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第39話

「俺んちまであと少しですっ」 「はぁっ……はぁっ……」  思った以上に息が切れる。さっきまでは自力で歩けていたのに、今は岸屋に寄りかかっていないとまともに歩けない。 「ヒートってこんなに急に動けなくなっちゃうものなんですか?」 「うん……今日はまだ前触れがあったからマシなほう……」  颯は急なヒートを起こしたことが何度もある。高校生のとき、授業中なのに急に具合が悪くなったこともあるし、道端で上位アルファとすれ違っただけでヒートになったこともある。 「ごめん……こんなことになって本当にごめんなさい……」 「七瀬さん、さっきから謝りすぎです。俺なら大丈夫ですから気にしないで」 「ごめんなさい……ごめんなさい……」  申し訳なくて、自分が情けなくて仕方がない。でもこんな道端で発情して痴態をさらすのだけは耐えられない。岸屋には悪いと思うが、岸屋の部屋にひとりきりでこもらせてもらえたら、どんなに助かるか。 「ほらまた謝ってる……」 「あっ、ごめん……」  オメガなんかに生まれてきたくなかった。自分の存在そのものが迷惑なんじゃないかと思えてならない。  周りの人たちに助けてもらわないと生きていけないなんて情けない。自分の存在意義がわからない。このまま消えていなくなってしまいたい。 「あ! いたいた! フェロモン垂れ流しのオメガ!」  気がつくと、ガラの悪そうな男たち五〜六人に取り囲まれている。  ここは高速道路の近くで、頭上から騒音が聞こえてくる場所だ。近くは新しいビルの建設中で、周囲に人影はない。岸屋とふたりでわざと人気(ひとけ)のないほうを選んで歩いてきたというのに、近づいてきた男たちは確信犯だ。  多分、目的はひとつ。オメガを襲うためだ。ヒート中のオメガなら性的な行為をしても許されると思っている、卑怯な男たちに違いない。 「どう、しよう……」  男たちに取り囲まれて動けないし、走って逃げようにも颯は身体の自由が効かない。 「七瀬さん、これ、やばいです……」  じりじりと追い詰められ、岸屋の顔が青ざめていく。颯にもわかる。この状況はどう足掻(あが)いても逃れられない。 「なんだ、彼氏つきかよ」  ダサいロゴの黒のトレーナーを着た男が岸屋を見下して言う。この男はかなりガタイがいい。体重百キロ越えのレスラーみたいな体格で、巨漢の男が岸屋の肩をドンと押しただけで岸屋の身体が大きくふらついた。 「弱い彼氏だなァ。ボコボコにしてやろうぜ」 「うわっ」  ふたりの男に岸屋が左右の腕を取られ、身動きを封じられる。そのまま腹にヒザ蹴りを食らって岸屋が「ガハッ」と苦しそうな声を出す。 「やめてっ……その人に手を出さないでっ」  颯は岸屋を蹴飛ばした男を突き飛ばす。だが実際は颯の力では相手はびくともしなかった。  岸屋はただ巻き込まれただけだ。それなのに怪我をしたら大変だ。岸屋は無事に返さなければ。 「へぇ。彼氏を庇うんだ。健気だねぇ」 「岸屋くん逃げて……!」  颯は岸屋の腕を押さえつけている男に掴みかかって岸屋から引き剥がそうとする。だが小柄な体格の上にヒートでふらつく颯と、ガタイのいい男との力の差は歴然としていて敵わない。 「彼氏の前で犯してやるよ、オラ、こっち来い!」 「あっ……」  颯は男たちに身体を乱暴に引っ張られ、建設現場の防塵壁の奥へと引きずられる。 「七瀬さんっ! クソッ! 離せっ!」  岸屋が身をよじるが、二対一では逃げ出すことは難しいようだ。 「楽しもうぜ、オメガちゃん」 「や……っ」  抵抗したいのに、颯の身体には力が入らない。ふらついて巨漢の男にぶつかり、男の腕の中に寄りかかる形になってしまい「甘えてくんの? 可愛いねぇ、俺とヤる気あるじゃん」と笑われた。

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