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5:ランクマッチ

「えっ、ぜっとさん、もうダイヤになってる!」  久しぶりの3人配信だ。zh@のここ最近の戦績を開いてヤカモレさんがびっくりしている。シーズン中盤、もうダイヤだ。早い。 「ひたすらランク回してた」 「なんだよ~! 配信来てよ~!」 「いやマスターは無理だ。時間が無い」  zh@のその一言で俺との不仲説が無くなった。本業で忙しくしているzh@に俺とヤカモレさんが遠慮して配信に誘わなかったという体になる。  ……まあそれも本当なんだけど。zh@もそうだと思って今まで何も言わなかったのかな。ロビーでキャラ選択や衣装チェンジしつつ雑談してると「キャラ変えしたんだろ。俺がホークショーやる」とzh@が索敵キャラに立候補した。zh@のキャラの立ち絵がいつものメカの腕や足をつけた不気味な男から、スラッと紳士風のスーツの男に変わる。 「まじで!? 出来んの!?」  びっくりして聞くと「やったことはある」と返ってきた。いやそれ大丈夫なのか。  確かにキャラの構成的にはこれが最適解だが、元々スナイパーで遠距離が得意なzh@の好きな戦術じゃ無いはずだ。いつもzh@が使ってるメカキャラは肩からケーブルが出て障害物に引っ掛けて移動する能力があり、移動性能が抜群に良い。これは高所を取って遠距離で狙撃後、すぐさま仲間と合流する際に便利で、スナイパーがよく使うキャラだ。  対してキャラ変えしたホークショーってキャラ。索敵キャラで、能力を発動すると敵チームの動向が味方に共有される。ただし発動範囲に制限があり、敵が遠過ぎると何も分からず、更にその能力の性質上、味方の誰よりも先に敵チームに近づく必要がある。近~中距離が得意なキャラだ。スナイパーが好きなら使わない。俺とヤカモレさんで本当にいいのか聞いたら「せっかくここまで勝ち上がってきたのに今更変えるな」と諭された。 「それに俺、上手いしな」 「言い切ったね!?」  いやでも確かに。それはそう。  元々スナイパーのzh@はフィールド把握が上手い。どこに敵が居てどこで戦ってるのかすぐ分かるから、指示が早い。敵チームのログを確認して漁夫も積極的に取りに行く。1試合に20チーム居るんだが、全部の動向を把握してんじゃないかと思うときがある。頭の良さってこういうとこに出てんのか。zh@に遠距離からキルパクされるの、まじでムカつくんだよなあ。  その長所を活かせるのは、索敵キャラでも同じだった。建物内をスキャンして敵の位置、罠や遮蔽物の場所を把握するとすぐに安置がどこなのか、どこから突入すべきか指示が飛んできた。スキャンすると電磁波みたいなものが誰にでも見えるエフェクトで飛んでいくから、敵側もスキャンされてることは分かる。だから、敵に位置を変えられないようにスピード勝負なのだ。 「マキ、何で罠狙わない!? まず罠壊せっつってんだろうが!」 「狙ってますぅ! 狙ってましたあ! 今のはガス罠ですぅ!」 「今撃ったのバリケードだろ!」 「撃ってねーよ! ぜっとさん、俺が下手くそ過ぎて幻覚見えてんだって! 俺とぜっとさん、見えてるもんちげーんだよ!」 「お前それ認めてねーか!?」 「ちょ、笑わせないで、笑わせないで」  ヤカモレさんが罠から発生したガスにまみれながら俺とzh@のやりとりの笑いをこらえている。ガスのせいで視覚不良になった画面にまたzh@のスキャンの電磁波が飛ぶ。スキャン結果の位置がマップに共有された。 「居た、左窓位置。飛ばれるぞ」 「寄せる!」  俺のキャラの能力を使って建物から脱出しようとした敵チームを引き寄せた。俺のキャラの能力はブラックホール。敵を強制的に引き寄せてファイトに持ち込む。正面からの撃ち合いに持ち込んだら俺は勝てる。流石にガスの中二人は厳しいけど!当たんねぇ!  zh@が後ろから俺が居るにも関わらずガンガン撃ってきた。 「今俺に一発当たったよね!?」 「当てたんだよ」 「何で!?」  そのうちガスが晴れていく。マップだけじゃなく通常画面でも敵が視認出来るようになってヤカモレさんが止めを刺した。VICTORYの文字が浮かび上がる。勝った。勝ったけども。 「……マキぃ」 「はいはい、も~~~……ごめんって!!」  恒例の説教タイムに入ってコメント欄が湧いた。『待ってた』『懐かしい』『ダイヤになっても変わらなくて嬉しい』そうかそうか。俺は全く嬉しくねぇよ。 「お前が撃ち合いで勝てなくてどうすんだよ、そのためにまず罠壊せつってんだろ、そもそものエイムが」  うんたらかんたらうんたらかんたら。全く変わらないお説教は仰る通りだ。罠壊してないのに壊したって報告したのは確かに俺が悪いね。俺も罠張ったみたいな感じになっちゃったね。一通りお説教を受けたあとに俺は「ぜっとさんの言うことは~~~」と言葉を溜めた。 「「ぜぇったーい!」」  ヤカモレさんが言葉を合わせてくれた。コメント欄に草が生える。それを見ながら俺も笑って切り替える。 「頑張るよ。マスターまで連れてってね、教官」  zh@にもプレッシャーをかけた。こんなことじゃへこたれねぇぞ。なんて言ってもzh@が合流してからめちゃくちゃ勝ってる。マスター昇格が見えてきたのだ。後少し。zh@は少し間を開けてから一言、「分かった」とだけ返事した。ヤカモレさんがわざとらしく笑って「かっけぇ」と言って、コメント欄がzh@を称賛した。  そこから先がまた地獄だった。あと少しと思った道のりが長い。 「……チーターだ」 「またかよ!」  これだ。とにかくこれだ。チーター。ずるして強くなった連中に好き勝手やられて少し降格した。気づけばシーズン終盤に入っている。 「何でシーズン終わりにまだチーターいるんだよ!?」 「業者だろ、マスター昇格したアカウント売るんじゃねぇの」 「何で買うんだよ~~~自分でマスターまで行った方が絶対に楽しいよお!? いや、楽しいなあ! ねえ、ヤカモレさん!」 「ほんとほんと、楽しい楽しい!」  まるで既にマスター昇格してるようにヤカモレさんとわざとらしく業者とその購入者を煽った。実際は昇格はまだ遠い。チーターのせい。全部チーターのせい。  本業があるzh@は毎回配信に来てくれるわけじゃない。今シーズン、あと3人でやれるのは今日と明後日の2回だけだ。出来れば今日中に昇格圏内まで行きたかったのに。 「マキ、お前あとスコアどのくらい?」 「えーと……」  キルした人数、キルアシストした回数でランクポイントは貯まっていく。今のスコアをzh@に言うと「まだまだだな」とため息混じりに言われた。ヤカモレさんは俺よりまだ低い。最前線で撃ち合う俺の方がどうしてもスコアが高くなる。 「明日少しでも上げとくから」 「ん。頼んだ」  頼んでるのは俺らの方だが、zh@はまるで自分のことのように言ってサーバーから落ちていった。  次の日もヤカモレさんと2人でやっていたら、仕事で遅くなったのか、深夜にzh@がログインしていた。俺らの配信には入ってこず、話しかけもしてこなかったが、ゲームをプレイ中の表示が見えた。ヤカモレさんも多分気づいていた。でも何も言わない。こういうことがよくある。二人配信してる裏でzh@が一人でやってたり、配信前にPCつけたら既にzh@がプレイしていたり。とにかく時間を見つけてはプレイしているようだ。そしてその後は決まってzh@の動きが良くなる。  ――練習してるんだ。俺とヤカモレさんのために、慣れないキャラを使ってるから。プロと違ってコーチがいるわけじゃない。一人で地道にコーチング動画を参考にしたり、試行錯誤してる。俺なんて配信直前まで寝てることあるのに。本業ある人が何やってんだ。 「……マスター上がりたい」  今日のプレイで多少は積まれたスコアを確認しながら呟いた。明日も平日だ、マスターにいけるかどうかはギリギリだ。 「俺も」  ヤカモレさんが俺に続く。  3人配信の最終日。  zh@は急な残業で遅くなって、入ってきたのは23時近くになってからだった。

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