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第54話

 諒大に連れて来られたのは、ショッピングモールの駐車場だった。諒大は駐車場の一番端っこに停車している白のベンツのキーを解除して「乗ってください」と助手席のドアを開けた。 「この車に盗聴器は仕掛けられていません。調べ済みですし、この車には信頼できる人間しか乗せないと最初から決めているんです」  諒大に言われて猪戸の言葉を思い出した。以前、猪戸は、この車には颯しか乗せないようにと諒大からキツく言われていると言っていた。 「す、すごい用意周到なんですね……」 「はい。悲しいことですが、それ相応の立場にいると、思ってもみないところから足をすくわれるんです。何度も痛い目に遭ってますから、俺」  諒大はなんでもないことのようにさらりと言っているが、諒大は実は、辛い経験を幾度も乗り越えてきたのかもしれない。  諒大は運転席に、颯は助手席に座り、車のドアが閉められた。  駐車場の無機質な蛍光灯の明かりの中、束の間、ふたりに静寂が訪れる。  頼りない明かりに照らされながら、少し憂いを帯びた雰囲気の諒大。こんな諒大なんて初めて見た。颯が思い出す限り、諒大はいつも明るくて、優しく微笑んでいる印象だ。  巻き戻り前の自分は、諒大を深く知ろうとしていただろうか。笑顔の裏にある苦労なんて想像しただろうか。颯が諒大は完璧だと決めつけて、諒大をさまざまな角度から見ようとしなかっただけで、実は悩みや不安を抱えていたのかもしれない。  諒大の支えになりたい、とふと思った。諒大のそばにいることが叶うのならば。 「どうして、諒大さんは僕が時間を巻き戻ってることを知ってるんですか?」  颯はあれから自分が何かヘマをしたか考えてみたものの、やっぱり思いつかなかった。諒大はなぜ颯の最大の秘密を知っているのだろう。 「最初は気がつきませんでした。おかしいなと思ったのは、俺が酔って眠っているときに、颯さんがとった行動です」  諒大が酔ってしまい、猪戸とふたりで諒大をベッドへ運んだことがあった。そこで颯は、諒大が眠っていると思って諒大にキスをした。実は、諒大はあのとき意識があったと後に知ったのだが。 「だっておかしいでしょう? 自分からキスしておきながら、俺が捕まえたら颯さんは逃げた。そのとき颯さんは俺に惹かれるのに、何かに抵抗しているのかなと俺は考えました」  さすが諒大だ。その推察は的を得ている。あのときの颯は諒大を好きになってはいけないと必死で抗っていた。 「俺は間違いなく颯さんの運命の番です。颯さんをひと目見ただけで、俺の中のアルファの本能が一気に目覚めました。ということは、颯さんも否が応でも運命の相手の俺に惹かれてしまったのかなと思いました」  颯は頷く。颯は巻き戻りの前も後も、強烈に諒大に惹かれた。 「颯さんの行動は、巻き戻り前とはまるで違いました。あれは未来を知っていて、俺と同じく運命を変えようとしていたんですよね?」  諒大は颯の心情を見抜こうとするような鋭い視線を向けてくる。諒大の真剣な眼差しに颯はハッと胸をつかれた。 「え……?」  俺と同じく、とはどういうことだろう。その言い方はまるで諒大も運命に抗っていたように聞こえる。 「俺も巻き戻りですよ、颯さん。あなたと同じく時を巻き戻り、今ここにいるんです」 「諒大さんもっ?」  衝撃の事実だった。諒大も巻き戻りだとは思いもしなかった。 「だからわかりました。巻き戻り前と同じようにあなたにアプローチしたのに、なぜか巻き戻り後のあなたは俺から逃げる逃げる、前と同じ方法であなたの心を掴めると思っていた俺は、どうすればいいのか非常に頭を悩ませました」 「あっ……はは……」  ごめんなさい、と颯は心の中で謝る。  でも、どの瞬間もちゃんと諒大さんのことは好きでしたよ、と心の中で想う。 「まぁ、以前の俺は少し強引でした。颯さん、すごく戸惑っていました。あんなやり方、颯さんに逃げられて当然でしたよね。巻き戻り前、颯さんに逃げられなかったほうが奇跡だったのかもしれません」  巻き戻り前の諒大とは、一度目のデートでキスをされ告白、お付き合い。二度目のデートで諒大の家にお泊まりして身体の関係になり、三度目のデートでプロポーズされた。いくら運命の番でも早急だったとは思うが、颯にしてみれば、それは決して嫌ではなく、強引なところもかっこいいなと思っていた。  諒大は時を巻き戻っていた。だからこそ颯の行動の変化から、自分だけではなく颯も巻き戻っている可能性に気がつけたのだろう。自ら体験していなければ、『時間を巻き戻る』などということを思いつきもしないはずだ。

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