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第35話

「颯さん。俺のイチゴあげます。はい、アーンして」  笑顔の諒大は新しいフォークで自分の皿にあったイチゴを突き刺し、颯の口元に近づけてくる。 「えっ、ダメですっ、諒大さんのぶんだし、ちょっと恥ずかしい……」 「いいから。ほら、アーンして。それともイチゴとキスして終わりにしますか?」  颯の目の前にある諒大のイチゴが、颯の唇につん、と触れた。諒大が颯に口を開けるようにイチゴでつんつんして、催促しているのだ。  観念して颯が口を開けると、諒大がイチゴを食べさせてきた。  人に食べさせられるなんて子どもみたいですごく恥ずかしい。でも、イチゴは甘酸っぱくてめちゃくちゃおいしい。 「よかった。食べてもらえた。また俺の夢がひとつ叶っちゃいました」  諒大は幸せそうに笑う。 「颯さんとずっとこうしていたい。このまま時間が止まってしまえばいいのにな」  夢みたいなことを言う諒大の言葉を聞きながら、颯も心の中で密かに同意する。 (このまま、ずっと仲良く諒大さんと過ごせたらいいのにな……)  諒大に捨てられる未来さえ永遠に訪れなければ、幸せになれるのに。  諒大とこうして仲睦まじく過ごせるのはたった三ヶ月だけだ。最初から愛されないとわかっているのに、恋人同士になんてなりたくない。 「大丈夫です。諒大さんなら、この先の未来も幸せに過ごせるに決まってますよ」  諒大は優しくていい人だ。諒大には、幸せになってもらいたいと心から思う。 (好きな人が幸せなら、それって僕にとっても幸せなことだよね)  諒大が、幼馴染のオメガ・佐江と運命の番・颯のあいだで気持ちが揺らいで苦しまないようにしたい。  だって諒大のせいじゃない。諒大はゆっくりと幼馴染との愛を育んでいたのに、運命の番などという、アルファとオメガ特有の本能的な存在に翻弄されているだけ。颯が好きだと思い込んでいるだけ。 (諒大さん。大丈夫ですよ。今度こそは僕に気兼ねなく、運命なんかに振り回されないで幸せになれます)  諒大が運命に翻弄されずに済むように、颯は早く諒大の前から姿を消さなければならない。  そう思うたびに颯の心は苦しくなる。  この痛みの理由はわかっている。  運命の番に惹かれているのだ。やっぱり運命には逆らえない。颯の心は、すっかり目の前にいる諒大に囚われていた。    カフェを出たあと、お別れしようとしたのに、諒大が「俺もちょうどホテルに用事があるんです。一緒に行きましょう」と颯について来た。  そうは言っても、本社ビルとホテルは目と鼻の先、数分で到着するような距離だ。それでも諒大とふたり、春の風に吹かれながらホテルの従業員出入り口に向かって歩いていく。

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