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第8話 かわいいひと

「ソウイチさん、シャワー、一緒に浴びよ」  ホテルの部屋に帰ってくるなり真山が上げた声に、すぐ隣でジャケットを脱ぎかけたソウイチの動きが止まった。  静かなリビングで、ソウイチの薄茶色の瞳は驚きの色とともに真山を映していた。  もう互いに裸も知っている。真山は今更照れることもないと思ったが、ソウイチはそうでもなかったようだ。 「……だめ?」 「い、いいのか」  返ってきたのは戸惑いの濃く滲む硬い声だった。ジャケットを静かに脱いだソウイチは、ソファの背もたれにジャケットをかけるとおそるおそる真山を見上げる。薄茶色の瞳にはうっすらと期待と不安の入り混じった色が窺えて、真山は頬を緩めた。 「ん、いいよ」  さらりと誘いはしたが、真山も緊張していた。客とシャワーを浴びるのには慣れていたが、ソウイチ相手にはそうもいかなかった。  二度目、三度目の予約までしてくれたソウイチに、がっかりされたくない。嫌われたくない。そんなふうに思うと、途端に何をするにもぎこちなくなってしまう。  一緒に服を脱いで、ぎこちない動きを互いに笑い合って、真山もソウイチもようやく緊張が解けた。  それからシャワーを浴びて、歯を磨いて、髪を乾かして、下着だけの姿でベッドルームに向かう。  もう後ろの準備もしてある。逸る気持ちに急かされるまま、真山はソウイチの手を引いた。  裸足で踏み込んだベッドルームは静かだった。照明が落とされた部屋は、これから始まる爛れた時間のことなど欠片も感じさせない、落ち着いた空気が流れている。  皺なく張られたシーツの上に並んで倒れ込み、どちらからとなく唇を重ねた。  触れ合う唇が、肌が熱い。伝わってくる熱だけで、真山の意識はソウイチに根こそぎ攫われていく。  ソウイチはもうキスをしても上手に鼻で息ができるようになっていた。舌を割り込ませれば、ぎこちなくではあるが絡めてくれる。  ソウイチが少しずつテクニックを身につけていくのが嬉しかった。真面目そうだからちゃんと予習復習をしているのかもしれない。 「そーいちさん、上手だね」  唇が離れたところで真山が褒めると、ソウイチは薄茶色の瞳を蕩かして微笑みを返してくれる。 「今日は俺が動いていい?」 「マヤくんが?」  ソウイチは不思議そうに真山を見る。真山の言葉の意味がわかっているかどうか怪しかった。 「そ。今日は俺が、ソウイチさんに乗ってする」 「ふふ、刺激的だな」  ソウイチはどこか無邪気さの残る笑みを浮かべる。  真山も笑みを返した。前回試せなかった騎乗位ができるのが楽しみで仕方なかった。  真山はソウイチをベッドに仰向けに寝かせ、太腿に跨る。 「今日は俺が動くから、ソウイチさんは寝てていいよ」 「しかし……」 「俺にさせて?」  自分ばかりされるのは申し訳ないとでも思っていそうなソウイチは、真山が笑ってみせると何か言いたげに押し黙る。  瞳を揺らすソウイチを宥めると、真山はソウイチの下着をずり下げた。  うっすらと頭を擡げるソウイチの性器に、真山は薄い唇を押し当てる。それだけでソウイチの柔らかい幹に芯が入った。  ソウイチの興奮が手に取るようにわかって、真山は気分が良かった。血管の浮き上がる逞しい幹をべろりと舐め上げるとソウイチが身体を震わせる。 「っ、マヤ、くん、そんなこと、しなくていい」 「気持ちよくない?」  真山が舌先ですっかり硬くなった幹をくすぐると、ソウイチはわかりやすく息を詰めた。 「ん、気持ちいい、が、そこは」 「汚くないよ。シャワー浴びたでしょ」  一緒にシャワーを浴びたから、ちゃんと身体を洗ったのも知っている。ソウイチもそれをわかっているはずだ。 「ん、そう、だが」  それでもまだ真山に舐められることに抵抗があるようで、ソウイチは眉を下げた。 「俺がしたいんだ。だから、そーいちさんは気持ちよくなってて」 「ッ、まや、くん」  身体を起こしかけたソウイチにの下腹に真山は顔を埋める。有無を言わせまいと聳り立つソウイチを喉奥まで使って呑み込む。えずいて喉がひくつくと、それに合わせて飲み込んだソウイチが跳ねた。 「ッ、で、る」  絞り出すような低く掠れたソウイチの声とともに、真山の喉奥でソウイチの猛りが脈打つ。  熱くどろりとしたものが放たれ、青臭いような生臭いような臭いが鼻に抜けていく。 「ン、ふ」  真山は零さないように気をつけながら口を離し、僅かに喉を反らして、上下する喉仏をソウイチに見せつける。 「マヤ、くん」 「ふふ、いっぱい出たね」  真山が微笑むと、ソウイチは泣きそうな顔をしていた。 「ッ、飲んだのか?」  ソウイチが声を震わせる。いじめすぎたかと思ったが、そうではなかったらしい。 「うん」 「あぁ、体調を崩したりしないのか……?」  慌てた様子のソウイチは、精液を飲んだ真山の体調を気にしているようだった。  多少苦いし美味しいものではないが、今まで精液を飲んで腹を壊したことはない。自分が頑丈なだけかもしれないが。  どこまでも初々しくて愛らしいソウイチに、真山は腹の底に熱い澱みが蟠るのを感じた。 「大丈夫だよ」  そんなことはおくびにもださずに笑ってみせると、ソウイチは安心したようだった。 「はは、まだ元気だね、そーいちさん」  一度の吐精では萎えることのないソウイチの猛りをひと撫でして、真山は下着を脱ぎ捨てる。ずり下げただけのソウイチ下着も取り払って、二人は一糸纏わぬ姿になった。  慣れた手つきで手早くソウイチの猛りにゴムをつけ、真山はソウイチの腰の辺りに跨る。聳り立つそれに手を添え、狙いを定めて腰を落としていく。  先端を押し当てると、ソウイチの猛りはずるずると真山の中に埋まっていく。 「そーいちさん、きもちい?」 「ん、気持ちいい、マヤくん」  ソウイチの溶けかけた声に満足した真山はゆっくりと腰を揺する。慣れない騎乗位でぎこちない動きになってしまうが、真山の動きに合わせて逞しい怒張は隘路を押し拡げ、肉壁をこそぐように出ていく。  真山が動くたびに生まれるのは、背筋が震えるような快感だ。  腹から生まれる熱は、真山の理性を少しずつ溶かしていく。  うっすらと開いた唇を撫でるのは、熱い吐息だった。 「っ、ぁ、じょ、ずだね、そーいちさん」  真山の動きに合わせて、ソウイチが腰を突き上げる。そんなこと教えていないのに、アルファの本能がそうさせるのか、ソウイチは優しく腰を波打たせて穏やかな快感で真山を翻弄した。 「マヤくん」  恍惚を滲ませて真山を見上げるソウイチの声は情欲をたっぷりと含んでいた。それに応える真山の声も、自然と熱を孕んだものになっていく。 「俺も、きもちい。そ、いちさ、いって、いいよ」 「マヤくんと、一緒にいきたい」 「ふふ、い、よ。いっしょに、いこ」  真山は腰を揺らし、ソウイチを頂へと導く。  ソウイチの唇から甘やかな喘ぎが漏れるのが堪らなく真山を昂らせる。  ソウイチに跨り腰を揺らし、頂へと駆け上って、真山はソウイチと一緒に果てた。  ソウイチが少しずつ、セックスを覚えていくのを見守るのは楽しい。ままごとのようなセックスから、ソウイチが少しずつステップアップしていくのを見守るのは、新しい娯楽を見つけたみたいな気分だった。  初めての頃を思い出すような感覚に、真山はこそばゆいような懐かしさを感じていた。  ソウイチは飲み込みも早いし、何より献身的だった。セックスのときも相手を気遣うことを忘れない。大事な才能だと真山は思う。  何度もソウイチの甘い声で呼ばれると、本当に愛されているように錯覚してしまいそうだった。  専属契約は嬉しい。でも、まだ安心はできない。三回目の予約が終わるまで、なんなら専属契約が確定するまでは安心できない。  奔放に見える真山だが、無邪気に恋愛に飛び込めるほど純粋ではない。無防備に飛び付けば自分が傷つくのは目に見えている。臆病な真山は慎重にならざるを得なかった。  特に性癖を拗らせてからは、真山は恋心を抑えつけていた。アルファに抱かれたいという切なる願いは、叶いもしない恋と同義だった。  抱かれたとしてもそれは一夜限り、吐精すれば終わりの儚いものだった。  そんなことを一年ほど続けてようやく慣れてきたのに。  ソウイチという存在は、押さえつけたはずの恋心をどうしようもなく膨らませる。真山はそれが嬉しくて、少しだけ怖かった。  もう随分とソウイチに深入りしている自覚はある。  気がつけばソウイチのことを考えて、焦がれている。ソウイチに恋をしていると、認めざるを得ない。  こんなふうになるなんて思わなかった。  夜が明けて日が昇って、真山はチェックアウトとともにソウイチと別れた。 「マヤくん、また、三日後に」 「うん」  こんなふうに次の約束を確かめながら別れるのは初めてだった。いつも次の約束なんてわからないし、きっとないと思いながら別れてきた。  またソウイチに会えると思うと、真山の胸は温かく震えた。  ホテルのエントランスで、手を振り合って別々のタクシーに乗り込む。  次の約束は三日後だというのに、心臓はもう騒ぎ出していた。  たった三日。だけど、三日もある。せめぎ合う寂しさと愛しさのせいで、長いような短いような次の約束までの時間は、真山の心を休ませる時間とはならなそうだった。

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