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第55話
「三年です。俺は三年、巻き戻りました」
「えっ! 三年もっ?」
諒大からの告白に颯は息を呑む。颯と同じ三ヶ月かと思っていたから、その時の長さの違いに驚いた。
「俺は颯さんに初めて会ったとき、どうしてオメガだと知ってるのかと聞かれてドキッとしました。適当に誤魔化しましたけど、颯さんの住所もバース性も知っていたのは俺が巻き戻りだからです」
「そうだ……!」
言われて思い出した。諒大は颯の個人情報を何もかもを知りすぎていた。
「衣緒くんの件もそうです。俺は犯人の名前と犯罪内容をズバズバ言い当てましたが、あれは未来を知っているのだから当然です。普通できないでしょ? 颯さんは変に思いませんでしたか?」
「あ……どうだったかな……諒大さんはなんでもできる人なんだなって思いました、けど……」
たしかにあのときなんで知っているんだろうと疑問に思ったが、アルファはすごいのひと言で終わらせてしまったことを思い出した。
「相変わらず可愛いですね、颯さんは」
諒大はフッと笑う。自分に向けられた諒大の笑顔を妙に懐かしく感じた。
「颯さんは知りませんよね? 今から一年後くらいだったかな。オメガ人身売買の闇ブローカーICHIは、逮捕されてかなりセンセーショナルに報道されたんです」
「僕は、三ヶ月しか巻き戻ってません。その先のことは、何も……」
「三ヶ月だけか。そうだったんですね。俺はあなたがこの世を去った日から巻き戻り、三年前、あなたに出会った日に戻りました」
「え……? 僕が、死んだ……?」
颯は、三ヶ月後の未来までしか知らない。あのあと自分は、若くして命を落とすことになっていたとは。
「颯さんは、階段から落ちて頭を強打し、意識を取り戻せませんでした。二年九ヶ月ものあいだ、病院のベッドで点滴に繋がれて、まばたきひとつせず、眠っているようでした」
颯は不意に、巻き戻って諒大に再び出会ったとき、生まれて初めてまばたきを褒められたことを思い出した。
ごく普通に動いている颯の姿は、諒大にとっては二年九ヶ月ぶりのことだったのだ。諒大の目には、まばたきという何気ない動作のひとつも奇跡のように映っていたのかもしれない。
巻き戻り前の自分の末路など考えたこともなかった。そこに続く未来の存在を考えることをすっかり忘れていた。それはまだ存在しないと思っていたが、諒大はその先をすでに見ていたのだ。
「知らない……ぼくが入院していただなんて……」
颯が呆然としていると、諒大は「病院にいた二年九ヶ月の出来事は知らないんですね」と胸を撫で下ろすようにホッと小さく息を吐いた。
「そのほうがいい。世の中、知らなくてもいいことがあると思います」
「な、何があったんでしょう……?」
そんなふうに言われると気になってしまう。知らなくてもいいこととはなんだろう。
「俺が眠ったままのあなたにした、数々のことですよ。恥ずかしいこともたくさん言いました。よかった、颯さんがそれを知らなくて」
諒大の含みのある言葉に、諒大は眠っている颯にいったい何をしたのかと、さらに気になってしまうが、諒大はそこのところを詳しく話してくれる気はないようだ。
「諒大さん、憶えてますか? 今で言うと未来になっちゃうんですけど、六月二十五日のことです」
「憶えてます。その日は颯さんの誕生日でしたよね。レストランで食事をして、ショッピングモールの三階デッキを歩いてました」
「そうです。諒大さんと歩いてるとき、僕、あの階段から落っこちちゃって、それで、なんでかわかんないけど、三ヶ月前、ちょうど諒大さんと出会った日に巻き戻ったんです」
本当に不思議な出来事だと思う。でも、諒大とふたり、まるでお互いやり直せと神様に言われたみたいに、時を巻き戻ったのだ。
「諒大さんも、三年後、あの階段で滑って転んじゃったんですか?」
諒大はどのようにして巻き戻ったのか、気になって颯は問いかける。
諒大は、少し間をあけたあと、「俺は転んだんじゃなくて……」と言葉を返してきた。
「飛び込んだんです。あなたが亡くなった日、颯さんがいない世界に絶望し、あの階段から身を投げました」
「ヒェ……!」
そんなことはできない。あそこから飛び込むのは颯には無理だった。諒大はなんて恐ろしいことをしたのだろう。
「そこはまぁいい」
よくない。諒大のメンタルが心配だ。
「とにかく俺は三年前に戻ることに成功したんです。目の前に颯さんが倒れていたときは、めちゃくちゃ心配しましたが、動いて、話をするあなたを久しぶりに見たとき嬉しくて。これが夢だったとしても、この夢の中で生きていきたいと思いました」
たしかに出会った日、諒大は颯の身体をとても心配して救急車は呼んじゃうわ、颯のことをジロジロ見てくるわで、異常とも思える行動をとっていた。あれには諒大なりの訳があったのだ。
「巻き戻ったからには、俺は二度と同じ過ちを犯したくないと思いました。今度こそ、絶対に颯さんとの幸せな未来を手に入れてやると躍起になりました」
諒大は愛の告白とも取れるような発言している。
諒大の気持ちは佐江ではなく颯にあったのだろうか。だとしたら、諒大に確認したいことがある。
「ねぇ、諒大さん。諒大さんはどうしてプロポーズをなかったことにしたかったんですか?」
諒大が巻き戻っているならば、未来のことだが憶えているはずだ。颯はそれがずっと引っかかっていたから、あんなことを言った諒大の本心を聞いてみたい。
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