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第10話 付き纏うイト
貴人様は、目の前に現れた女子学生に「話せと言っても大変だろうから記憶を見せてもらうが、暴れられると厄介だ。悪いがしばらく拘束させてもらうぞ」と言い、羂索でクルッとその学生を縛った。
そして、その頭上に手を乗せると、彼女が貴人様へ伝えようとしていた内容を、直接体へと取り込んでいった。
◇◆◇
「桃花、今日川村くん来る?」
ど迫力の赤髪スパイラルパーマがトレードマークの凛華が、ニコニコと満面に笑みを浮かながらやって来る。凛華は、桃花の幼馴染の陽太を気に入っている。
川村陽太はガチガチの理系人間で、いわゆる陰キャと呼ばれる部類の人間で、本人にもその自覚がある。興味を持ったことができると集中しすぎるあまり、周りから話しかけられても全く答えなくなる。
コミュニケーションよりも自分の興味の方が大切で、会話をせずに生きられるならそうしたいと真剣に願っているようなタイプだ。
凛華には、そんな陽太のことが珍獣のように見えるらしく、どうしても仲良くなりたいからと言っては距離を縮めようとして頑張っていた。
「陽太は飲み会には来ないよ。よっぽど興味があることが起きない限りね」
それを聞いた凛華は、髪をクルクルと指に巻きつけながら頬を膨らませて「ええー?」とむくれていた。凛華は、とても陽気で明るい。それこそ、陽太とは真逆のタイプにあたる。桃花には、どうして陽太にそこまで執着するのだろうという疑問がいつもあった。
「なんでそんなに陽太じゃないとダメなの? なんか面白そうだなーってだけなんでしょ?」
雨野桃花は、ここ最近のこのやりとりに飽きてきて、あからさまに嫌な顔をしながら訊いた。凛華はそれに気が付いてはいるものの、めげずに話を続けようとする。
「だって川村くんみたいな人、私の知り合いにいないんだもん。穏やかで口数少なくて、笑う時なんて微笑むじゃない? そんな人、今までみた事ないから。みんなガハガハ笑う、雑な人ばっかりだったからさー」
「あんたねえ。これまでの知人一同に謝りなさいよ。私も入ってるし!」
桃香が凛華の額を指でピンっと弾くと、えへへと笑いながら凛華は頭を掻いた。
「確かに陽太は穏やかに見えるからね。でも、興味が湧くとものすごい前のめりになるよ。それこそこっちが引いちゃうくらい」
「えー、それなら私にそれくらい興味持ってくれたらいいよねえ」
桃花は、身を捩りながら言い切る凛華の姿に、少し呆れてしまった。色恋以外の話なら、凛華と桃花はとても気が合う。ただし、いざ恋愛の話になると、どうしても合わないと感じるところがあった。
そもそも凛華には、とてもかっこいいと評判の彼氏がいる。それなのに、わざわざ陽太に近づこうとする理由もわからなかった。
「凛華って彼氏いるでしょう? なんでわざわざ陽太に近づかないといけないの?」
何気なくそう訊くと、凛華は顔を曇らせた。そして、突然語気を荒げて桃花に噛みついてきた。
「彼氏がいるのに違う男の話をしてるってことは、うまくいってないってことでしょ!」
「えっ?」
その勢いの強さに、桃花は驚いた。話したくないことがあるのなら、深入りしない方がいいかも知れない。それでも確認しておきたいことはある。遊びでちょっかいを出されては困る。
陽太は桃花にとって、大切な幼馴染だ。凛華が気まぐれに近づこうとしているのなら、それは阻止しておきたい。陽太は異性に慣れていない。桃花以外とは、最初は挨拶を交わすことも難しい。
事務的な話や発表などの目的のある場合はそれでもどうにか対応出来るけれど、雑談はかなり難しい。事前に詳細を聞いておいて、陽太を少しでも傷つける可能性があるなら、紹介は絶対にしないでおこうと思っていた。
「別れたってわけじゃないの? 陽太は人間関係が得意じゃないから、あまり揉め事に巻き込みたくないんだけど……」
すると、桃花の返しが気に入らなかったらしく、凛華は桃花をキッと睨みつけた。そして、いつもの凛華であれば絶対に言わないであろう言葉を、桃花へと投げつけてきた。
「別に川村くんはあんたのものじゃないでしょ!」
桃花は、凛華のあまりのキレ方に呆気に取られてしまった。
「いや確かにそうなんだけどさ……なんか怒り方激しくない? 凛華らしくないよ」
一般的な幼馴染という程度であれば、確かに出過ぎた真似かも知れない。それでも、陽太の人嫌いの程度を考えると、これくらいの口出しはしても大丈夫だろうと桃花は思っている。
たとえ恋人じゃなくても、大切だと思う人は出来る限り守りたいと思うものだろう。桃香がそう考えていると、凛華が今度は突然ボロボロと涙をこぼし始めた。感情の波の激しさに、桃香だけではなく、凛華自身も驚いているように見えた。
「えっ!? ちょ、ちょっと、どうしたの? 何があったのよ。陽太の話はいいから、自分のことをちゃんと話してよ」
そして、「ふぐ、うええ、えぐ」と子供のように嗚咽を漏らす凛華に歩み寄った。普段の凛華はあまり感情の波が負の方へよることは少なくて、いつもカラッと陽気に笑っているような子だ。
それが、こんな泣き方するなんて、よほどのことがあったのではないかと思い、手を伸ばした。手を握ろうとしてそっと触れた瞬間、凛華はぎゅっと目を瞑り「うっ!」と呻いた。
桃花はその異様な痛がり方に疑問を持ち、凛華の手を掴むとそのままぐいっと引き寄せた。「痛い!」と喚いた凛華の服の裾を、強引に少し捲り上げた。
「何、これ……」
そこには、大小様々なあざがあった。まるでそういう模様の服を着ているかのように、隙間なくひしめき合っている。それが全て、服を着ていれば人に見られないような場所にばかりあることが、そのあざの異常性を物語っていた。
「凛華、これ…」
「ケガしただけよ、なんでもな…い、か…ら…」
凛華はそう言いながらも、体がグラグラと不安定に揺れていた。そして、視線も定まらずふわふわと左右を泳がせている。
「めまいがするの? 大丈夫?」
そう言って彼女を支えようとしていると、突然凛華の体から力が抜け、倒れ込んでしまった。
「凛華! ねえ、凛華!」
桃花は座り込んで、凛華の体を支えた。その顔を見てみると、いつの間にか顔にまであざが浮かび始めていた。
——あれ? この模様どこかで見たことがある……。
体にあるあざをじっくりみる事は出来なかったけれど、顔に出たことでその模様に気がつくことができた。桃花はどこかで見たことがあるその模様を思い出そうと、考え込んだ。
「あ、これ……」
思い至って、左腕の袖を捲った。そこに、一つだけではあるけれども、似たようなあざがあった。
「え? これ、よく見たら全く同じ?」
桃花は背筋に冷たいものが這うのを感じた。何か恐ろしいことが起きようとしているように感じる。あざだらけで情緒不安定な友人、左腕に現れている全く同じあざ。それが意味するものはなんだろうかと思い悩んだ。
「病気? ケガでできたあざなら、こんなに同じ模様になるなんて不自然すぎる」
そう思いどうしようかと考えていると、後ろから男性に声をかけたれた。
「桃花ちゃんだよね?」
桃花が振り返ると、そこには長身で赤い髪の男性が一人立っていた。
◇◆◇
ふっとそこで映像が途切れた。貴人様が頭上から手を話すと、桃花は縋るような目つきで貴人様を見つめた。
「あの、どうしたらいいですか? 凛華はまだ眠ってて……」
貴人様は、もう一度桃香の頭に手を置くと、その頭をそっと撫でた。そして、ふんわりと微笑んだ。
「心配せずとも良い。いいか、今から元いた場所に戻れ。そして、あの娘を医務室に連れて行ってやれ。あとは私が片付けてやる」
そして、桃香の額をトンっと指で突いた。すると、桃花は夢を見ているような半眼になり、そのまま無言でもといた場所へと戻って行った。
貴人様はその様子を確認すると、短く息を吐いた。そして、額に手を当てて思い悩むような仕草をした。
「……イトか。全くあいつらは本当に懲りないな」
そう呟くと、スウっとその場から姿を消した。
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