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第6話 後藤の作戦

◇◆◇ 「後藤さん、連絡ありがとうございました。でも、ここ使ってたやつ大物なんでしょう?勝手に押し入ったけど大丈夫ですかね……」  今日はここで定例の会合があったらしく、後藤さんもカッチリとスーツを着込んでいた。でもそのスーツは蓮が吐いた汚物に塗れていて、水を飲ませて吐き出させるためにかなり苦労したのがわかった。 「そんなこと気にしなくていいよ。どうにかするから。義兄がこんな状態にされてて黙ってられないだろう?」  後藤さんは、タバコを吸っている時に、フロントマンが結城様を探しているところに出会した。その慌て方が尋常では無かったらしく、事情を聞いたところ、泥酔した客がルームサービスにコールして来たのだという。 『その酔い方が尋常ではなくて……』  そう言って慌てるのを見て、緊急性が高いのであれば部屋を空けるように指示したのだという。彼らは知らなかったのだろう。ここは、後藤さんの経営するホテルだ。オーナーの指示とあればと、結城様には連絡を取り続けながら、部屋は開けられた。  開けて中に入ってみると、そこには、全裸で左手をベッドの脚に拘束された状態の蓮が、泥酔した上に何かの薬剤を飲んで倒れていたらしい。  その時点で後藤さんは人払いをし、俺に電話をくれた。蓮の周りには、空のシャンパンボトルが2本と、空になったピルケースが転がっていたらしい。 『意識があるなら、水を飲ませて、出来るだけ吐き出させてください。意識がないなら窒息すると危ないので、少しずつ水を飲ませるだけでも』  そう伝えてホテルに着いてみると、あらかた吐き出してくれたようで、ローブを肩からかけた蓮が俺にしがみついてきた。  そのまま研究所へ運んで、胃洗浄をして、今は眠っている。 「全く、何やってんだよ、お前らは。なあ、有木」  蓮が眠るベッドの隣、あのカーテンの向こう側には、鎮静剤を打たれて眠っている有木がいる。蓮も有木も倒れたのはただの偶然かと思っていたけれど、蓮が言った言葉を聞いて、なんとなくだが理由がわかった。  二人一緒にいた方が、解決も早いだろう。俺が間に入ればいいだけの話だろうからと思ってのことだった。 「目が覚めたら説教だぞ、お前ら」  俺は蓮の額を指でパチンと弾いた。 ◇◆◇ 「うーす、起きたか? 全くあんなになるまで悩むなよ! なんで俺に話さなかったんだ? 蓮のことなんだろう?」  有木は二週間ほどほとんど眠れておらず、仕事中に倒れた。所長は薬品を扱ったりすることは無いから良かったものの、頭を打っていたため、一晩ここで様子をみることにした。その騒動が落ち着いたタイミングで、後藤さんから連絡を受けた。それが蓮の騒動だ。  俺は二人に振り回されたわけだが、そこにどうやら俺が関わっているようだったので、まずは有木の話を聞こうと思って早めに出勤してきた。 「お前なんでそのこと知ってるんだ? 蓮が何か話したのか?」  有木はあからさまに狼狽えていた。蓮の口ぶりからして恋愛問題なのは間違いないだろうし、俺が好きとかなんとか言っていたことからすると、二人が俺を好きだとかいう話で近づいたのだろうということはわかっている。  有木が俺を好きだったのは勘づいていたし、蓮からも昔一度言われたことはある。ただ、二人とも共通しているのは、それが終わった後の話だということだ。おそらく二人ともそれを知らないのだろう。 「なんも聞いてねえよ。でも、昨日蓮が酒の飲み過ぎとオーバードーズで運ばれたんだよ、っていうかここに運んだ。今隣にいるのは、蓮だ。薬は……」 「アセトアミノフェンか? まだ飲んでたのか?」  ガバッと体を起こして、有木が飛び掛かるように俺の襟首をつかんだ。過労で寝ていたのに急に起き上がったりするから、すぐにめまいを起こしたようだ。「うっ……」と言いながらよろめいたので、そのまま横になるように促した。 「落ち着け! 全く、そんなんじゃ所長として頼っていけねえぞ!」  横になった有木の肩に布団をかけてポンポンと肩を叩くと、少し落ち着きを取り戻したのか、「すまない」と呟いた。 「酒はシャンパンを2本。時間にして四十分もかかってないらしい。それより、薬の量が……百錠近く飲んでいたらしい。それも、一度に買う時に怪しまれない量になるように、色んな場所で色んなメーカーのものを買っていたようだ」  俺がそう告げると、有木は俯いた。何かに気がついたように「そうか……やっぱりまだ続いてたのか」と呟いた。 「何がだ?」と俺が訊くも、なかなか答えようとしない。おそらく、その問題は昨日のホテルをとっていた「結城様」が関わっているのだろう。  心配事は色々あるのだろうが、俺にとっては瑣末なことだ。こういう時は、頼りになる人はさっさと呼ぶに限る。  俺はタブレットからメッセージを送った。すると、すぐにコンコンとドアをノックして、キッチリとスーツを着た後藤さんが入ってきた。 「よっ! お前倒れんたんだってな。健康管理しねえと首にするぞ」 「後藤……理事長」  有木は俺と後藤さんの間に視線を何度も往復させている。どうしてこの話に後藤さんを呼ぶのかがわかっていないのだから仕方がない。俺は後藤さんに椅子を勧め、俺も隣に座った。 「まず、結城様が蓮さんを甚振ってるらしいことは、協会内でも噂になってる。いくら隠してもバレる時はバレる。あの人ももう歳だし、そろそろ求心力も限界が来る。娘さんにはそれが無いから、そのうち結城グループは放っておいても崩れるよ。だからあまりその辺りの心配はいらない。ただ、蓮さんはあの人に精神的に支配されているみたいだ」  俺は後藤さんの話を聞きながら、なるほどと思ってうなづいていた。でも、有木は眉根を寄せて苦しんでいた。何かが理解しきれていないようだった。 「は? 甚振られていたって……結城グループの爺さんに? その人って、蓮の義理じーさんだろう? それがなんで……? 俺は、プレイの一環で暴力を振るわれるって聞いてた。相手は恋人だって言ってたのに……」  有木は、蓮が置かれていた状況を知らなかったらしい。あまりにショックだったのか。ブルブルと震えて頭を抱えた。 「相手が恋人じゃなかったのなら、なんで俺と付き合おうとしなかったんだ? そんなに俺が嫌なんだったら、この話を俺が聞いたらいけないんじゃ無いのか?」  そう言って震える有木を見ていると、気の毒になっていた。有木は基本的に人を悪く言えない。「俺を弄びやがって!」くらい言える性格だとこんなにならなくていいのにな……と考えていると、後藤さんが有木の頭をスパーンと派手に叩いた。 「この……ボケっ! お前優しいんじゃなくて情けねえな! 幸せにしてた時間もあったんだろう? だったら、もっと自分に都合よく考えろ! お前に体を売ってると思われるのが嫌だったんだろうが! それはなんでか? お前のことが好きだからだよ!」  一気にそう捲し立てると、有木の襟首をつかんで引っ張り上げた。後藤さんは格闘技をやるので力が強い。有木ほどの大男を軽々と引きずりあげ、睨め付けていた。 「薬を吐かせたのは俺だ。その間、蓮さんは泣きながらお前のことを愛してるって言ってた。ずっとだぞ? それでも僕は汚れてるからって。人を不幸にしかできないからって言って泣いてたんだ。あんなにアザや傷があって、死にたいって思ってる人間が、それでも大事にしたいって言ってんだよ、お前のことをな!」  後藤さんは細かい事情を知らない。だからこそシンプルに考えることが出来る。言いたいことは間違ってない。だからこそ、俺は細かい事情を付け足すことにした。 「有木。お前たち、最初はうまく行ってただろう? しばらくお前浮かれてたもんな。直接言われなくても、何かいいことがあったんだなってのはわかってた。それがこんなになるまで拗れたのはなんでなんだ? 言いにくいことなんだろうけれど、言え。言わないから拗れたんだ。言うしかないぞ」  俺も有木の近くに寄って行き、後藤さんと二人で有木を睨みつけた。こうでもしないとこいつは覚悟が決まらない。  有木はそれでも、しばらく俯いて考え込んでいた。少しの間静寂が生まれ、カーテンの向こう側から心電図の作動音が聞こえてきた。  蓮が眠っているカーテンの向こう側へと思いを馳せているようだった。 「生きてるぞ。まだ、やり直せる。ダメだってわかってるのに会いたくて、それでも会いにいけなかった。その間、一人で地獄に耐えていたんだ。でも限界が来たらしい。だから死にたかったんだってさ。どうするんだ、お前。もう会わないのか? 蓮が死んでいくのを黙って待ってるのか?」 「俺だって会いたいんだよ」と有木が呟いた。「でも、ダメなんだ。俺、人を痛めつけるのに向いてないから。蓮がして欲しいことをしてやれない」と、弱々しく呟いた。 「それは……蓮が望んだのか? 痛めつけてくれって? お前に?」  有木は無言で頷いた。 「つけられた痕を辿って同じことをして欲しいって」  俺は驚いた。蓮に被虐性癖があるとは知らなかった。今聞いても信じられない。それなら、有木には確かに蓮の相手は無理だろう。有木は人に危害を加えることを極端に嫌う。無理にそれをさせようとすると、本人に向精神薬が必要になる程ストレスを感じるらしい。 「でもそれ……蓮さんの状況を知っても有木が蓮さんを嫌いにならないってなったら、必要なくなるんじゃないか?」  後藤さんが有木に尋ねる。少し言い回しが周りくどくて、俺には理解出来なかった。 「どういう意味ですか?」 「ああ、多分な……蓮さんは義理のじーさんに甚振られて、自分が汚いものだと思っている。だから、自分の好きな人に汚い自分を何の代償もなく愛してもらうことに罪悪感を感じている。だから、ついてる痕を有木がつけたものだと勘違いして、自分は汚くないって思いたい。ってことじゃねえか?」  有木は後藤さんの言っていることを反芻して、「確かそうでした」と頷いた。後藤さんはそれを聞くと、いつもの真夏の太陽のようなニカっとした笑顔を見せた。 「だったら簡単だぞ。全てを知ってるけど好きだから付き合おうって言えばいい。何も後ろ暗いことなんてない、スッキリわかりやすい恋人同士になって、デロデロに甘やかしてやればいいよ。ただし、そのためには、蓮さんの抱えている問題を解決してやらないといけない」  結城様が力を失うのを待っていてもそれは叶う。ただし、そうなると蓮が苦しむ期間が長引く。それは避けたい……ただし、俺や有木にはなんの力も無い。こうなると、特別な力を持たない俺たちは非力だと言うことを痛感するばかりだ。 「そこで、だ。あの忌まわしき思い出を、清いものに変えることにしようぜ」  後藤さんはそう言って、左のポケットからあるものを取り出した。 「これ……! なるほど、グループ買収よりも傀儡にすればいいってことですね」  一縷の望みが見え始めた。俺たちは三人で顔を寄せ合うと、お互いの肩をバシバシと叩きながら、大きな声で笑い合った。 「後藤さん、あなたサイコーです。ありがとうございます」  有木はそう言って、涙を流した。  その時、カーテンの向こう側でカタンと何かが動く音がした。

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