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第26話

「西宮室長、今日は仕事が忙しいから宴会調理課の新人歓迎会には参加できないって断られたんじゃないんですかっ……?」  瀬谷が諒大に質問する。  やばい。瀬谷がそこを疑問に思うのは当然だ。なんとか誤魔化さないと……! 「あっ、しっ、室長はこれから出かけられるんですよねっ? さようなら、お気をつけてっ!」  颯は嘘を重ねて、ここから離れるようにと一生懸命、諒大に視線で訴える。 (帰って……! 何も会話しないで、帰ってえぇぇっ!) 「いいえ、もう仕事は終わりですが」 (バカーッ!!)  諒大の空気を読まない返事に、颯は心の中で大慌てだ。 「えっ? お仕事なくなったんですかっ?」  ほら、瀬谷の目が期待でキラキラしている。言わんこっちゃない。 「なくなるも何も最初から——」 「あーっ! 室長っ! 今日は星が綺麗ですね!」  颯が話題を無理矢理変えようとしたのに、諒大は「え? ここ屋根があるから星なんて見えませんけど」と素で返してきた。 「あの、じゃあ今日はプライベートな用事、ってことですか? もしかして彼女とデートとか? あの、噂の企画部の佐江さんと……」  瀬谷は大胆にも諒大のプライベートに切り込んでいく。  諒大は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに瀬谷に微笑む。 「瀬谷さん。俺と佐江はそんな関係じゃないですよ。佐江とは腐れ縁っていうか、小中高一緒なんです。ただそれだけのことです」  諒大の回答を(はた)で聞いていて、颯の気持ちが暗くなる。  そんなに縁があるオメガが、星の数ほどある会社のさらに同じ部にいて、毎日顔を合わせているなんてやっぱり特別だ。 「颯さんの言うとおり、これから用事があったのですが、相手の都合で急遽なくなったんです」  諒大は颯に意味深な視線を送ってきた。  颯の事情を理解して、話を合わせてくれたようだ。  「一度断ってしまったのですが、今から新人歓迎会に俺が参加することは可能ですか?」 「えっ? 室長! 来てくださるんですかっ?」  瀬谷はめちゃくちゃ喜んでいるが、颯は信じられない。来ても諒大は面倒な目に遭うだけだろう。 「はい。是非参加したいです、お願いします」 「いいに決まってるじゃないですか! 私、すぐに話してきますっ」  ちょうど店の目の前に着いたので、瀬谷は先に店に入っていった。  瀬谷のあとについて、のこのこと諒大が店に入ろうとするので、颯は諒大を引き止めた。 「諒大さん、なんで……っ!」  せっかく颯が諒大に気を遣ったのに、これでは台無しだ。 「颯さんこそ、なんで俺に声をかけなかったんですか?」  諒大は拗ねたような顔をする。 「瀬谷さんの話からして、颯さんは俺を誘うように頼まれたんでしょう? 俺と知り合いだと課の人に思われてるから」 「は、はい……」 「でも、俺、颯さんから誘われてません」 「だって、嫌でしょ。こんなの、諒大さんの迷惑になると思ったから……」  颯はうつむく。諒大に負担をかけることは、颯の本意ではなかった。 「颯さん、あなたって人は本当に……。自分の利益のために俺を利用すればいいのに……」  諒大は颯の目の前に視線を合わせるようしゃがみ、ダークブラウンの目がうつむく颯を愛おしげに見上げてきた。  諒大の目は綺麗だ。こんなに澄んだ瞳をしているのに、この人がこれから婚約破棄するなんていまだに信じられないくらい。 「飲み会なんて危険です。今日の俺は、颯さんを守るボディガードですから」 「えっ! だっ、大丈夫ですよ!」 「酔ったところを、変な男にお持ち帰りされたら大変です。そんなことを想像しただけで気が狂いそうになる。だから俺も参加します」  そんな理由で諒大が飲み会に参加するとは思いもしなかった。 「西宮室長っ、早くいらしてくださいっ」  店の入り口から出てきた瀬谷に急かされて、諒大は「はい」と立ち上がる。 「行きましょうか」  微笑みながら差し出された諒大の手。思わずその手に縋りつきたいと思ったが、どうしてもそれはできなかった。

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