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7:ラストマッチ

「んええっ!? それ聞く!?」  ヤカモレさんがzh@に聞き返す。 「え~と、ぜっとさん今日もう終わりでしょ?」 「やる」 「え、やんの? 明日仕事は?」 「ある。けどやる」  ヤカモレさんの配信画面を見ると、顔出ししてるヤカモレさんがマウス操作してる様子が映ってる。「まじ?」なんて半笑いで聞き返しながらちゃんとスコア確認してる。 「今日終わらせるって言っただろ」 「いいねぇ!」  zh@のやる気に俺も乗った。 「もう日付超えてるからとっくに今日じゃねぇけど」 「まだ24時だろ。次は25時」 「ふはは、1日の時間が増えていく形式だ。ヤカモレさーん、これ逃げられないよ」 「マキちゃんまでさあ……大丈夫なの?」  ヤカモレさんが一度眼鏡を外し、目薬さしてる。ピントが合わなくなってくるとさすと言ってるやつだ。暗に目がもうやばいってことと、でもまだやる気があるって意思表示だ。いいな、今のこの雰囲気はかなり良い。こういうチーム戦はチーム内の空気が大事だ。緊迫した接戦に打ち勝って俺がマスターに上がった勢いは今しか無い。 「俺はまだ全然大丈夫!」 「やろう」  俺とzh@が繰り返しゲーム続行を提案すると、さすがのヤカモレさんも「んじゃあ、やろう!」とテンション上げて頷いた。コメント欄が沸く。「寝れなくなった」だって? 寝かせねぇよ! 最後まで見てけ!  ヤカモレさんのスコアは昇格まであと2~3戦ってところだった。それなら一時間くらいで終わる。この配信でゴール出来る現実的なスコアにほっとする。ヤカモレさんもそれが分かってて続けて目指すことにしたんだろう。 「マキがマスターに上がったからマスターマッチだな」  チーム数が出揃うまでのマッチング待機中にzh@が言った。 「ああ~! そうか、マスター帯か……」  ランクマッチではチーム内の一番高いランクに合わせてマッチングが行われる。俺がマスターに上がったから今のこの試合からはマスターランク同士の戦いになる。 「ぜっとさん、マスターなったことある?」 「無い。未知の領域だな」  俺もヤカモレさんも当然無い。全員マスターマッチは初めてだ。ただダイヤ帯でもこの3人の固定パーティでやると勝率良かったし、俺はともかくzh@とヤカモレさんは充分マスターで通用する腕をしている。俺が一番先に昇格したのは最前線を担当する役割ゆえだ。トドメをさすだけが腕の上手さじゃない。 「まあ、流石に人の方が多いだろ」  zh@が嫌な励まし方をした。  人の対義語はチーターだ。ダイヤ帯はチーターが多かった。恐らくマスターに上がるためにズルしてるんだろうと予想して、既にマスターに上がった連中でシーズン終盤の今プレイしてるのは普通の人だけだろうとzh@は言ってる。俺もそう思って「確かに」と頷いた。  ……でもそれは間違いだった。 「いっっってぇ! 無理無理無理!」  遮蔽物の岩に身を隠す。一瞬でも体を出したら急所を狙い撃ちにされる。そんな的確なエイム、プロでも出来ない。チーターだ。銃を構えるだけで自動照準されて撃てるオートエイム。俺が隠れるとすぐ後ろにいるヤカモレさんに不自然なほどぐりっと銃の向きを高速で変えてチーターが連射した。 「無理無理、落ちる!」  ヤカモレさんが落ちた。他の敵と撃ち合っていたzh@が何とか蘇生させようと前線に上がってきたが「あーこれ、無理だ」と諦めたように言って同様に落ちる。残りは俺だけ。悪あがきで岩に隠れながら回復アイテムを使っていたら、その岩の上にでけぇ図体したキャラが立っていた。 「あああ、もう!」  オートエイムなら距離関係なく撃ちゃいいのに!わざわざ詰めてきて嫌なやつ!  やけくそで撃ち合ったが、すぐに負けて「全滅」の文字が表示された。 「もお~~~! 何なんだまじで!」 「3チーム居たな、チーター」 「どうなってんの!?」  1人居るだけでも萎えるチーターが1試合で最低でも3人。激萎えだ。こんな感じのが2試合続いてる。それでも少なからずキルしてるからスコアは積んでいってるはずだが、最初から負ける確率が高いゲームはやる気が落ちる。zh@もヤカモレさんもテンション下がってるし、俺も声出そうと思っても悪態しか出てこない。さっきまで良い雰囲気だったのに台無しだ。  思わず黙り込んでたら「もう、」とヤカモレさんが何かを言いかけた。 「あと1試合だ」  ヤカモレさんを遮るようにしてzh@が宣言する。 「あと1試合、ちゃんと勝負出来れば上がれる。次だけガチでやる。……これで駄目だったら試合数こなすしかない。それでもシーズンが終わるまでには上がれる」  打開策とは言えない打開策だった。  ランク昇格条件は、決められたボーダーまでランクポイントを貯めていくだけ。確かに何回も何回も試合をやってればいつかは上がれる。でもそれはもう、3人では無理だということだ。時間は既に25時に近い。タイムリミットなんて本来ならとっくに過ぎてる。 「……やろう!」  意識して声を張り上げた。 「俺3人で上がりたい!」  ここまでやってzh@抜きだなんて考えられなかった。3人だったからここまで来れたんだ。一緒にゴールしたい!  zh@が「ハハッ」と短く笑った。 「3人ね。お前最初、俺のことハブってなかったか」 「……んん~? 何のことやら」 「とぼけんなよ」  ランクマ始めた当初、zh@に声をかけずにヤカモレさんと二人でやってたことを初めてzh@に言及された。 「それ今ぁ?」 「今」  これ以上雰囲気悪くしたくなくてzh@に話題変更を求めたが、却下された。しかもハブなんて、相変わらず言葉遣いが最悪。人聞きの悪い。深夜で人が減ったコメント欄で『やっぱり』『不仲か』なんて流れていく。  別に仲が悪いわけじゃない。俺が一方的に毛嫌いしてただけ。 「俺が居なくて後悔したか」  zh@が映ったチャット画面を見る。zh@は嫌な顔で笑っていた。  クソ。どうせバレてるんだろ。 「……後悔したよ」 「何て?」 「後悔した」 「聞こえねぇ」 「こ、う、か、い、し、た、よ! これでいい!? ねぇもう早くやろうよヤカモレさん、俺まじリアルでぜっとさんぶん殴りそう!」 「ははは!」  俺が物騒なこと言ってるにも関わらずzh@が楽しげに笑った。zh@の爆笑なんて滅多にない。よっぽど俺が悔しい思いしてるのが嬉しいんだろう。クソ野郎。  幼稚な俺の態度にリスナーは呆れ半分、笑い半分だ。『かわいいな』なんてよく分からないコメントもある。ヤカモレさんも似たような感じで「はいはい、喧嘩しないで~」と笑いながら仲裁した。 「違うもん。ビジネスだもん。ビジネス不仲だもん。でも次で絶対終わらせる」 「やる気出たな」  俺の拗ねた態度をやる気と捉えるのはいかがなものか。でもまだ笑ってるzh@は確かにさっきよりテンションが高い。「いっちょやるか~!」と声を上げたヤカモレさんは、目を擦った後に画面に向き直ってニッと笑った。  マッチング画面が暗転して、ランダムに選ばれたフィールドに降り立った。俺の後方に2人、3人で1チーム。  ラストマッチだ。

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