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第25話 嫌いになれない

 今日は、仕事終わりに宴会調理課の新人歓迎会が行われる日だ。  夜九時までのシフトだった颯は、同じ時間に上がった同僚の集団の最後尾を歩いている。  歓迎会をするお店はカナハホテルのすぐ近くにあるショッピングモールの一角にある。ここは夜道でも明るいし、モール内を歩けば駅まで近道にもなる。 「はい……そうなんです。ごめんなさい。室長を誘いましたが、忙しいと断られてしまいました……」  颯は隣を歩く瀬谷に潔く謝る。  新人歓迎会に諒大を誘うように頼まれていたが、颯は諒大を誘わなかった。こんなことで諒大の手を煩わせるのも申し訳ないし、同じ会社といえども、企画部の諒大が宴会調理課の新人歓迎会に参加する義理はないと思ったからだ。 「やっぱダメかぁ。そりゃそうよね、あーあ、未来の社長と話してみたかったのに……」  瀬谷はがっかりしているが、納得しているようだ。颯ごときが声をかけても諒大が来るはずがないと思っていた様子だ。 「ごめんなさい……」 「いいのいいの、無理を承知で七瀬さんに聞いてもらったんだから」  最初は冷たかった瀬谷は、最近、颯に優しくなった。仕事に慣れてきて失敗が減ったのもあるし、颯が衣緒を助けた一件以来、課のみんながちょっとずつ親切にしてくれる。忙しい仕事だから体力的にはキツいが、仲間だと認めてもらえて邪魔者扱いされない職場は初めてだ。  それもあって、今日は苦手な飲み会を断らなかった。  颯は集団での飲み会は好きじゃない。まずどこに座ったらいいかもわからないし、たまたま近くに座った人とコミュニケーションを取るために話題を考えることも苦手。それなのに何千円もお金を払う。その出費が痛い。一週間分の食費代が一度の食事で飛んでいくのだ。  でもこの会社は、課のみんなで集まるときは金銭面での補助が出る。パートアルバイトも対象になるらしい。  今日のお店は、なんだか高そうな肉料理とワインの創作料理ダイニングだった。 (嫌だけど、参加すれば一食分タダ……)  新人歓迎会と銘打っているから、新人の颯が断るのだって大変だし、ただ端っこで黙々と料理を堪能していればいいのでは……と颯は、はっきり言ってタダ飯目当てで参加を決めたようなものだ。 「颯さんっ」  突然、小走りに追いついてきた人に後ろから声をかけられ、持っていたトートバッグをトントンッと叩かれた。  声のしたほうを振り返ると、そこに諒大がいる。 「ええっ? なんでっ?」 「そこ、本社ビルです。一階のカフェから外を眺めてたら、颯さんを見つけたから急いで追いかけました」 「は、はぁ……」  意味がわからない。建物は違えど、颯は隣のカナハホテルで働いているのだから、本社前の道を歩くことなんて珍しくない。そこで颯を見つけたからって急いで追いかける必要なんてどこにもないはずだ。 「奇遇だなぁ、こんなところで颯さんに会えるなんて」  これは奇遇じゃない。諒大が無理して追いかけてきただけで、偶然の出会いじゃない。 「あれ? その服着てるの初めて見ました。新しい服ですか?」 「えっ、よくわかりますね……」  今日は飲み会だし、少し暖かくなってきたから、買ったばかりの春用のパステルブルーの服を着てきたのだ。 「春らしくていい色ですね。優しい颯さんによく似合ってます」  諒大に褒められてちょっと嬉しい。いつも職場の制服があるから適当な服を着ているのに、今日は少しだけ服装を意識してきたから。 「颯さんに会えるなんて、今日はすごくいい日だ」  諒大は満足そうだが、颯はさっきまでの瀬谷との会話を思い出した。「諒大は忙しい」と嘘をついたことを。  それなのに諒大が暇そうにしてここにいるのはまずい。

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