（ごめんなさい……一度だけ……これで最後。もう二度としないから……） 　颯は諒大の唇に自分の唇を押し当てた。 　諒大に唇が触れた瞬間、身体中が反応する。乾ききった大地に水が与えられたみたいに、颯の全身が熱を持ち、幸福感に包まれていく。 　颯の下半身が少し疼いた。アルファの諒大との接触に、オメガの身体がいかがわしい反応を示しているみたいだ。 　本当に情けないことだが、オメガは本能的にアルファとの接触にすぐに反応してしまう。この人が欲しいと、オメガの身体が颯に訴えかけてくる。 　ほんの数秒、唇を重ねただけの弱々しいキスだった。 　これは、諒大が眠っているのをいいことに、欲望を抑えきれなかった颯のワガママだ。 　巻き戻り前の記憶だけでは満足できなかった。現実の中の諒大との接触にオメガの身体が悦んでいるのがわかる。寂しがり屋の颯の心が満たされていくのがわかる。 　諒大の許可もなく、キスをするなんて悪いことだとわかっている。でも、どうしても諒大に触れたくて、触れたくて仕方がなかった。 「捕まえたっ」 「ひゃあっ！」 　突然諒大の両腕が颯の身体をガッシリ捕まえてきた。諒大が眠っているとばかり思っていた颯は、急に抱きしめられて心臓のバクバクが収まらない。 （まさか、起きてた……！？） 　だとしたら絶体絶命だ。諒大にこっそりキスをしたことが、バレていたことになる。 「この匂い。颯さんだ……」 　諒大は目を閉じたまま、颯を抱きしめ離さない。 「颯さん、大好き……」 「ちょっ、くるし……離して……っ」 　ベッドの上、上半身を抱きしめられて颯はジタバタと抵抗する。 「颯さん……」 「えっ、あっ、んんッ……！」 　酔っ払いの諒大が突然、颯の唇を奪った。 　さっき自分からしたくせに、諒大にいきなりキスをされて動揺が隠せない。 （え……っ！） 　しかも諒大は唇を離さない。颯の後頭部を押さえつけ、さらには颯の唇を舌で舐めてきた。 （だ、だめ、エッチなキスになっちゃう……！） 　颯は身をよじって、諒大のキスから逃れる。 　颯がやっと諒大の腕の中から逃げ出して、ベッドから離れると、諒大はまたすうすうと寝息を立て始めた。 （あれ？　ね、寝相……？） 　諒大は穏やかに眠ったままだ。諒大は一時的に寝ぼけていたのかもしれない。そうでなければ起きてきて、「さっきのキスはどう言う意味ですか？」などと颯を追求してくるに違いない。 （僕、なんてことを……） 　颯も我に返る。今になって、なんてバカなことをしてしまったのだろうと後悔が押し寄せてきた。 　まだ胸がドキドキしている。 　諒大にキスしてしまったし、諒大からも熱烈なキスをされてしまった。 　唇には、まだ諒大の唇が触れた感覚が残っている。あのまま颯が諒大を受け入れていたら、今ごろ諒大とふたり、ベッドの上で身体を重ねて——。 （ダメっ！　絶対にダメ！） 　颯はかぶりを振る。 　こんなことをしても、満足するのは颯だけ。諒大も佐江も嫌だとわかっていたのに、ふたりに悪いことをしてしまった。 （諒大さん、覚えてない……かな……） 　この様子を見る限り、諒大は眠っているようにみえる。酒に酔っているときの出来事だし、記憶は残っていないかもしれない。 「諒大さんがどうかこの夜のことを何にも覚えていませんように……」 　颯は両手を胸の前で合わせて、祈るような気持ちでそっと呟いた。