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第14話 乾いたスポンジ
目元を赤く染めて黙り込んだ真山に、桐野は薄く笑う。
「慎くん。君の味を、もっと教えてほしい」
「絶対美味しくないから、期待しないで」
顔に熱が集まる。頬が熱い。耳も熱い。もうどちらが先生か生徒か、先輩か後輩かわからない。
すっかり桐野のペースにされてしまって悔しいのに、悪い気がしないのは桐野の言葉から滲む愛情がわかるからだ。
桐野は全身全霊で愛してくれている。だから、真山もそれに応えたいと思ってしまう。
「ふふ、慎くんのなら、そんなことない」
いつの間にそんなことを覚えたのだろう。真山は言葉を返すのを諦めて桐野を睨んだ。それでも頬を赤く染めた顔では大した効果はなかった。
桐野は柔らかな笑みでそれを受け流して、再び温かな粘膜の中に真山の昂りを迎え入れた。
粘膜と舌、それから手で、桐野は丁寧に真山を愛撫した。裏筋を柔らかな舌にくすぐられ、与えられる温かな刺激に真山は甘く啼いた。
「っ、でる、から、そ、いちさ」
出せと言わんばかりに、桐野は口に含んだ真山の先端を吸い上げる。
「っ、ぅ」
吐精へと誘われた真山はぶるりと身体を震わせ、桐野の熱い粘膜に、何度も脈打って熱いものを放った。
「は、っぁ」
放出の余韻に、口がだらしなく開いてしまう。間の抜けた顔を晒している自覚はあるのに、どうにもできない。
温かな粘膜の中に吐き出すのは気持ちがよくて、吐精の余韻に緩く腰が揺れる。
出したところをまた優しく吸い上げられ、鼻にかかる声を上げてしまう。
頭の芯が甘く痺れている。こんなに甘やかで幸せな吐精は久しぶりな気がした。
真山は荒い呼吸を繰り返しながら、まだ口を離そうとしない桐野の髪を撫でた。
「そーいちさん」
こくんと音がして、桐野が口の中のものを飲み込んだようだった。
それでようやく桐野は口を離した。
解放されて芯を失った性器が真山の腹に横たわる。
「はあ、美味しかったよ」
「うそ」
「嘘じゃない。……ああ、うがいをしてきたほうがいいか」
「いいよ、しなくて」
真山は笑って桐野の手を取って引き寄せた。
桐野と唇を重ねる。自分の精液の味がする桐野の唇が、なんだか無性に愛おしく思えた。
触れるだけのキスの後、桐野は真山を至近距離で見つめる。真山の視界を埋めるのは桐野だけだ。
「続き、してもいいか」
「ん」
吐精の余韻に浸る真山は小さく頷いた。
身体を起こした桐野が、シーツの上に身体を投げ出された真山の脚をそっと広げる。
「慎くん」
桐野は指用コンドームを付け、真山の後孔をその指先で撫でた。
ベッドサイドには温感ローションもちゃんと用意されていて、勤勉な生徒だと思う。
「っ、あ、そーいちさん」
触れられただけで、真山は腰を震わせた。
桐野は揃えた二本の指先をひくつく窄まりにゆっくりと埋めていく。
もう真山の後孔はそれだけでは異物感を感じない。桐野の指先が与えてくれる快感を知る真山の後孔は喜び戦慄いて桐野の指を咥え込み、早く早くとせがむように締め付けた。
「ふふ、焦らなくていいのに」
桐野はそんな真山を宥めるように腹側の壁に埋まったしこりを撫でた。
「ここだろう?」
「ぅあ!」
桐野は憎たらしいくらい的確に真山のしこりを捉えていた。捕まえたしこりを二本の指で優しくねっとりと撫でられ、生まれる濃厚な快感に真山は唇を震わせる。
「っぁ、そ、いち、さ」
芯を失ったはずの真山の性器は再び頭を擡げていた。
桐野はその様を眺め、満足げに微笑む。後孔からは指が引き抜かれ、その先に続くものへの期待に、真山は喉を鳴らす。
「もう、いいだろうか」
「ん、いいよ。きて」
すっかり芯を持って聳り立つ桐野の猛りが見えた。触れていないのにすっかり臨戦態勢のそれはしゃくり上げ、透明な雫を垂らしている。
桐野はゴムをつけるのも上手になった。
指先に纏わせた膜を片付けると一人でコンドームをつけて、ローションを纏わせて先端をひくつく真山の窄まりに押し当てる。
桐野の身体は真山よりも小柄ながらしなやかな筋肉を纏っている。小さいながらもその身体は間違いなくアルファの身体で、真山の鼓動が早まる。
「慎くん、君の中に入らせてくれ」
熱っぽい桐野の声にねだられては、真山に拒むことなどできない。
欲しくて仕方なかった。ずっと欲しくて、やっと桐野が入ってくるのかと思うとはしたなく窄まりをひくつかせてしまう。
「ん、ぅ」
桐野はゆっくりと入ってくる。真山の様子を伺うように、気遣いながら隘路を押し拡げていく。
「慎くん、痛くないか」
「へーき。そーいちさん、うれしい」
真山の唇からは甘い歓喜が漏れた。
「ん、おれも、だ」
桐野はゆっくりと、そのかたちを真山に教えるように中を擦る。
中で桐野が動くと、腹から全身へと漣のように快感が広がっていく。それは幸福感に変わり、真山の胸を埋めていった。
恋人としての初夜は、終始桐野の主導で進んだ。結果、真山は見事にぐちゃぐちゃにされた。
乾いたスポンジが大いに水を吸った結果だった。
情事の後の気怠さの残る身体を寄せ合い、二人はじゃれるように鼻先を擦り合わせる。
桐野は真山に腕枕をしてくれた。頬に感じる温かな弾力に、真山はうっとりと目を細めた
「少し昔の話をしても良いか」
「うん」
「君には、知っておいてほしい。本当はこういう関係になる前に伝えておかなければいけないんだろうが」
桐野は真山の頬を撫でながら続けた。
「俺は、高一でアルファだと判定が出た。それから身長はそんなに伸びなかった。この見た目もあって、オメガじゃないのかとか、出来損ないだとか、アルファ失格だとか、散々な言われようだった」
桐野が微かに眉を寄せ、目を伏せる。
「その頃からずっと、早くオメガの伴侶を見つけて、皆を見返したかった。でも多分、それがプレッシャーだったんだと思う。オメガの子を前にすると緊張してしまって、うまく喋れなくて」
昔を思い出したのか、桐野は苦しげに小さく息を吐いた。
「それで余計に、ろくにオメガも捕まえられない出来損ないだと言われて」
「ひどいな。クラスの奴とか?」
胸が痛んで、真山は思わず声を上げていた。
「……ああ、それから、父も」
桐野の言葉に、真山は衝撃を受けた。家族にそんなことを言われたら、真山なら耐えられない。
幸い、真山の家は良くも悪くも緩い。アルファの父は、元気ならばいいというスタンスだった。おかげで真山はのびのび育つことができたわけだが。
「うちの家系は、代々アルファを輩出する家だ。父もアルファで、アルファのあり方には厳しい人だった。僕はいつも怒られていた」
桐野は自嘲気味に笑う。寂しそうな顔だった。
「さすがに耐えられなくて、高校の時に実家を出てから、実家には近寄ってない。幸い、祖母が健在だったので祖母のところに世話になった」
桐野に逃げる場所があってよかったと思う。そんなことがあっても、歪まずにいた桐野が凄いと思った。自分なら、きっとこんなふうにはなれないだろう。
「俺の名は、祖父から貰った名だ。生まれる前に亡くなった祖父にもらった。父はそれも気に入らなかったのかもしれない」
淡々と話す桐野を見て、良家は色々大変だなと思う。
「面倒だな、アルファというものは」
まさか、桐野も似たような息苦しさを感じていたなんて。
真山は鼓動が早まるのを感じた。
気のせいだろうが、心が通じ合ったような、そんな気がした。
「すまない、ただの愚痴だ。忘れてくれ」
忘れられるわけがない。
桐野の内に秘められた苦しみを、少しだけでも知ることができたのが嬉しかった。完全無欠に思えるアルファの桐野がその内に抱えるものを、少しだけ分け与えてもらえた気分だった。
「ふふ、聞けてよかった」
桐野の苦笑すらも愛おしくて、真山は表情を綻ばせた。
「めんどくさいよね」
真山の唇から零れたのは、心からの言葉だった。
「慎くんも?」
「そーいちさんほど深刻じゃないけど」
真山は肩を竦めてみせた。
「俺がアルファに抱かれたいっていうと、バカにしてくるし。なんでアルファなのに、とか、オメガの真似事なんて、とか」
桐野の受けてきた言葉に比べたら真山の受けた言葉なんて可愛いものだ。今でこそ笑って受け流せるが、あの頃の真山にしてみれば傷ついた。たくさん傷ついて、それでも折れなかったのは、胸に息づいた夢と憧れのおかげだった。
「案外、似てるのかもね」
良家の桐野と同列に扱ってしまうのはさすがに申し訳ないと思ったが、そう思った。
アルファであろうとする痛みと、アルファであることの痛み。別物だが、抱える痛みは同じだ。
「そうだな」
桐野は笑ってくれた。同意が得られて、真山は少し安堵した。
真山を肯定してくれる人は少なかった。
愛してくれるものはもっとだ。
なのに、桐野はこうして、真っ直ぐに愛を向けてくれる。言葉をくれる。
「慎くん」
「ん」
「君がアルファに抱かれたいと思ってくれなかったら、俺は君には会えなかったんだな」
桐野が神妙な顔をする。それもなんだか桐野らしいと思って、真山の表情は自然と柔らかくなる。
「ふふ、大袈裟だよ」
「俺で、よかったのか」
いまさら何を言い出すのかと思えばそんなことで、真山は思わず吹き出してしまった。
「ん、俺は、そーいちさんがいい」
真山の言葉に、桐野は微笑んでくれた。もう、真山の胸には桐野しかいなかった。
それから、たくさん言葉を交わして、寄り添って眠った。
いつもそうしているはずなのに、今までよりもずっと距離が近づいた気がした。
年も離れているし、桐野は社長で真山は大学生だ。何もかもが違いすぎて遠い存在だと思っていた桐野が、思ったよりも近くにいるような気がして嬉しかった。
甘くとろけるような鼓動を聞きながら、真山は眠りの底へと沈んでいった。
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