外にバカにするなと言っていた。  揶揄うつもりはなかったが、真山にはその饒舌な瞳がひどく愛おしく思えた。  年上なのに、自分よりも無垢で綺麗な存在に出会うのは初めてだった。そんなソウイチが自分を初めての相手に選んでくれたことに、真山の胸は甘く締め付けられた。  誰のことも知らないアルファが初めて抱くのがオメガではなくアルファの自分だという現実は、真山の中の色々なものを変えていく。ずっと抱えていたオメガへの劣等感も、胸の底に押し込めていた苦しい恋心も、柔らかく解けていくようだった。  真山はソウイチの頭を撫でていた手をなめらかな頬に滑らせた。 「続き、していい?」 「続き?」  息を止めてできるキスしか知らないソウイチは何のことかわからないようだった。 「もっと深くて、えっちなやつ」  真山が目を細めると、ソウイチの頬が熱くなった。  そうやって言葉で、行為で、無知で無垢なソウイチを汚していくことに、真山は薄暗い高揚感を覚える。アルファに対してこんな感情を抱くのは初めてのことだった。  無理もない。今まで相手にしてきたのは言うなれば手練れのアルファたちで、どちらかといえば真山を翻弄するような相手ばかりだった。 「そーいちさん、舌、出して」 「ん、ぇ」  ソウイチは頬を赤くしながらも言われるままに舌を出す。肉厚な舌が柔らかな唇の間から控えめに覗くのが見えて、真山は息を呑んだ。舌を見せることさえ恥ずかしがっているようなソウイチに、普段は滅多に顔を出すことのない嗜虐心が喉を鳴らす。 「動いちゃダメだよ」  優しく釘を刺して、真山はできるだけ驚かせないように厚みのあるソウイチの舌を熱い口内に迎え入れた。 「っ、ン、ぅ」  身を引きそうになるソウイチの身体を抱き寄せ、真山は逃げ腰なソウイチの舌をきつく吸う。  抵抗がなくなった舌を絡め取り、唾液を混ぜ合わせる。ソウイチの味も温もりもすべてが愛おしかった。  初めてのソウイチを怖がらせないように、と思っていたのに、気がつけば真山は夢中でソウイチの粘膜を貪っていた。唾液を混ぜ合う音が聴覚を埋め尽くす。舌をソウイチの口内に捻じ込み、溢れる唾液も啜って、温かな粘膜を余す所なく深く味わう。  もう、どちらが抱く方がわからない。ソウイチが震える手で真山にしがみついたところで、ようやく真山はソウイチを解放した。 「っ、ごめん、そーいちさん」  真山が慌ててソウイチの顔を覗き込むと、ソウイチはその瞳を濡らして頬を上気させていた。濡れたまつ毛が疎らにに束になっているのが見える。 「ん、はあ、マヤくんは、情熱的だな」  今度は呼吸ができたのか、ソウイチは先ほどよりも余裕が見えた。厚みのある唇は唾液で濡れ、てらてらと光っている。  真山は眉を下げ、ソウイチの熱い頬を撫でる。 「怖くなかった?」 「少しだけ。でも、その、気持ちよかった」  俯くソウイチの口から聞こえたのは消え入りそうな声だった。  気持ちいいと言ってくれて真山は安堵した。自分本位のキスをしてしまったことを申し訳なく思いながらも、真山の腹の底にはもう情欲の火が灯っていた。  ソウイチは不思議なくらいにその仕草ひとつで真山を煽る。鼓動はすっかり早くなって、熱くなった血を忙しなく全身に送り出していた。 「少し休んだら、続きしようか」  まだ少し呼吸の荒いソウイチの温かな頬に、真山は優しく手のひらを滑らせる。 「続き……」 「セックス、するんでしょ」 「……うん」  蕩けた瞳が真山を見た。  真山の直截的な言葉に、ソウイチは忽ち頬を赤くして俯いた。  真山はそんなソウイチを抱きしめた。ソウイチはそれに応えるように躊躇いがちに真山の背中に腕を回し、縋るようにしがみつく。服越しの温かな手のひらからは、ソウイチの緊張が伝わってくる。  香水だろうか。爽やかな、石鹸のような香りがした。 「大丈夫、ゆっくりしよ」  穏やかな言葉とは裏腹に、真山の腹の奥ははしたなく疼く。  こんなに無垢で愛らしい男が、これから自分を抱くのだ。期待せずにはいられない。飢えた獣のようだと思いながらも、真山は鳶色の瞳がぎらつくのを止められなかった。  脱いだ服をソファに放って、最後に脚から抜き取った下着を一番上に放り投げる。一糸纏わぬ姿でベッドに上がると真山は横になり、クッションを重ねて上半身を起こして脚を開いた。はしたない格好をしている自覚はある反面、そうやって身体をソウイチに晒して喜びを感じている自分もいる。  そんな真山を前にして、脚の間に正座する裸のソウイチが不安げに視線を揺らす。その不安を和らげようと、真山はソウイチと視線を合わせ、優しく微笑んだ。 「そーいちさん、大丈夫? 脚、痺れちゃうよ」 「……ん」  真山に促されるまま、ソウイチはおずおずと正座を崩して胡座をかく。  ソウイチの瞳に映る戸惑いは少しずつ興奮へと色を変え、真山の胸はどろりとした優越感で満たされていく。  アルファの男が、自分をアルファだと知って、それでもなお欲情に濡れた目を向けることに堪らなく興奮する。  真山は窄まりも緩く頭を擡げる性器も晒し、締まった尻の肉を両手で割り広げた。目の前のソウイチが息を呑んだ。ソウイチの興奮も緊張も手に取るように真山に伝わってきて、それがまた真山を昂らせる。 「ここが、入れるとこ。オメガの子も、男なら同じだから」 「……っ、濡れ、て……?」  ソウイチの呟きには驚きの色が濃く滲んでいた。ソウイチの目の前に晒された真山の後孔はひくつき、中から溢れるものでてらてらと光っていた。 「俺のはローションだよ。オメガのここは濡れるけど、ベータとアルファは濡れないから。まぁでも、一応ローションは用意してあげて。あったかいやつがいいよ」  真山はソウイチがオメガの男を抱く前提で説明した。自分の経験も加味してある。抱かれる側としては、痛くない方が圧倒的にいいからだ。  痛くて泣いたことは何度もある。ローションもろくに使ってもらえなくて、自分がオメガだったらと思ったことも一度や二度ではなかった。  ソウイチが誰かをそんな目に遭わせることがないようにと、真山は願わずにはいられなかった。 「ん、わかった」  ソウイチが頷く。素直に従う姿に、真山は胸をざわつかせる。こんなに素直で愛らしいアルファもいるのだと、真山は初めて知った。色々なアルファに会ってきたが、ソウイチのようなタイプは初めてだった。 「俺はもうほぐしてあるけど、初めての子は痛いかもしれないから、優しく、ね」  真山は優しい声で、穏やかにソウイチを導く。 「中指からがいいかな。指用のゴム使う?」 「指用?」 「そ。中を傷つけたりしないようにとか、ビョーキ対策とか、いろいろ」 「そうか」 「持ってくるから、ちょっと待ってて」  真山は身体を起こし、ベッドを降りるとソファに置いておいたリュックから指用コンドームと通常のコンドーム、温感ローションを取り出してベッドに戻った。ホテルにアメニティとして置いてあるわけでもないので、マヤとして誰かに会うときは必ず持っていく。だいたいは相手も用意してくれるが、自分で持っていた方が何かと安心できた。  ベッドに戻ると、ソウイチは正座して大人しく待っていた。 「お待たせ。つけ方教えるね」  真山は指用コンドームのパッケージを破るとソウイチの手を取り、慣れた手つきで中指と薬指に着けていく。ソウイチの手は手入れされていて綺麗だった。爪も短く切り揃えられ、肌荒れもない。男特有の骨っぽさはあるが、男にしては綺麗な手だった。 「こうして、こう。簡単でしょ?」  二本の指に被せ終えると、真山は笑ってみせる。 「ん、ありがとう。こんなものもあるんだな。知らなかった」  ソウイチはぎこちなく笑って、初めて見たであろう指に被せた半透明の薄い膜を珍しそうに眺めている。  そんなソウイチを楽しげに見つめ、真山はクッションに身体を預け、脚を開いた。 「じゃあ、入れてみて。ゆっくりでいいよ」  真山の言葉に、ソウイチの喉仏が上下したのが見えた。  ソウイチはおそるおそる中指の指先を真山の窄まりに宛てがう。真山の窄まりは期待にひくつき、ソウイチの指先に甘えるようにしゃぶりついた。 「こう、か?」 「ん、あ」  真山は甘えるような声を上げた。ゆっくりと、ソウイチの指先が窄まりに埋まっていく。 「っ、なか、あつ、い」  ソウイチが声を震わせた。中を探るように指先を動かしている。ソウイチの指を咥え込んだ後孔は、指一本では物足りなくて物欲しげにひくついてしまう。 「指、増やして。次は薬指」  真山に促され、ソウイチは一旦指を引き抜き、中指と薬指を揃えてローションを垂らすと再び真山の窄まりに埋めていく。 「ふふ、ソウイチさん、上手」 「痛く、ないのか」  真山が甘い声を漏らすと、ソウイチは不思議そうに真山を見た。 「ん、俺は、慣れてるから。痛がる子もいるから、ゆっくり、ね」  子供に言い聞かせるように、真山は穏やかな声で続けた。  そうしている間も、ソウイチの指は真山の中で控えめに内壁を探っていた。中で指が緩く動くとそれだけで快感が生まれて、真山は僅かに眉を寄せた。 「腹側、もう少し奥、っ、そ、こ」 「ここ? なにか、ある……?」  ソウイチの指先がしこりを捉え、膨らみを肉壁越しに撫でる。こんなにすぐ見つけられるなら、ソウイチは優秀だ。  真山は薄く締まった腹をひくりと震わせた。 「そこが、前立腺。男の、きもちいいところ」 「膨らんで、る」  ソウイチの指先は控えめにしこりを撫でる。 「潮吹いちゃう子もいるから、あんまりいじめないであげて」 「っ、マヤくん、は」  ソウイチは慌てて指を止めた。眉を下げて、おそるおそる真山を見る。 「おれは、好き。ここ、いっぱいいじめられんの、好きだよ」  真山が甘えるように目を細めると、ソウイチが喉を鳴らした。纏う気配が変わって、ソウイチの中の雄が目を覚ますのを感じた。 「っ、そ、いち、さ」  真山が声を震わせる。ソウイチの指先はじっくりとしこりを撫でる。その動きはひどく緩慢で、そこから湧く快感は緩く長く続いた。 「なか、締まる」  ソウイチの二本の指が肉壁越しのしこりを揉み込むように動くたび、緩やかな絶頂が訪れる。真山の中は絡みつくようにソウイチの指を締め付けた。 「まっ、て、でる、から」 「え」 「っふ、ぅ……ッ」  勃ち上がり震える真山の昂りから白濁が散り、白い腹を汚した。

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