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第5話 マヤの手ほどき

 ソウイチの手で頂に押し上げられた真山は、深く息を吐いた。吐精の余韻は真山の唇から熱い吐息を漏らす。鼓動が騒いで、熱い血が全身へと巡る。 「っあ、す、すまない」  ソウイチが慌てた声を上げるので、真山は安心させたくて笑ってみせた。 「ふふ、出ちゃった。いいよ。そーいちさん、上手だね」  真山も、こんなに早く吐精するつもりはなかった。たまたまなのかソウイチが上手いからなのか、どちらにせよソウイチは思った以上の快感を真山にくれた。  乱れた呼吸を整えながら真山はそっとソウイチの手を取り、中に埋まった指を引き抜く。  抜けていく指にも真山の中は快感を見出して、甘い吐息が漏れた。 「っ、ふ……」 「あ……」  何か粗相をしたと思ったのか、ソウイチは悲しげに眉を下げ、叱られた子犬のような顔をする。  そんな顔をさせたかったわけではない。真山はソウイチと目を合わせるとできるだけ優しい声で告げた。 「そんな顔しないで。気持ちよかったから、出ただけ。上手だったよ」  真山の声に、ソウイチは安堵の色を滲ませた。  ソウイチの表情が和らいだのを見て、真山も薄く笑う。素直なソウイチは真山の言葉ひとつで表情がころころと変わるので、見ていて飽きない。真山が想像していたのよりもずっとソウイチは感情豊かで、素直な性格をしているようだった。  吐精の余韻に脱力していた真山はベッドサイドにあったティッシュを取り、腹を汚す白濁を拭き取ると、ティッシュを丸めて捨てた。  真山の脚の間では、小柄な体を余計に小さくしているソウイチが瞳を潤ませていた。  ソウイチの下腹には、すっかり臨戦態勢になった雄の象徴がある。逞しい猛りを見て、真山は腹の奥を疼かせた。 「ふふ、ソウイチさんの、もうガチガチだ。ゴムの付け方はわかる?」 「なんとなく」 「じゃあ教えるね」  真山は身体を起こして、胡座をかいてソウイチに向かい合う。  コンドームの付け方から教えるのは新鮮だった。  ソウイチにつけた指用コンドームを外して片付けると、コンドームを二つ用意した。一つずつ持って、向き、先端の空気の抜き方、被せ方。一通り自分のでやって見せて、それからソウイチにやらせてみて、もたつく部分は丁寧に教えた。 「向きは、こっち。そこに空気が入らないようにして。そ。上手だね。そのまま根元まで、下ろして。ん、それで大丈夫。上手にできたね、そーいちさん」  上手くできたら褒めることも忘れない。  褒めると表情を柔らかく綻ばせるソウイチに、真山の胸に温かなものが宿る。同時に、この男の初めてをひとつひとつ自分が奪っていくことに薄暗い悦びを覚えた。  そして、ソウイチが自分しか見えなくなればいいのにと、そんな薄暗い願いを抱く。そんなものを彼に見せてはいけないと思うのは、真山なりの矜持だ。  今夜が終われば、ソウイチともお別れだ。最後は綺麗に別れたい。終わりの見えている関係に微かな胸の痛みを感じるのもいつものことだった。  そうやって、ようやくソウイチが真山の中に入る準備が整った。  ようやく、だ。  待ち侘びた時間がすぐそこまで迫っている。真山は劣情に煽られるままに唇を舐めた。  真山はアルファだ。興奮状態になると性器の根元にノットが出てしまうため、アルファに抱かれるときはばれないように後ろからすることが多かった。ノットはアルファ男性の性器の根元に現れる瘤のようなもので、オメガを孕ませるため、性器が抜けないようにするためのものだ。  いつもはそれを見られないように気を使うが、ソウイチにはもうアルファだと知られているので隠す必要もない。正常位も、騎乗位もできる。  触れ合うにも、顔が見えるのと見えないのでは得られる快感には雲泥の差がある。真山は相手の顔と反応が見える体勢でのセックスにずっと憧れていた。  嬉しくて、気持ちが逸ってしまう。  ソウイチとの、初めてのセックス。ソウイチにとっての、初めてのセックス。真山の心臓は初めてのときのように鼓動を早めるばかりだった。  目の前にあるソウイチの身体は、同じアルファながら、肌にうっすらと凹凸が浮かぶくらいには筋肉を纏っている。はっきりとわかる、アルファの身体だった。薄く盛り上がった胸筋に、緩やかな稜線を描く腹筋。全身に纏う無駄なくしなやかな筋肉に真山は息を呑んだ。 「マヤ、くん」  ソウイチの声に、なんだろうと顔を上げると、少しだけ眉を寄せて顔を赤くしたソウイチがいた。 「その、そんなに見られると、恥ずかしいんだが」 「ああ、ごめんね」  不躾な視線を向けてしまっていたことを謝ると、ソウイチの表情に安堵の色が広がった。 「そろそろ、入れてくれる? 中、せつなくて」  真山はシーツの上に身体を横たえると、見せつけるように尻たぶを割り開く。指を咥えることを覚えた後孔は物欲しげにひくついていた。 「っ、こう、か」  ソウイチはシーツを擦る音とともに真山の脚の間に身体を滑り込ませた。形の良い眉を寄せ、何かを堪えるように真山の窄まりに熱く張り詰めた先端を押し付ける。  ソウイチの瞳に宿る無邪気な好奇心は、少しずつ劣情に塗りつぶされていく。 「ん、そう。そのまま、ゆっくり、んぅ」  真山の指示に合わせて、ソウイチが腰を進め、真山の窄まりはゆっくりと逞しい猛りを呑み込んでいく。可愛らしい顔をしているのに、熱く硬い芯の入った猛りはアルファの逞しいそれで、そのアンバランスさが余計に真山を昂らせた。 「マヤくん、なか、熱い」  ソウイチが声を震わせた。半分ほど埋まったソウイチのものが、中で質量を増す。 「ん、そーいちさん、きもちい、よ。そのまま、奥まで入れて」  ソウイチの猛りが、ゆっくりと隘路を押し広げていく。 「っ、まや、くん」  息を詰めたソウイチが小さく身震いした。その理由を察した真山は笑みを浮かべる。 「出していいよ」  真山の優しい声に、ソウイチは眉を下げ、首を横に振る。 「でも、まだ」  ソウイチの逞しい猛りは、まだすべて真山の中に収まっていない。奥にも届いていない。ソウイチはそれを気にしているようだった。  まだ夜は始まったばかりだ。これから、ゆっくり覚えていけばいい。  真山は表情を綻ばせた。ソウイチを受け止めたい。そんな思いが胸を埋める。 「いいよ。好きなだけ、出して」  眉を下げたソウイチが、か細く声を上げた。 「まや、くん、いく」  ああ、いく、って言うことは知ってるんだな、と真山は頬を緩ませた。  ソウイチが眉を寄せ、薄茶色の目を伏せる。か弱く呻いて、真山の中でソウイチの猛りが脈打ち、熱を放った。何度も脈動して熱い白濁を真山の中に吐き出していく。  ソウイチが、初めて誰かの腹の中で吐精した。その相手が自分だと言うことが嬉しかった。  ソウイチの澄んだ声で何度もマヤくんと呼ばれると、真山の胸はその度に甘い疼きを訴えた。  たとえ呼ばれるのが仮初の名前でも、ここでは真山ではなくマヤだ。いつもはベータのマヤだが、今夜はアルファのマヤとして、アルファのソウイチに抱かれた。  ようやく偽らない自分で誰かに抱いてもらえたのが嬉しくて、生まれる快感も、いつもよりずっと純度が高いように思えた。灼かれるような快感よりもずっと優しくて穏やかなものが、真山をいつもよりも深くまで満たしてくれた。  結局、ソウイチとは三回した。三回してようやく真山は満足したし、ソウイチは三回目には拙いながら腰を揺すり、真山を絶頂へと導くことができた。  正直なところ、ソウイチとの体の相性は過去で一番いいように思えた。それくらい、終わってほしくなかった。  ソウイチとの行為を終えて、真山はまだ余韻の残る中、上機嫌でソウイチに後始末のやり方を教えた。使用済みのコンドームの外し方と後始末の仕方を教えた後、二人は向かい合ってベッドに横たわる。 「ソウイチさん、めちゃくちゃよかった」  真山は素直な感想を口にした。お世辞抜きで、真山はソウイチとのセックスが楽しかった。  拙いながらも一生懸命なソウイチが快感を与えてくれるのが、どうしようもなく気持ちよかった。  真山を見つめる薄茶色の瞳は少し眠そうで、事後の気怠さを色濃く映していた。 「ごめんね、ベータと、したかったでしょ」  赤みの残ったソウイチの頬を、真山は指先で撫でる。自分の欲を優先して押し切ってしまったことを申し訳なく思っていた。 「いいんだ」  ソウイチは首を小さく横に振って笑う。 「え」  意外な返事に、真山はまじまじとソウイチを見つめる。ソウイチは恥ずかしそうに俯いてしまった。 「君とするの、気持ち良かった」  君なんて呼ばれることはほとんどなくて、真山はなんだかこそばゆかった。 「マヤくん、本当にアルファか?」  アルファだと見破っておいて今更そんなことを言うソウイチに、真山は思わず苦笑いを零した。 「そうだよ。ほら」  真山が視線で示した先、未だ昂ったままの真山の性器の根元に、瘤のようなものがある。アルファに現れる、ノットだった。興奮すると出るのだが、まだ興奮が残っているのか、全然治まる気配がない。  見せることに抵抗はなかったが、ソウイチがあまりまじまじと見るので少し恥ずかしかった。 「ノットが、出て……」 「ん、そーいちさんは?」 「出たことはない。こんなふうになるんだな」 「……そっか」  出してあげられたらよかったのにと真山の胸はちくりと痛む。  個人差はあるが、ノットはアルファの興奮状態が続いたり、発情状態になると現れる。ソウイチのことは結構気持ちよくできたという自負はあったので、少し悔しかった。 「そーいちさん」  真山が呼ぶと、ノットに見入っていたソウイチは慌てて顔を上げた。その顔は、悪戯を見つかった少年のようだった。 「マヤくんはアルファなのに、なんでこんなこと」  ソウイチは釈然としない顔をした。  仕方のないことだった。真山は自分の嗜好が一般的ではないということもわかっている。  真山の胸には、自分のことを知ってほしいという気持ちがあった。ソウイチに、アルファのマヤを知ってほしかった。  だから真山は、素直に話そうと思った。  アルファの、真山のことを。

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