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第29話

「ねぇっ! 西宮室長っ! 室長っ!」  瀬谷が諒大を揺り起こそうとしても、諒大は両腕を枕にして、机に突っ伏したままだ。 「うう、ん……」  諒大は意識はあるが、完全に酔いが回っている様子だ。話しかければ応答するものの、返事が曖昧になっている。 「室長! もうお開きです! みんな帰りますよっ?」 「はい……大丈夫れす。秘書を呼びますから……」  諒大はスーツのポケットからスマホを取り出そうとして失敗し、掘りごたつの下に落とした。それを拾おうとした諒大がバランスを崩して倒れかけたので、颯は必死でその身体を支える。 「ほら、スマホですよっ、秘書さんに連絡できますかっ?」  諒大にスマホを持たせても、手つきがおぼつかない。  たしかに諒大は勢いよくワインを嗜んでいた。でも、アルファならあのくらいのアルコール量は大したことないはずだ。まさか諒大がこんなに酔ってしまうなんて、この場にいる誰もが予想しなかったことだ。 (僕に、できるかな……)  颯の手元には諒大のスマホがある。巻き戻り前、諒大のスマホの六桁のパスコードは颯の誕生日だった。 (940625)  一か八か、パスコードを入れてみる。すると諒大のスマホのロックが解除された。 (わぁっ、できちゃった……)  通話履歴から『猪戸』の文字を見つけて電話をかける。さすがは秘書の猪戸、ツーコール目で着信に応じてきた。 「室長っ、ほら、秘書さんですよっ」  諒大の顔にスマホを当てがうと、諒大は「ありがとう……」とかすれ声で返事をした。 「……そう。ああ、迎えに来てくれ。車は会社にあるから」  よかった。諒大はなんとか猪戸を呼ぶことに成功したみたいだ。  颯が胸を撫で下ろしたところに、瀬谷が「室長大丈夫ですかっ?」と諒大のそばに来た。 「こんなになってる室長を放っておけないっ。私、タクシーを呼んだので、室長の介抱をします。室長、立てますかっ? 私につかまって!」  瀬谷は意識もうろうとしている諒大に手を伸ばす。 「待って! 私が介抱します。私の家、すぐ近くなんです!」  瀬谷の手を振り払ったのは、ベーカリー担当の女の子だ。 「み、みなさん。秘書さん呼びましたから、大丈夫ですっ」  颯はさっきから、諒大をお持ち帰りしたがる女子たちを跳ねのけて「秘書さんが迎えに来るので大丈夫ですっ」と言い続けている。  (なにが『今日の俺は颯さんを守るボディガードですから』だよ! これじゃ僕を守るどころじゃないよ……)  これでは立場が逆だ。キメ顔でボディガード発言をしておいて、自分が酔っ払うなんてありえない。結局、颯が諒大の世話を焼くことになってしまっている。

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