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第40話
「あの、あの……っ」
この状況からは逃げ出せない。だったら、無関係な岸屋だけでも無事に解放してもらいたい。颯はどうせ襲われる。だったら——。
「言うこと聞くから……彼は本当に関係ない人だから……」
颯は男に訴える。
「僕だけにして……あの人は離して……」
こんなことになったのも全部自分のせいだ。その報 いをこの身体が受けるのならいい。でも岸屋に何かあったらと考えると申し訳なくて、居た堪れなくなる。
岸屋は善意で颯を助けようとしてくれただけだ。なのにこんな目に遭うなんて悲惨すぎる。
「へぇ。じゃあ俺が脱げって言ったら脱ぐの?」
「は、はい……」
颯が頷くと、男はヒャハハと汚い笑い声を上げた。
「マジかよ、ホントになんでもしてくれんの?」
肩を抱かれて、いやらしい手に気分が悪くなったが、抵抗はできない。言いなりになれば、岸屋を解放してもらえるかもしれない。
「いい判断だ。俺、アルファだから。あんなショボい彼氏よりも、もっと満足させてやるよ、オメガちゃん」
男に尻を揉むように掴まれて、泣きそうになる。こんな男に触れられるのは、絶対に嫌なはずなのに、アルファのフェロモンに当てられてヒート状態がどんどん悪化していく。
(アルファなら誰でもいいの……?)
この身体が憎らしくなる。こんな男に発情させられたくないのに、身体が熱くて仕方がない。
「同意の上ってことでいいな? ヒートを起こした可哀想なオメガを俺たちが救ってやるよ」
これがアルファの常套手段だ。可哀想なオメガを助けただけだと言って、オメガの身体を好きなように蹂躙するのだ。
「今すぐ男が欲しいんだろ? ほら、早く言ってみろよ。『ケツ穴に突っ込んでください』って。そうしたら彼氏は助けてやるよ」
巨漢の男は、ニヤニヤと気持ち悪い顔で舌を出し唇を舐め回している。
そんなこと言いたくない。でも、たったひと言だ。プライドをかなぐり捨ててしまえば、岸屋は解放される。
「あ……あ……う……」
口を開いても声にならない。動悸ばかりがひどくなり、はぁはぁと呼吸が苦しくなっていく。
「おい! こいつスゲェ金持ってる!」
ハッと声のするほうを見ると、颯の持っていたトートバッグから諒大の財布が取り出されていた。男たちは諒大の財布から札束を取り出して仲間たちに見せびらかしている。
「ブラックカードじゃん。やべぇ金持ちだ」
諒大の財布の中のカードを見て男たちはふざけて笑っている。
「西宮諒大……? 別人の写真だ。うわー、このオメガ、財布泥棒かよ! 大人しそうな顔してよくやるな!」
今度は諒大の社員証を見つけて、表裏を確認したあと、それをゴミを扱うように地面に投げ捨てた。
「それっ、触らないで!」
呼吸が荒くても、颯は精一杯叫ぶ。でもその声はまったく聞き入れられない。男たちは面白半分に諒大の財布を荒らしていく。
颯の目の前に、諒大の社員証が落ちた。社員証の中で、優しげな笑顔を浮かべている諒大の写真と目が合った。
(諒大さん……っ!)
よろよろと手を伸ばすが、颯が届くよりも早く、巨漢の男が諒大の社員証を無情にも踏みにじる。もちろんわざとだ。颯が手を伸ばしたのを見て、目の前でグリグリと諒大の社員証を踏んでみせた。
それは、諒大に返さなければならなかったものだ。
プラスチック製の社員証は踏み潰されひしゃげてしまい、財布は現金だけ抜き去られて草むらに投げ捨てられた。
「あ、あぁ……」
(諒大さんになんて言ったらいいんだろう……合わせる顔がない……)
颯は涙が止まらない。岸屋にも迷惑をかけて、諒大から預かった財布も守れない。自力で立つことすらままならないヒートの身体は、これから男たちにいいようにされる運命だ。
「この奥でヤろうぜ」
巨漢の男に肩を抱かれて建物の奥へとズルズルと引きずられ歩かされる。颯を工事現場の奥に連れ込もうとしているようだ。
「彼氏は口を塞いで柱に縛りつけとけ」
男の非情な言葉に、颯は悔しくてさらに涙があふれ出してくる。だが颯にはもう抵抗する力は残っていない。
「んーっ! んーっ!」
岸屋は両腕を抑えられた状態で、口にテープをぐるぐる巻きにされ、声を上げることができなくなる。
「彼には手を出さないで……」
颯には弱々しく訴えることしかできない。
「お願い、なんでもするから……」
颯が男に懇願すると、男が「なんでもか。そりゃ楽しみだな」といやらしい笑みを浮かべた。
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