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第22話 重ねる夜

 夜更けの寝室は物音ひとつせず、互いの鼓動まで聞こえそうだった。  ただでさえ逸る鼓動は鎮まる様子もなく、吐息は荒くうるさくなるばかりだった。  滑らかなシーツに横たわった真山は、ベッドサイドの照明が眩しくて思わず目を背ける。体温の移ったシーツに熱い頬を押し付けると髪が擦れ、ざらりと鳴った。  その音がやけに大きく聞こえて、真山は視線をシーツに落として眉を寄せた。  喜びと恥ずかしさが混ざって肌を火照らせ、ざわめかせる。身体は毒でも撃ち込まれたように自由が利かなかった。 「慎」  静かな桐野の声が降ってきて真山は弾かれたように顔を上げる。  視界を独占して困ったように笑う桐野が見えて、胸を埋める息苦しさが薄まった。代わりに訪れる安堵と温かな喜びに、真山は覆い被さる桐野を仰ぎ、手を伸ばした。 「そーいちさん」 「宗一でいい。慎、もっと呼んでくれ」  桐野が甘えるように額を合わせ、鼻先が触れて、吐息が混ざり合う。 「そういち」  真山は桐野の首に腕を絡める。桐野が抑えつけていた気持ちを、目の前にある温もりを、もっと近くで感じたかった。  触れた桐野の肌は火傷しそうなくらい熱くて、桐野も同じように昂っているのが伝わってくる。桐野の肌にも真山の肌にも、うっすらと汗が滲んでいた。 「慎、嬉しい」 「俺も」  喜びに声が掠れた。素直に甘えられるのが嬉しかった。もう何も我慢しなくていい。何も隠さなくていい。何もかもを解き放って、晒して、桐野と肌を合わせるのは初めてだ。  桐野の熱の籠った瞳に自分が映るのが見えて、胸が掻き乱されるのに、嫌じゃなかった。 「ラットが来たら、君が辛くてもやめてやれないかもしれない。それでもいいか」  真山の素直な黒髪を、桐野の指先が梳くように撫でる。降ってくる声は真剣そのもので、真山は息を呑んだ。  ラットはアルファの発情だ。オメガのヒートのように周期があるわけでもなく、気が昂った時などに起きる。ラットを起こしたアルファは強いフェロモンを放ち、より本能的になる。相手を守り独占しようとする傾向が強まり、凶暴になる場合もある。  真山はまだラット状態の桐野を見たことはない。紳士的で献身的な桐野がどう変貌するのか、想像もつかなかった。  それでも、期待せずにはいられない。桐野が自分だけを見て、自分だけを求めてくれるのなら、どんな桐野でも構わなかった。多少手荒く抱かれたとしても、きっと許せてしまう。 「ひどくしても怒らないし、嫌いにならないよ」  もう、嫌いになどなれない。離れられない。桐野を全部受け入れたい。今の真山は、桐野の全部が欲しかった。  思いが溢れる胸はうるさく騒ぐばかりで、勝手に息が上がる。  真山の視界を埋める桐野は、静かに真山の言葉の続きを待っていた。  真山は小さく息を吐く。 「だから、そーいち、俺を、オメガにして」  揺れる鳶色に桐野を映して、真山は秘めた願いを、半信半疑のままずっと抱き続けた夢を言葉にした。桐野ならそれを叶えてくれる。そう思った。  桐野が優しい笑みを見せるから、真山は泣きそうになる。  応える言葉の代わりに、桐野の厚みのある唇が真山の唇に重なった。  返ってくる言葉などなくても、とろけるような感触だけで充分だった。  柔らかく溶け合うような触れ合いは、そのまま互いの粘膜を貪る深い口づけへと変わっていく。  生き物のように動く桐野の舌が、真山の舌を絡め取り、粘膜を探るようにくすぐって、真山の身体に情欲の火を灯していく。真山は桐野に応えるように舌を絡め、溢れそうな唾液を夢中で飲んだ。  濡れた音を密やかに立てて唇が離れるころには、真山はすっかり熱に染められていた。  うっとりと桐野を見上げれば、ぎらつく薄茶色の瞳と視線がかち合う。 「慎、何人に抱かれた?」  真山を覗き込む瞳には、はっきりと劣情の光が揺れていた。そこに映るのも、熱に浮かされる真山だった。  こうして独占欲をあらわにする桐野を、自分の過去に嫉妬する桐野を、真山は愛おしく思う。 「そんなの、数えてないよ」  桐野を挑発することになっても構わなかった。  桐野に出会うまで、真山にとって相手はアルファなら誰でもよかった。だから、何人いたかなんて覚えていなかった。  誰でもよかったのに、本当は誰でもよくなかった。それを教えてくれたのは桐野だった。  桐野に出会って、桐野を知って、桐野以外考えられなくなった。  真山の笑みに、返ってきたのは。 「全部、僕で塗りつぶしたい」  掠れた桐野の声はオメガを征服するアルファのものだった。桐野の手のひらが真山の熱い頬を撫でる。熱が混ざって、触れた場所が溶け合うようだった。 「ん、して。ぜんぶ、あんたで塗りつぶして、そーいち」  願いを声に出して、真山は腹が疼くのを感じた。桐野に抱き潰してほしい。一番奥まで拓いて、暴いてほしい。桐野に征服されたい。独占されたい。そんな想いを乗せて、真山は頬を包む温かな手に手を重ねた。 「一番奥まで、して」  真山は熱を孕む声ではっきりと望みを口にした。 「ああ」  桐野は僅かに眉を寄せた。薄茶色の目には、好奇心に満ちた光などではなく、獰猛で粘度の高い情欲の光が宿っている。 「一番深いところまで、君を教えてくれ」 「ん、いいよ」  とろりと響いた真山の了承の声に、桐野は真山の唇を貪るように塞いだ。  熱く濡れた舌を擦り合わせ、唾液と体温が混ざるのが心地好い。  あの夜と違うのは、もう桐野は怖がりで恥ずかしがりの無垢な桐野ではないということ。桐野はもう、キスの仕方も真山の身体の拓き方も知っている。真山の喜ばせ方も、啼かせ方も。すべて、真山が桐野に教えたことだった。  熱い舌でひとしきり真山の粘膜をくすぐったあと、桐野の唇は顎に伝い降り、真山の白い首筋に吸い付いた。 「ん、そ、いち、あと」  薄い皮膚に引き攣る痛みが走る。そこに赤い跡が残ったのがわかって、真山は思わず声を上げた。 「すまない、だめか」  咎められたと思ったのだろう、桐野が甘えるように赤い跡に舌を這わせる。熱く濡れた舌の感触が心地好くて、真山は熱い息を吐いた。 「ん、いいよ。いっぱい、つけて」  真山の許しを得て、桐野は真山の白い肌に、引き攣る弱い痛みとともに幾つも赤い跡を残していく。  独占の証は、刻まれるたびに真山の身体に火を灯していった。肌は熱くなり、吐息は熱を帯びて濡れる。  桐野が自分に向ける独占欲は真っ直ぐでくすぐったくて、好きだった。 「慎、好きだ」  譫言のようなため息のような、熱を孕んだ桐野の囁きに、真山は鼓動が溶け出すような気がした。 「ん、おれ、も、すき」  真山はその声に喜びを乗せて応えると、桐野の唇は真山の痩せた胸に滑り降りた。 「慎、ここは」  桐野の舌先が、胸の尖りに触れた。いつのまにか芯の入った小さな肉粒は震え、桐野に愛でられるのを待っていた。 「ふふ、すき」  桐野に胸の飾りを触られるのは初めてだった。  桐野の舌先に唾液を塗り込めるように撫で回されて、甘い痺れが脳髄まで駆け上がる。  真山は堪えきれず甘やかな声を漏らした。 「ん、ぁ」 「よかった。たくさん、気持ちよくなってくれ」  滑りを帯びた舌に肉粒を弾かれ、身体の芯を駆ける鋭い快感に真山は蕩けた声で啼いた。 「ふあ」  桐野は過敏に反応する肉粒を厚みのある唇で挟み、舌先で捏ねる。 「んう、そ、いち」  桐野から絶え間なく与えられる快感に、真山は声を震わせ、瞳を濡らした。とろけるような唇と熱く濡れた舌で愛でられると、真山の身体は怖いくらいに感じてしまう。 「君のここは愛らしいな」 「ん」  唾液で濡れた粒を揶揄うように指先で撫でられる。ただ気持ちよくて、真山は眉を下げ、唇を震わせた。 「きもちい、もっと、して」  真山がねだると、桐野は笑みを深めて指と舌で肉粒を可愛がった。  すっかり芯を持った胸の頂から生まれた快感は漣のように広がり、熱となって腹の底に溜まっていく。熱い靄のようなそれがもどかしくて、真山は緩く曲げた膝を擦り合わせる。 「っふ」  シーツを擦る音に、桐野の視線がそちらへと向く。 「とろとろだ」  すっかり勃ち上がり透明な蜜を零す真山の花芯を、桐野の美しい指先がなぞる。  待ち焦がれた緩い刺激だけで真山の腰は震え、うっすら開いた唇からは熱い吐息が漏れた。 「あ、う」  覆い被さるようにしていた桐野が身体を起こし、体を下にずらした。  真山は離れた温もりを目で追う。すぐそばにいるのに、少しでも身体が離れるのはなんだか不安だった。  真山の足元に陣取った桐野の手が、真山が擦り合わせた膝を優しく開く。  真山は息を呑んだ。  桐野にされるがまま、勃ち上がり震える昂りも、期待にひくつく窄まりも、すべて桐野の前に晒される。  あられもない姿を桐野が見ていると思うと、真山の身体は勝手に熱を上げていく。  表情を歪め羞恥に肌を染める真山を見て、桐野は嬉しそうに目を細めた。 「慎、僕しか見ていない。僕にだけ、見せてくれ」  熱っぽく囁かれ、真山の腰が震えた。昂る花芯の先端からは透明な蜜が零れ、ひくつく薄い腹の上に垂れ落ちた。  堪え性のない身体を見られるのは堪らなく恥ずかしいのに、桐野が表情を綻ばせるのが嬉しくて、真山は身体を震わせながら全てを晒した。  柔らかくもない骨張った身体を、はしたなく反応する身体を、桐野は愛おしげにその瞳に映す。 「そ、いち」  羞恥と歓喜が混ざり合い、零した声が揺れる。  笑みを浮かべる桐野は、真山の下腹に顔を近づけていく。  何をされるのか察して、真山は目が離せなかった。桐野に口で愛されるのは堪らなく幸せだと知っている。まもなく訪れるであろう快感に、密やかに喉を鳴らした。  震え、蜜を零す昂りに、とろけるような唇が触れる。 「ふ、ぅ、そ、いち」  熱い唇が、見せつけるようにゆっくりと真山の昂りを呑み込んでいく。  腰が溶けるくらい気持ちよくて、真山は吐息を震わせた。 「あ、ぅ」  熱い粘膜が真山を包む。熱く濡れる舌と粘膜は、否応無しに真山を高めていった。  真山の瞳は劣情に濡れ、挑発するような桐野の視線を受け止める。  濡れた音を立てて、真山の屹立が桐野の唇を出入りする。  唾液を絡めて擦られ、生まれる粘度の高い快感に真山は息を詰めた。 「ッ、そ、ち、きもちい」  緩急をつけた桐野が頭を上下させるのに合わせて、真山は腰を揺らす。  桐野の頭を押さえつけて思い切り腰を振りたい衝動をなんとか堪えて、真山は桐野に合わせて緩慢な動きを繰り返す。身体の芯が甘く痺れて仕方ない。好きに動けない分、腹の底にもどかしさが募って、焦らされているようで余計に昂ってしまう。  そんな真山に、桐野は満足げな視線を投げて寄越す。 「も、いく、から」  真山が桐野の柔らかな髪を梳く。湧き上がる衝動に指が震えた。気を抜いたら、桐野の頭を力ずくで押さえつけてしまいそうだった。  あくまで自分は雄なのだと思い出して、真山は苦笑いする。  絡む唾液ごと張り詰めたものを吸い上げられ、真山は吐精の予感に背を反らし、腰を突き出す。 「あ、っく」  細い管を駆け上がる熱いものに、思わず声が上がる。桐野の口の中で脈打ち、真山は呆気なく果てた。放たれた白濁が温かな桐野の口の中に何度も打ち付け、溜まっていく。 「は、あ」  桐野が搾り取るように頭を動かす。吐精したばかりで敏感なところを柔く擦られて、真山は甘い声を上げた。  桐野の喉が小さく音を立てて、真山が出したものを飲み込んだようだった。  何度されても、こればかりは慣れない。そんなもの飲まなくてもいいのにという気持ちと、飲んでくれて嬉しいという気持ちが綯い交ぜになって、胸がきゅうっと締め付けられる。 「慎、いっぱい出せたな」  桐野が口を離し、白く汚れた唇を舐めてみせる。その様があまりに淫靡で、真山は吐精の余韻に揺られながら息を呑んだ。  鼓動が騒ぎ立て、過熱した肌には汗が滲む。 「っ、そ、いち、はやく」  煽られるまま、真山は性急に続きをねだってしまう。溶けた頭では恥じらう気持ちはどこかへ追いやられ、もう快感のことしか考えられなかった。  期待にひくつき、中に含んだとろみを滲ませる真山の後孔に、桐野の指先が触れた。 「ここ、だろう?」  潤んだ後孔を桐野の指が撫でる。皺を確かめ、溢れるぬめりを塗り広げるように撫でられると、くすぐったくて余計にひくつかせてしまう。  揶揄うように触れては離れるのを繰り返し、桐野の指先は潤んだ真山の蕾を優しく綻ばせていく。 「っう、そ、ち」  しゃぶりついて甘える真山の蕾へ、桐野はそっと指先を埋めた。  異物感ははじめだけで、熱い粘膜を擦られると、真山の中はすぐに快感を拾い始める。  桐野は覚えているのだろう。探るように動く指先はすぐにしこりを見つけた。  そこを優しくいじめるために、中を探る指が二本に増やされる。  桐野の指で挟むようにじっくりと撫でられ、生まれる濃い快感が真山を苛む。再び芯を持つ真山の花芯は緩く反り、震えた。 「っう、また、いく」  自分ばかり吐き出していて悔しいのに、桐野に与えられる快感には抗えない。  眉を寄せる真山の視線を受け止めて、桐野は何もかも許すように優しく笑った。 「何度でもいってくれ」  熱を孕んだ桐野の囁きは真山の鼓膜を震わせ、真山の身体に火をつける。 「慎、君の全部を見せてほしい。嫌いになんてならないから」 「ん」  真山は桐野の言葉を噛み締め、頷いた。  腹に埋まった桐野の指先は膨らんだしこりへの愛撫を止めない。  挟まれ逃げられないしこりを押し潰すように撫でられ、身体の芯を駆け抜ける甘い痺れに真山は声を引き攣らせた。 「っ、いく、そぉ、いち、っあ」  はしたなく腰を突き上げ、背をしならせ、高みに押し上げられた真山は瞳を濡らして啼く。  天を仰ぐ昂りは脈打ち何度も白濁を吐いて、強張った身体が脱力してシーツに沈んだ。真山の痩せた腹の上には白く濁った水たまりができていた。  だらしなく投げ出され震える脚の間、桐野は満足げに真山を見下ろしていた。 「慎、たくさんいけたな」  優しく澄んだ声に言われると、真山の胸は温かな幸福感で満ちる。  桐野の引き締まった腹の下、少しも触っていないのにすっかり逞しく育った桐野の猛りに真山の視線は吸い寄せられた。  桐野の雄の象徴に真山は息を呑む。  血管が浮き上がる逞しい幹はしゃくりあげ、丸く張った先端の裂け目からは透明な雫が溢れて張り出した雁首の段差まで垂れ落ちていた。  これからこれを受け入れるのだと思うと、真山は期待にはしたなく喉を鳴らした。

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