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第4話

「そうか、ならぜひ食べてみたいな。サミュエルが心を込めて育てた野菜なんだろう?」 「そうですよ、見てくださいこれ!」   どーん、ともぎたてのトウモロコシを見せた。 「私の知っているトウモロコシじゃない気がするんだけど」  房がついたままのトウモロコシをまじまじと見つめるエセルバートを、セオドアがくすりと笑った。 「この状態で枝になっているんですよ。そんなことも知らないんですか殿下」  ムッとしたエセルバートだが、それも一瞬で、また笑顔になる。 「勉強になるよ、ありがとう、弟君」  なぜか弟を強調したような気がする。 「なあサミィ、殿下のお上品なお口には合わないぞ。お菓子でも出したら?」  セオドアがサミュエルの腰に手を回してそう訴える。 「そうか、そうだよな。さすがに殿下にトウモロコシをかぶりつかせるわけにはいかないよな、すみません」  セオドアがこのタイミングで、なぜか満面の笑みをエセルバートに向ける。二人には特別な関係でもあるのだろうか。 「……それは残念だな、では一本お土産にもらっても? コックに調理させていただくよ」 「ぜひぜひ、何本でも! 僕の愛が詰まってますからね」  愛、と復唱してなぜかエセルバートが顔を赤くする。 「野菜への愛ですよ、や・さ・い」  面白くなさそうにセオドアが補足した。  そういえば切り出しにくいがエセルバートに伝えるべきことがあった。サミュエルは応接間のソファで姿勢を正して、口を開いた。 「あの殿下」 「二人のときはエセルバートと呼んでくれないかな」 「エセルバートさま、申し上げにくいのですが、もうあなたの遊び相手として王宮にお邪魔できなくなりそうです」  エセルバートがカップを取り落とす。こぼれた紅茶を侍女たちが慌てて拭いた。自分の服が汚れることも気にせずに、エセルバートはサミュエルに詰め寄った。 「どうして? もしかして父に……陛下に何か言われた?」  サミュエルは首を左右に振って、説明をした。  アルファであるエセルバートのもとにオメガである自分が通っているせいで、周囲からは「婚約目前」などと誤解を受けている――と。 「エセルバートさまの本来の縁談にも悪影響でしょうし、僕がご迷惑をかける前に辞退したほうがいい……と父に言われました」  と、いうことにしてもらっている。父親にとっては、このままエセルバートと自分が結婚したほうが都合が良いのだろうが、サミュエルにはそうなりたくない理由があった。 (セオドアに心を開いてもらって人生を謳歌してたけど、本来のシナリオなら、僕はこの人の側室になっちゃうんだよな……死ぬリスクを上げるようなシナリオは避けないと)  父親には「社交界デビューの前に噂が広まっては困る」と頼み込んだ。  エセルバートも、迷惑なことなどない、と首を横に振るがそうもいかないのだ。  オメガには九十日に一度の周期で発情期がある。それがまだ来たことのない今はいいが、もし初めての発情が第一王子訪問時に起きてしまえば、間違いが起きてしまう可能性もある。アルファはオメガの発情期のフェロモンには抗えないのだ。 「僕たち、もうそういう年ごろなんですよね。いつまでも子どもではいられないと思うと寂しいですね」 「サミュエル……私はもう君を遊び相手だとは思っていないよ」 「ああ、そうですよね、殿下はもう十六歳だし社交界デビューも間近でしょうから。僕ばっかり幼くて恥ずかしいな」  エセルバートはサミュエルの手を取って「そうじゃない」と手の甲に口づけをした。 「……殿下?」 「エセル、と」  愛称で呼べ、という意味だ。 「そんな、殿下を愛称で呼ぶなんて不敬罪に――」 「不敬になんてならないよ、私がただ喜ぶだけ。だってセオドアのことはセオと呼ぶじゃないか」 「セオは弟ですから!」 「でも血はつながっていないし、彼だって――」  何かを言いかけて、エセルバートは立ち上がった。 「今日はお暇するよ。周囲の目は気にしなくていい、私がサミュエルとの交流を望んでいるのだから」  拒否権はない、と納得させるのに十分なはっきりとした口調だった。  はい、と小さく返事をして、エセルバートを門まで送った。着替えたセオドアも見送りにやってきた。見送るというより泥棒を追い出すような目つきなのだが。  エセルバートは馬車に乗り込む前、サミュエルの指先をそっと握った。 「私も、サミィと呼んでいい?」 「だめです」  勝手に断るセオドアの口を塞いで、どうぞどうぞとサミュエルは同意した。  エセルバートを乗せた王室の馬車が発つと、サミュエルは弟をたしなめた。 「どうしていつも殿下に突っかかるんだ。父上のお仕事の邪魔になるんだぞ」  セオドアはふんと鼻を鳴らして「これが邪魔になる程度の仕事しかしていないなら、公爵の器じゃない」などと抗弁する。説教を重ねようとした瞬間、女性の悲鳴が聞こえた。  道行く女性が、バッグを男二人組に盗まれている。  サミュエルは駆け出した。 「こらー! 泥棒は許さないぞ!」  そう言って女性を庇うと、男が「うるせえ!」と鉈を振り回した。その鉈を木剣ではじき飛ばしたのは、遅れて駆けつけたセオドアだった。だがもう一人の男がナイフをこちらに向ける。セオドアは鉈を持っていた男に突き飛ばされ、尻餅をついた。  ナイフから女性を庇うように腕を回すと、上腕に熱を感じた。腕を切られたのだ。  公爵邸から騎士たちが駆けつけ、男たちは取り押さえられたが、サミュエルの肩は出血で赤く染まっていた。  ずきずきと痛むが重傷でもなさそうだ。児玉敬人として濁流に呑まれたときの絶命直前の痛みや苦しみに比べたらなんてことない。 「セオ、大丈夫か?」  突き飛ばされたセオドアを抱き起こす。セオドアはサミュエルの傷を見て真っ青になっていた。 「サミィに傷が……」 「女性を守ったんだ、名誉の傷だよ」  騎士が応急手当てをしてくれる。セオドアはその間黙り込んで、ずっと木剣を握っていた。  セオドアが部屋を訪ねてきたのは、その夜のこと。 「なんだ? 怖くて眠れないのか」  雷や雨の日にサミュエルのベッドに潜り込むようになったセオドアだが、今夜はきれいな月が出ているのにやってきた。今日の暴漢との一悶着が怖かったのかもしれない。 「うん、ちょっと……傷、痛む?」  痛みは医師の処置と飲み薬で落ち着いていたが、雑菌が入ったのか少し熱を出していた。 「いや、全然痛くないよ。心配して来てくれたのか、ありがとう」  そう言って頬を撫でると、セオドアは手の平の熱さにびっくりしたのかビクッと身体を震わせた。ベッドの横に膝をついたセオドアに手を握られた。 「俺、サミィを守れなかった」  宝石のような瞳から、真珠のような涙が落ちていく。弟ながら、一瞬見とれて身動きが取れなかった。それが自分を思って流された涙だからなおさらだ。 「……おいで、セオ」  サミュエルはシーツをめくり、セオドアをベッドに招き入れる。ごそごそと潜り込むと、セオドアは鼻を啜って小さくなった。 「俺、強くなるから」  君はまだ子どもなんだから誰かを守ろうなんて思わなくていいんだよ、などと無粋なことは言わない。大切な家族が目の前で傷ついてしまい、無力な自分に幻滅してしまったのだろう。そうして決意したのなら、それを尊重したい。 「ああ、強くなってくれ」  強くなりすぎて英雄と呼ばれる男になるんだ、と告げられないのが残念だが。彼の恵まれた肉体と才能、そしてこれからの血のにじむような努力を知っている。

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