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6:昇格戦
ぽこん、とログインの音が聞こえてzh@のいつもの良い声が聞こえる。
「悪い、遅くなった」
「ぜっとさああああん!!」
「遅いよお!!!」
待ち望んでいたのは俺たちだけじゃない。コメント欄は『教官!!!』『きたーーーー!!!』『zh@zh@zh@zh@zh@』とログが流れていく。俺は配信には乗ってないチャットアプリの画面で、zh@の姿を見る。苦笑いして画面を見ながら、シャツの首元と袖のボタンを外していた。仕事着のままだ。
「あとどのくらい?」
「まだまだ。今日中に終わんねぇかも」
zh@に答えながら、今のスコアを共有する。俺もヤカモレさんもマスターに到達していない。いつも平日はどんなに遅くてもzh@は24時には落ちる。あと1時間弱じゃ俺が間に合うかどうかギリギリのラインだ。出来るところまで3人でやって、残りは2人でと思っていたら「分かった。今日終わらせる」とzh@が宣言した。ヤカモレさんが口笛を吹いた。
zh@が来ると一気に勝率も上がるが、スコアの上昇率が半端なく上がる。このゲームは全20チームのバトルロワイヤル制で最後まで生き残った1チームだけが勝つ。でも勝たなくても、要はランクを上げるためにはとにかくキルポイントを稼げばいいのだ。例え自分が死んでも多くの敵をキルした方が良い。その戦術を立てるのもzh@は長けていた。とにかくゲームルールを無視してキルポを貯めていく。こんな勝ち負け関係ない試合を見てて面白いのかと思ったけど、マスター昇格を目標としてることがリスナーも分かってるから応援してくれてる。でもやっぱ勝ちたいのは勝ちたい。集中してキルし続けて1時間経った。
「あと一戦だな」
zh@が言ったから時計を見る。
「時間?」
「違う。マキの昇格」
「おおお、きたああ」
背筋が伸びる。体を伸ばしてストレッチした。
「勝とうぜ。だせぇ上がり方したくねぇよ」
俺が言うとzh@は小さく笑って、ヤカモレさんが「だな」と返事した。
試合が始まるとランダムに選ばれたフィールドにどこからスタートするか位置を決められる。今回のフィールドは中心にコンテナキャンプ、通称「家」が並んでいて、森と高台に囲まれた盆地だ。高所が取れたら狙い撃ちに出来るが、家に籠城されたら試合が膠着してしまう。スナイパーのzh@は得意なマップだった。
「スナイパーライフルがあったらくれ」
案の定、装備品の指示が飛ぶ。まずはフィールドを探索してアイテムボックスや無造作に床に置かれてる装備品をかき集め、3人で得意な装備に交換する。
「中に2人いる」
すくそばの家の中に敵パーティを見つけた。
「俺入っていい? 手榴弾投げるわ」
「サポート出来る」
スナイパーライフルを持ったzh@が離れたところから返事した。マップ位置を確認してzh@が居る位置とは反対側のドアから家に手榴弾を投げ入れる。爆発音がして、すぐに中から弾が飛んできた。ショットガンだ。ドア裏に隠れてやり過ごし、相手の弾込めのタイミングで中に入り、サブマシンガンをぶっ放した。もう一人が奥のドアから外に逃げようとしている。奥のドアを開けた瞬間、そいつのアーマーが弾け飛んだ。ずっと俺らのスナイパーがドアに狙いを定めて、開くのを待ち構えていたわけだ。
「割った」
「ナイス!」
zh@の報告に返事して、アーマーが割れて肉体を曝け出した敵に弾全部打ち込む。いつもだったらここでzh@が高速移動してきて更にカバーに入ってくれる。でも今はキャラが違う。もう一人がダウンしてる間にこいつを倒して、2人とも俺がやる。1パーティ3人構成だ、そのうちあと1人も応援に来る。
「あと一人、来てる来てる!」
「44、80」
ヤカモレさんが敵位置を教えて、zh@がダメージ数を報告する。また遠距離から、近づいてくるもう1人を攻撃してるんだ。かと思えば、逃げようとしていた中のキャラの移動装置展開を狙撃して壊した。どういう目とエイムしてんだ、マジで。
「ヤカモレさん、キル取れ!」
マスター昇格を目指す俺らにzh@はトドメを譲る。カンカンカン、って足音は家の上を走る音だ。上でヤカモレさんが撃ち合ってる。俺は1人倒した。あと1人。ダウンしていたやつが起き上がって外に出る。容赦なく打ち殺して全滅させた。
「ナイス」
「ナイスぅー!」
オンラインゲームで相手を称賛するときに使う「ナイス」が飛んでくる。ナイスプレーは世界共通語だ。
「うわ~! 気持ちいい~! これだよ、これ!」
家の中に戻って装備品が落ちてないか見ながら俺は叫んだ。
「やっぱこの勝ち方が一番よ!」
俺が突撃してzh@が遠距離からサポートして、ヤカモレさんがカバーする。いつもの勝ちパターンが綺麗にハマってアドレナリン出た。めちゃくちゃ気持ちいい。
「マキちゃん、今ので上がれるんじゃない?」
「あ~、かもかも!」
「勝って上がるんだろ?」
zh@が満足気に語る俺たちの間にまた緊張感を走らせる。まあ、そうだ。ダサい上がり方はしたくないし、勝つとキルポにも勝利ボーナスが入る。この試合で昇格する確率を高めるなら生き残った方が良い。
20チームのバトロワはがんがんに敵同士がやり合って数が減っていく。右上に表示される敵チームの交戦ログと左上のマップをかけ合わせてzh@は戦況を把握する。残り5チームの表示に「研究所の中入ろう」とzh@が言った。
崖に沿って建てられた3階建ての建物は元研究所という設定の廃墟だ。1階のエントランスから入るとまだ未回収の装備品が落ちていた。弾薬と回復アイテムを拾う。
「誰もいない?」
「いや、多分上でやりあってる」
何でそんなの分かるんだ。
先頭を走るzh@についていくが、zh@はスキャンして敵チームの動向を見ようとしない。スキャンしたら電磁波が飛んで向こうにもこっちの存在がバレるからだ。足音と銃声とキルログだけを頼りに、敵同士が互いに潰しあった後の漁夫を狙って潜む。室内の遮蔽物の裏にいると、電磁波が飛んだ。――敵チームのスキャンだ。バレた。すぐにzh@がスキャンをやり返す。
「5人、階段そばに1人、罠なし、窓いける」
来る。
飛行キャラのヤカモレさんが窓から出て飛んで高所を取りに行った。俺はzh@の前に出て階段扉を開いて、すぐに撃ち込む。
「肉肉肉! 瀕死!」
アーマーじゃなくて肉体に直撃ちしたけど狙い撃ちにされて俺もすぐに落ちた。俺を倒した敵キャラが階段下に降りるがzh@がキルして1人、不意をついて突撃したヤカモレさんが上で2人やった。残り2人。急いでzh@がダウンしてる俺を叩き起す。
「……あ? これ、別パか!」
「もう1パいる!」
「んへえ!?」
zh@とヤカモレさんが何かに気づいて叫ぶけど俺の頭は追いついてない。とにかく回復する間も無く敵に撃ち込まれて慌てて壁に身を隠す。えーと、別パーティ? どういうことだ?
5人でやりあってるのを見て、俺等は恐らく1チーム対1チームでやってるだろうと思って突撃している。でも本当は3チーム5人でやってるところに俺らが飛び込んできて、4チームで乱戦してるってことか。つまり残りもう1チームが外にいる。
どことも戦闘してない、HPマックスの状態で。
「マキ分かってるか? 漁夫警戒!」
「わぁってるよ!」
俺の戦況理解をzh@が確かめる。いちいちうるせぇな~~~、たった今だけど分かったよ!
漁夫は"漁夫の利"を短縮した用語でそのままの意味だ。敵同士交戦してるのを発見・放置して、決着がついたら弱った生き残りを叩きに行く。
「飛ぶ!?」
「無理だ」
ヤカモレさんが飛んで逃げようか提案するが、zh@に一刀両断される。
ステータスを見ると、ヤカモレさんはダウンしていたが既に敵2人も瀕死だった。俺が回復して撃ち合いに参加するとあっさり決着がついて、急いでヤカモレさんを蘇生させる。その間にzh@がスキャンを飛ばす。
「飛んでも撃ち落とされる」
ヤカモレさんの飛行キャラはパーティ全員連れて飛ぶことも出来る。それで漁夫から逃げようかとヤカモレさんは提案したのだが、スキャンマップを見るにもう下まで来てる。会話をしながらzh@は階段を上っていた。FPSは高所を取るのが基本だ。ヤカモレさんもそうしている。
でもなあ、連戦だよ。いくら高所を取って中距離で撃ち合いしても弾薬も回復アイテムも消費したまま。スピード勝負しないと負けそうな気がしない?
「……俺、外行く!」
窓から飛び降りた。
「は!?」
「マキちゃん!?」
重力を操る俺のキャラはどんな高いところから落ちてもダウンしてない限りはダメージが入らない。地上に降り立ってエントランス前ですぐにブラックホールを展開した。
「2人連れた!」
2人引き寄せて強制的に近距離のファイトに持ち込む。俺はアーマーが割れて生身のまま、向こうには最強の金アーマー着てるやつがいる。2人外に連れ去られたのを見てもう1人も外に出てきた。1対3だ。更に向こうのキャラの能力の防御力特化フィールドドームが展開される。敵へのダメージが通りにくくなった。ますます不利だ。ヤカモレさんが「馬鹿なの!?」と慌てて降りてくる。
確かに。でも大丈夫だ、自信がある。近距離ファイトで俺は負けない。
それに、
「172」
こっちには最強のスナイパーがいる。
「64、割った」
「ナイス!」
ちゃんと俺から見て一番手前の敵のアーマーを割った。zh@はそのまま淡々と与えたダメージ数を報告し続ける。俺は岩に隠れて出たり入ったり、相手の射線を切りながらまず1人やった。最後尾はヤカモレさんと交戦中、もう1人は岩の真横まで近づいて思いっきり俺の脇を撃ちに来た。
「27、44、くそ!」
zh@からの射線は岩で途切れる。相手のサブマシンガンを打ち込まれながら俺は岩に沿って後退する。俺も腰撃ちでショットガンを撃ったが、当たったかどうか分からない。岩から離れ、飛び出した。こうすると周りに遮蔽物は何もない。
「ごめん、落ちる!」
ヤカモレさんが落ちた。1対2。
「80、64……下行く!」
後ろはzh@がスナイパーライフルで撃った後、落下ダメージ覚悟で飛び降りて追撃した。あーあ、いつものキャラだったらケーブルで移動調整してダメージ無かったのに。でもこれで1対1。この撃ち合いに俺が勝てなかったら負けだ。
「マキちゃん、いける!」
1対1で俺が勝てなくてどうする。
サブマシンガンに持ち直してフルオートで敵にぶっ込む。少しでも避けようと左右に揺れる相手の体を見て腰撃ちの照準を合わせる。こうなると無我夢中だ。zh@が相手を倒したかなんてキルログ見てる暇も無かった。
ただ、画面上にドンと出た"VICTORY"の文字だけで結果を知る。
「おっしゃああああ!!」
「ナイスナイス! gg!」
「スコアは!?」
勝った。
勝った喜びをヤカモレさんと噛み締めていると、zh@は何よりもまずランクポイントについて確かめてきた。何でだよ!
「分かんねぇ!」
「ああ!? 分かんねぇじゃねーんだよ!」
「あははははは!」
俺が投げやりに返事するとzh@に怒られた。ヤカモレさんが笑う。いいじゃん、すげぇいい戦いして勝ったんだから、まずはこっちを喜んでも。そう思ってランクのことなんか気にしないでいたが、すぐにランク昇格エフェクトが流れた。
――マスターだ。
「きた。……きたああああああ!!!」
苦節2ヶ月。これはこれで勝ったことなんて吹っ飛ぶ。ずっと一緒にプレイしてくれていたヤカモレさんが「おめでとう!!!」と深夜にも関わらずクソデカボイスで俺を祝った。コメント欄が『きたーーーー!!!』『おめでとおおおお』『88888888』と祝福で溢れる。やばいやばい、どうしよう。めちゃくちゃ嬉しい。
「おめでとう」
zh@にもお祝いの言葉を投げられたら「ありがとう! みんなありがとう!!」と涙目でお礼を言っていた。
「うわ~マスターアイコンだ~、初めて見た~!」
「あーはは、俺も~」
俺のプレイヤーキャラ名の隣に表示されるアイコンがマスターのそれになる。初めてなわけない、敵キャラで何度も見てるアイコンだ。でも自分のキャラでは初めて。ヤカモレさんも俺に合わせて初めてだと言ってくれた。思わずスマホでその画面の写真撮った。zh@とヤカモレさんはダイヤのままだ。
「……それで、」
zh@が喜びの空気を変える。
「ヤカモレさんはあとどのくらい?」
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