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第41話

 ドンッと何かの衝撃が伝わってきたと思ったら、目の前にいた巨漢の男の身体がぐらりと揺れた。  速すぎてよくわからなかったが、誰かが巨漢の男の頭を蹴り飛ばしたようだった。  一撃で気を失った巨漢の男は、膝をつき、顔面から地面に倒れた。同時に開放された颯も、足腰が立たずにその場に座り込んだ。  倒れた男の後ろから姿を現したのは、ふたりの長身の男だ。 「許さない」  低く、怒りに満ちた声。  ここは暗がりだし、颯の視界は涙で霞んでいるが、誰が現れたのかわかった。  諒大と猪戸だ。  ふたりはお互いの背中を庇うようにして背中合わせに立ち、じりじりと迫ってくる男たちに対してファイティングポーズをとる。 「ふざけやがって……行くぞ、猪戸っ」  諒大の合図とともにふたりは駆け出した。諒大は掴みかかってきた男のパンチを寸前でかわし、その腕を掴んで思い切り背負い投げをして男の背中を地面に叩きつけた。そして間髪入れずに、殴りかかってきたもうひとりの男の顔にカウンターパンチを食らわせる。  猪戸の動きも無駄がない。男の右ストレートをしゃがんでかわしたと思ったらそのまま両足にタックルをかける。不意を突かれて思い切り転倒した男を蹴飛ばし、そのままの勢いで、次の相手に向かっていき、派手な上段回し蹴りで頭を蹴り飛ばす。  諒大と猪戸、ふたりの手にかかればあっという間の出来事だった。 「やっべぇ、逃げろ!」  男たちは恐れおののいて、気絶した仲間数人を置いて逃げ出した。 「猪戸。あとで六人全員あぶり出せ。絶対に許さない」 「はい、室長」  岸屋の口に巻かれたテープを剥がしにかかっていた猪戸は、諒大の指示にはっきりと返事をした。  猪戸と諒大は、目を合わせて頷き合うだけでお互いの考えていることがわかるようだ。  諒大はゆっくりと颯のそばに近づいてきた。 「颯さん、俺があなたに触れることを許してくれますか?」  颯の前に屈んだ諒大は、悲痛な顔をして許しを乞う。  こんな状態でも、許しがないと颯に触れようともしない諒大。それは、颯が何度も何度も「触らないで」と諒大のことを拒絶してきたせいだ。あんなに諒大を傷つけたのに、それでもまだ諒大は颯のそばに来て、手を差し伸べてくれる。 「諒大さん……」  もう諒大を跳ね除けることができなかった。  颯は、ふらつく身体で諒大に手を伸ばす。諒大に抱きつくと、諒大はすぐに抱きしめ返してきた。  諒大の腕の中にいると安心する。諒大がそばにいてくれるだけで、こんなに心強いものだと思い知る。諒大のフェロモンを感じるだけで、ヒートの身体が楽になっていくのを感じる。  この人じゃなきゃダメだ。だって運命で結ばれている。オメガの本能が運命の番を求めている。 「颯さん。あなたを連れ去ってもいいですか?」  颯が頷くと、諒大は颯の身体を横抱きに抱えて立ち上がった。 「猪戸、悪いが先に帰る」  力の入らない颯の身体は、諒大に抱えられ運ばれていく。  工事現場のすぐ近くに、見慣れた車種の白のベンツが停まっていた。颯は助手席に乗せられ、諒大は颯が休めるようにと背もたれを倒しながら「すぐに着きますから」と声をかけてくれた。  諒大は運転席に乗り込むと車をすぐに発車させる。急いでくれているのか、いつもより速く注意深く運転している。その真剣な横顔がたまらなく愛おしい。 「諒大さ……ごめんなさい。諒大さんのお財布、めちゃくちゃにされちゃったんです……」  謝らずにはいられない。諒大の大切にしていた財布も、社員証やカード、現金など全部荒らされてしまった。 「今後は、僕なんかに大切なものを預けないでください……」  諒大は颯のせいで失ってばかりだ。無駄に時間を取られ、財布もめちゃくちゃにされ、颯がそばにいると諒大は不幸になる。 「いいえ。預けていて正解でした」  諒大は車のスピードはまったく緩めない。視線は遠く、前を見据えたままだ。 「俺の財布に紛失したときのためのトラッカーを入れてあるんです。だから、颯さんのいる場所がすぐにわかりました。あなたが明らかにおかしな位置にいることに気がついて、慌てて飛んできたんですから」 「そう、だったんですね……」  諒大は颯と別れたあとも、颯を気にかけてくれていたようだ。それで諒大の財布の位置情報、つまりは颯の位置が工事現場にとどまっていることに気がついて、わざわざ駆けつけてくれた。  もし、諒大がそれに気がつかなかったら。助けに来てくれなかったら。今ごろ颯は拘束された岸屋の目の前で、男たちにヒートの身体を蹂躙されていた。ずるい男たちだったから、岸屋をたてにして、颯は卑猥なことをするように命令されていたかもしれない。  そんなことを想像しただけで具合が悪くなってきた。颯はハァハァと荒い呼吸を繰り返す。 「颯さん、苦しいですか? ……たしかにフェロモンの量が増えてますね。ごめんなさい、これでも全力で向かってます。あと少し、あと少しですっ」  諒大は運転の合間にマスクを取り出し装着した。諒大はアルファだ。オメガのヒートのフェロモンに当てられないように警戒しているのだろう。

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