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第10話 アダロイド睡蓮
◇◆◇
「さあ、睡蓮。これを着たら、君の名前はレンだよ。いいね? ご主人様は君をレンと呼ぶからね。間違えてはいけないよ?」
僕は、うっとりと夢を見るような目で綾人さんを見ていた。手袋をした手が伸びてきて、肩を優しく包む。そのまま壁際の鏡の前まで連れて行かれ、そこに映った姿を見た。
「……綾人さん、まだ半分くらい僕の意識があります。だんだん消えていくんですか?」
僕は、鏡の中にいる綾人さんに向かって話しかけた。声は僕だ。見た目も、僕だ。でも、その姿や仕草が、しなやかで艶めいていて、およそ自分とは思えないほどに色気の溢れた人物が立っていた。
「ああ、あと五分くらいで意識が完全に切り替わる。そうすれば、もう後はプログラムが勝手にお前を睡蓮として動かし始めるから、何も心配はいらない。その五分間は車で眠っていていいからな」
手袋を外した綾人さんは、僕に触れずにそう言うと、運転席へと乗り込んだ。これから結城様のところへと向かうため、いくら怖い思いをしていても、僕は綾人さんに触れるわけにはいかない。
もし、その香りに結城様が気づいてしまったら、これまでの準備が全て泡となって消えてしまう。今、この瞬間の恐れは、自分でどうにかするしか無かった。
「綾人さん、今日はラムネを噛んじゃダメですか? 怖くて……でも今抱きしめてもらうわけにもいかないですし」
チャンスが一度きりだと思うと、どうにも手が震えて仕方がなかった。人格が切り替わって仕舞えば、それも感じないとわかってはいるけれど、この五分間がまるで死を待つように恐ろしい。
「そう言うと思って、今日は少し短時間で効く安定剤を用意してあるよ。お前の今の健康状態を考慮してある。それに少しだけ催淫剤を混ぜてあるから。睡蓮になったとしても、安心していいからな」
綾人さんはそう言っていつものピルケースを渡してくれた。薄い金属製のケースに、白い錠剤がいっぱいに詰まっていた。
「ありがとうございます」
僕はバックミラー越しに微笑む綾人さんに、精一杯の笑顔を返した。そして、ラムネをガリ、と噛むとゆっくりと目を閉じた。
◇◆◇
コンコンコン。ペントハウスのドアをノックする。僕は、俯いてドアの前に立った。
「入れ」
高圧的な声のご主人様が、中から大声で呼ばわっている。ああ、なんて偉そうなんだろう。早くその上に跨ってみたい。僕はペロリと舌なめずりをした。
——危ない危ない、下品なところは見せちゃダメな方だから。我慢して。
痛いセックスが大好きな僕は、ご主人様に合わせてキャラクターを変える。今日はお淑やかで清廉な感じでいかなくてはならない。ふんわりと表情を作って、ドアノブに手をかけた。
「失礼致します」
僕は、オフホワイトのロングコートを翻して部屋の中へと入って行った。ベッドルームには、大きなベッドの中心でクッションに体を預けた老紳士がいた。あの人が僕のご主人様。なんて……美味しそうなんだろう。
「なんだ、今日はやけに落ち着いてるな」
ご主人様はそう言って、ご自分のベッドの隣をポンポンと叩き、ここへ来いと命令した。僕は「清廉なふりをして」と言われているので、少しもじもじしながら、コートを脱いでベッドに登る。
「……お前、どうしたんだ? この間の騒ぎで頭がおかしくなったのか?」
ご主人様は驚いて僕を見ている。この格好、気に入ってくださったのだろうか。
「ベビードールなんて、今までどれほど言っても嫌がっていたくせに……早くこっちへ来い」
僕は、今日はこれが制服だと言われたから着ているだけだけれど、喜んでいただけたのなら良かった。僕の肌はブルベのウインタータイプ。ロイヤルパープルのベビードールは、縁取りが太くて、それ以外の生地が薄くて肌が透けて見える。シルクの艶と刺繍の華やかさで、僕自身が最も映えるものをドクターが選んでくれた。
『綺麗だよ』
そう言って悲しそうに微笑んでいたドクター。ごめんね、僕はご主人様のものだから。
「……喜んでいただけましたか? 折角の夜ですし、楽しんで過ごせたほうがいいなと思って」
ご主人様は、真っ赤なお顔を僕に向けて、すごく興奮してくださっていた。
「ああ、ああ。似合うと思っていたんだ。やはり美しいな。レン、今日は俺のことを愛してくれるのか?」
ご主人様は、目に涙を溜めていらっしゃった。僕はそれがとてもいじらしく見えて、その涙をペロリと舐めた。そして、その目尻にキスをして「泣かないで」と言った。
ゆっくりと、その膝の上に跨る。肩に両手をかけて、じっと見つめる。小首を傾げて、ご主人様の目を覗いた。
「どうした……?」
ご主人様の心臓が強く跳ねているのが、ローブの上からでもわかる。すごくすごく期待して、座っているところがお互いに固くなっていた。僕はご主人様の目を見つめたまま、スッと腰を近づける。お互いの先端が、少しだけ触れ合って、刺激が腰まで走り抜けた。
「うっ……」
そのまま無言でスリスリとそこを擦り合わせていく。ご主人様は、欲に囚われてしまったようで、僕に何もしてくれない。恥ずかしいけれど、僕からおねだりをすることにした。
「ご主人様……キス、してくださらないんですか?」
そう言って、もう一度熱を擦り合わせた。すると、何かが弾けたように、ご主人様は僕に貪りつくようなキスをして下さった。
「んっ、はんっ、はあっ」
夢中になって口付けてくるご主人様に、僕は胸のピアスを押し付けた。差し出されたピアスを口に含んで、舐って、その周囲の粒を舌で撫で回してくださった。
「あ……、ん」
もう一方は指で捏ねられた後に強く抓られて、少し赤く腫れていた。
「んんっ」
薄くついた胸の筋肉をガブリと歯で噛まれ、痛みが気持ちよさに変わっていくのを感じた。前がぐんと持ち上がって、後ろがきゅんと疼く。思わず嬌声を漏らした。
「はあんっ」
「なんだ、痛いのも悦くなったのか? 今日のお前は最高だな」
ご主人様は、首や肩に噛みつき、そっと僕を押し倒した。そして、擦りあってたまった熱ではち切れそうになっている肉をガブリと口に含んだ。
「あああっ! そんな、ご主人様っ!」
欲に満ちた音を立てて僕を喜ばせ、時折根本を噛まれる。さすがに痛みが走るけれど、それもすぐに気持ちよさへと変わる。
「あっ! ああっ! だ、めっ! ぼ、僕……まだ何もしてないのにっ!」
優しくて丁寧な指の動きと、強くて刺激的な口の動きに翻弄されて、僕はあっという間に果ててしまった。
『気持ちよーくさせて、眠らせてあげるんだよ』
今日の僕の使命はそれだ。だから、僕がご主人様を気持ちよくさせてあげなくてはならない。
僕は、後孔に仕込んだローションのことを思い出した。今日のご主人様は、僕に奉仕したがっているようだから、こちらからお願いすればしてもらえるかもしれない。
「ご主人様、お願いがあります」
真っ赤な顔をして、はーっはーっと激しく肩で息をしながら、ご主人様は僕の方を見た。その目は完全に欲に溺れた者の目で、冷静さのカケラも存在しない。それほど夢中になってくださっていることが、僕はとても嬉しかった。
僕は仰向けに寝転んだ状態のまま膝を立て、思い切り足を開いた。そして、筋張った体の中の僅かな肉を手で掴むと、それをぐいっと広げた。
「ここ、舐めていただけませんか?」
そのまま上目遣いにご主人様を見た。ご主人様は、何か信じられないものを見ているような目で僕を見つめていた。でも、僕もどうしてもこれをして欲しいから後には引けない。
「ダメですか?」
目に涙を浮かべてもう一度お願いした。すると、ご主人様はわあと叫びながら僕に飛びかかってきた。
「レン! お前は俺のものだっ!」
そう言って、むしゃぶりつくように食らいついた。入り口の反応は鋭く、僕は大きな波に飲まれて身体中で喜んだ。
「うあああんっ! ああっ! もっと! もっと下さい! ご主人様あっ!」
そうして夢中になって、ご主人様の頭を両手で掴んで自分の腰へと押し付けていた。荒い息がかかり、ゾクゾクと背中に走る刺激が僕を高めていった。
ご主人様が指で僕のイイトコロをグッと押した瞬間、ビュクッと弾けてしまい僕は崩れ落ちた。そして、ふと気がついた時にはご主人様は動きを止めていた。僕の尻の下に頭を擡げ、寝息を立てているようだった。
「ご主人様……?」
すうすうと眠っているご主人様を見て、僕は何かを思い出しそうになった。なんだっけ。ドクターはなんて言ってた?
『ご主人様が眠ったら、愛してますといいながら、この指輪をはめてあげなさい』
「ああ、指輪」
僕は自分の右手にしていた指輪を外し、ご主人様の指に嵌めてあげた。
「ご主人様、愛してます」
そして、幸せそうなお顔で眠るご主人様の頬に、ゆっくりとキスをしてあげた。
——プログラム終了。走ってドアに向かえ。
頭の中に声が響いた。それは、聞き覚えのあるドクターの声だった。なんのことかはわからない。それでも、ご主人様も寝てしまったし、することがないので言われた通りにすることにした。
「帰ったらドクターが抱いてくれるかな」
僕はそう独言ると、ベビードール姿のまま、ドアへと走った。
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