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第16話
「悪いことをしていないなら、謝る必要はないですよ」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには颯爽と歩いてくるスーツ姿の諒大の姿があった。
諒大は颯たちの前に立った。諒大が現れた途端、男たちは後ずさった。この男は只者ではないと察したのだろうか。
「いかなる理由があろうとも、うちの大切な従業員を足蹴にするような、態度の悪い客は要らない。もう二度とうちのホテルに来るな。さっさと帰れ」
「んだとっ、テメェッ!」
男のひとりが諒大に殴りかかるが、諒大はその手を掴んであっという間に男を捻り上げてしまった。
「痛って、痛って!」
「暴れるとかえって骨が折れますよ」
「ゔぁっ!」
諒大は強い。男は諒大の捻り技から解放されたものの、地面に倒れたきり腕をさすって痛がっている。
「だってそいつは誘拐犯なのよ! 衣緒を返してちょうだい!」
女性が諒大に訴えるも、「そんなことするわけがない」と諒大はまったく聞き入れない。
「うちの従業員に言いがかりをつけるのはやめていただきたい。俺はあなたたちの正体を全部知ってるんですよ? オメガ人身売買は違法行為です。時代錯誤も甚だしい」
諒大の言葉を聞いた瞬間に女性が青ざめた。
「佐江。九番」
「はいっ!」
諒大が佐江に命ずると、佐江がすかさずスマホを取り出しどこかへ連絡を始めた。
九番というのはこのホテルの従業員内で使用されている隠語だ。九番は『警察を呼べ』の意となる。
「なっ、なにをわけわかんないこと言ってるの……?」
動揺する女性に諒大は一歩近づく。
「俺はすべて知っています。飯塚麻弥 さん、実の息子がオメガとわかったら即座に手放すんですか」
「なんで私の名前を……!」
飯塚が驚くのも無理はない。諒大は飯塚と初対面のはずだ。それなのになぜ名前がわかったのだろう。
「闇ブローカーのコードネームはICHIですよね? 衣緒くんを引き渡してもそいつからは金を受け取れませんよ。ICHIは前金の五万円だけ払って逃亡しますから」
「はぁっ? 何言ってんのあんた……」
「今すぐやめなさい。ブローカーに子どもを売って、子どもが行方不明になったと悲劇の母親を演じても無駄です。すぐに見抜かれてSNSは炎上ですよ」
「ふっ、ふざけたこと言わないで!」
飯塚は必死で取り繕うとしているが、諒大の言うことがすべて的を得ているため、反論ができないようだ。
三人が逃げようとしたところで、ホテルの警備員たちがズラリと現れて退路を塞ぐ。
「さぁ、警察が来るまで警備員室で待機していただきましょうか。……こいつら三人を連れて行け!」
諒大の容赦ない命令に、三人は警備員たちに押さえつけられる。
「ちょっ、と……! 離しなさいよっ!」
飯塚たちは、みっともない抵抗も虚しく、警備員たちに取り押さえられ、どこかへ連れて行かれた。
「お兄さん。あの……あ、ありがとう……」
衣緒が颯の服の裾を指でつまんで引っ張りながら、か細い声で礼を言ってきた。
「僕は何も……衣緒くんが頑張ったんだよ」
これは衣緒の頑張りだと思う。衣緒には、嫌なことに反抗して逃げ出す勇気があった。だから颯に出会った。
「ううん、お兄さん、すごくあったかかった……」
衣緒がニコッと笑顔を見せる。その少し不器用な笑顔が、颯の心を熱くさせた。
またひとつ、未来が動いた。
何もできなかった自分から、一歩踏み出したら、衣緒が笑ってくれた。
「鼻血、出てるけどね」
「えっ! あ! ごめんっ」
颯は慌ててズボンのポケットからティッシュを取り出して鼻に詰める。そんな颯の様子を見て、また衣緒が笑った。
「颯さんっ、大丈夫ですかっ!」
「わっ、諒大さんっ」
颯のもとに駆け寄ってきたのは諒大だ。傷だらけだし、鼻にティッシュを詰めているし、こんな酷い姿を諒大に見られるのはめちゃくちゃ恥ずかしい。
「颯さん」
諒大はジャケットを脱いで、颯の肩にふわっとかけた。
諒大のスーツのジャケットは大きくて、いい匂いがして、それに包まれると心地がいいと感じた。颯から、さっきまでの緊迫感が抜けていく。
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