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第13話 大丈夫

◇◆◇ 「ん……」  体の表面を、優しくて温かい手が滑っていく。すごく大きいから、触れる面積が大きくて、それだけで包み込まれるような気がする。  その手が、だんだん敏感なところへと迫ってくる。迫っては引いて、また近づいて。でも、その様子を僕は見ることはできない。 「あっ、あ、見えな……んっ」  僕の目は、大きな手の片方に包まれている。そして、両手は後ろ手に枷がつけられて、動かせない。  クッションを背に座った状態のまま眠っていた僕は、クッションごと綾人さんに抱き抱えられ、その優しい愛撫に浸っていた。 「蓮、怖い?」  耳元で優しく響く低音が、身体中に響き渡る。その声だけでもゾクゾクと小さく喜びが駆け巡っていった。  綾人さんは、これまでの被虐を甘い記憶と入れ替えるために、しばらくこうやってリハビリの時間を設けようと言ってきた。  行為自体は痛みがないもので、でも閉塞感や羞恥は感じるものにしてくれている。正直なところ、最初はそれも嫌だった。  でも、それに慣れ始めると、今度は強い快楽に飲まれるようになってしまった。正直なところ、むしろ好きになった。どうやら僕は、新しい扉を開けられてしまったんだと思う。 「こわ……くなっ……あ、あ、あっ」  痛くない枷をつけられて、手か足のどちらかを緩く拘束される。目隠しをされて、手が肌を滑るのを感じる。  見えないけれど、足を思い切り開かれてしまったり、今日は眠っている間にゆっくりナカに入ってきた綾人さんを感じて目が覚めた。 「すごい、気持ちいいんだ。まだ触ってないのに、勝手に動いてるよ」  臍の下から足の付け根へと向かって、優しく手が滑ってくる。そのまま手は円を描き、腿を通って後孔の近くまで……でも、そこは今いっぱいで、指は入ることが出来ない。  そのまま前へと戻ると、中心に向かって押しなぞるように進んでくる。 「ああ、何それ、気持ちっ」  ナカからも外側からも、柔らかくて硬い部分を押されていく。ゆるゆるとして、でも間違いなく気持ちが良くて、それが見えないからもっと気持ちよくて。  その焦れてたまらない時に、首に思い切り吸いつかれた。 「んんんっ! あ、そんな強く吸っちゃ……ダ、メっ」  背中から奥に向かって甘い刺激が走り抜けていった。僕はたまらずに腰をゆらゆらと動かす。もうずっとこの緩慢な刺激に浸かっていて、ドロドロに溶けて無くなってしまいそうになっていた。 「あ、もう、お願いっ、綾人さん……」 「んー? 何、どうしたい? ちゃんと言って」  綾人さんは腰を押し上げて、さらにゴリゴリとナカを刺激した。それでも、それを続けてくれなくて、僕は思わず涙を流した。 「おねっ、お願いっ! も、イキたい……意地悪しないで!」  綾人さんは手に涙が触れたことで、ここが限界だと判断したらしく、手を外して視界を戻すと、その涙をペロリと舐めた。  そして、僕の顎を後ろに思い切り引くと、唇を合わせて思い切り吸った。 「ふ、ううっ」  そして、そのまま自由になった手で、ピアス穴の残った胸の赤みや、熱のかたまりとなった中心まで、弱いところを全部一気に刺激された。 「ああ、あ、ふわああっ! ダメ、一緒、ダメだっ……て、んんんっ」  何ヶ所も弱いところを全部一度にせめられて長く持つわけもなく、あっという間に僕は果ててしまった。そのままぐったりと崩れ落ちた僕を、後ろからぎゅっと抱きしめると、綾人さんも「んっ、蓮っ……」と息を詰めた。  そうやって何度も結城様にされた痛いことを、気持ちのいい記憶に上書きしていった。  空が白んで、空気が冷えていることに気がつき始めた頃、ようやく二人でシーツに倒れ込んだ。身体中に広がっていた傷に赤みが差して、僕の体にはまるで花が咲き乱れているような模様が浮かび上がっていた。 「こんなこと言ったらいけないんだろうけれど……綺麗だな」  綾人さんは僕の背中に指を這わせながら、目を細めていた。 「蓮」  そのまままた、僕の肌を満遍なく手で擦っていく。 「んっ、は、い?……なんです、か?」  これだけ抱き合ってもまだ気持ちよくて、まだ欲しかった。でも、綾人さんの目は、何か真剣な色になっていて、話したいことがあるんだとわかった。 「結城のプログラムは、本人の許可を得ずに作成した。それは重要な規約違反だし、人権の侵害にもなる。それに、睡蓮のプログラムの作成も無断でやったことだ。だから、バレれば俺は犯罪者になる」  綾人さんは、どこか凛として冷静な声でそれを話していた。今までの彼を知っていれば、こんな犯罪にあの研究を利用したなんてことは、決して受け入れられるようなことじゃないだろうと思う。  それでも、それを僕のためにやってくれた。あの時、僕も一緒に覚悟したんだ。 「ただ、後藤さんがうまく立ち回ってくれていて、今のところ誰にもバレる心配はない。あの人は研究所の経営をしているし、ホテルのオーナーだしな。おそらく、この話が表に出ることは無い。それでも、俺も何もお咎めなしで生きていくわけにはいかないと思っているんだ。だから、俺は研究所を辞めることにした」 「えっ!?」  振り返ってその目を見ようとすると、強く抱きしめられてしまって、それを止められた。そのまま綾人さんの体がぶるぶると震え始めたのがわかった。 ——きっと泣いてるんだ……。  僕はサトルや後藤さん、葵からも、綾人さんがこの研究にどれほど熱を入れていたのかを聞いている。優しい彼が、犯罪に関わる人間が少しでも減らせるならと人生を賭けていた研究だと聞いている。  それを僕のために悪用して、そこから去るなんて……。 「決めていたんですか? 最初から?」  僕の問いかけに、綾人さんは黙ってこくりと頷いた。 「言うとお前は嫌がるだろうと思ったから言わなかった。俺が決めたことだから、お前は気にしないでくれ」  僕は何も言えなかった。ただ、ひたすらに涙が流れた。僕は、こんな僕のために、愛する人の大切なものを奪ってしまったんだという思いに、心が千切れそうになっていた。 「蓮、俺が決めたんだ」  後悔に震える僕を慰めるために、「お前は悪くないよ」と言いながら、ずっと髪を撫でてくれている。  でも、僕がいなかったら、僕と出会わなかったら、こんなことにはならなかったはずだ。その思いは、どうしても消せない。 「蓮、いいんだよ。研究は世理が続けてくれる。俺はその相談に乗れればいい。名誉が欲しかったわけじゃないし、研究が進んで、助かる人が増えればそれでいいんだ。わかってくれるか? お前を助けずに他の人を助けても、俺はきっと生きていけなかった。だから、これでいいんだ」  信じられなかった。人生の全てを賭けて進めてきた研究が、自分の手を離れても結果が出ればいいんだと言う。この人の優しすぎる気持ちが、信じられなかった。 「だから、蓮。お願いだ」  綾人さんは何かに怯える子供のように、僕を抱きしめる手に強く力を込めた。 「それを気にしていなくなったりしないでくれ。俺とずっと一緒にいてくれよ。俺一応医者だから。仕事はどこでも出来るんだ。どこかで小児科を開いて、お前といつか一緒に暮らしたい」  綾人さんは、何よりも僕を失うことを恐れてくれていた。仕事は手放してもいい。信頼できる友人に預けたから。でも、僕を失いたくないと言ってくれていた。  僕は、綾人さんの方へと向き直った。そして、その涙に濡れている頬に手を添えて誓った。 「僕はあなたを愛しています。僕を地獄から救ってくれた人が愛する人だったなんて、最高の幸せです。僕だけ幸せじゃダメだから、綾人さんの幸せのためにも、僕がずっと一緒にいてあげます。そしたらあなたも幸せでいられますよね?」  僕が、ほんの少しだけ高飛車に聞こえるような言い回しでそう言うと、綾人さんは楽しそうに微笑んだ。そして、唇が触れるだけのキスをした。 「ありがとう。お前のことだから気にし過ぎていなくなるかと思ってた」  そう言って言葉を詰めた。 「大丈夫です。ずっと一緒にいます。一緒じゃないと嫌です。それに、僕……仕事の面でもお役に立てると思います。実は、一つずっと考えていたことがあるんです。綾人さん、実は僕、この未来とは違うものを想像していましたけれど、いつかあなたと一緒にやりたいと思っていたことがあったんです。その準備が、今のあなたのためになれば、僕も嬉しいです」  十年間、実業家の性奴隷として苦しんできた。その僕が、唯一のその恩恵とも取れるものがあるとしたら、実業家としてのスキルだ。 何度も結城様が仕事の電話や準備をしている姿を見てきた。おかげで仕事に役立ったことがあったのも事実だった。  しかもそれがここで役に立てることが出来そうだと思うと、この十年恨むしかなかった神様へ、久しぶりに感謝の気持ちが湧いてきた。

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