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第57話
「だから佐江と人の多い場所で芝居を打つことにしたんです。颯さんも見てたでしょう? さっき俺が佐江に派手にぶたれて振られたところ」
「あれって、演技、だったんですか……?」
「はい。わざと大勢の前で佐江に振られてみせました。ああすれば、佐江が俺を捨てたことになって、俺が誰と付き合おうとも、佐江が変な誤解を受けることもなくなります」
諒大の公開プロポーズは演技だった。佐江と結託して、自分たちにまとわりつく噂話を一蹴し、終わりにしようとしたのだ。
「でも、そしたら諒大さんが可哀想です……」
天下の御曹司が振られたなんてなったら、諒大の面目が潰れてしまうのではないか、諒大にもアルファとしてのプライドはあるはずだ。
あの場にいた、颯には聞こえた。
諒大を励ます言葉の中に、心無い人からの「いい気味だ。ざまぁみろ」という辛辣な言葉が混ざっていた。諒大を妬み、失敗を喜ぶ人の声。
「そんなことを言ってくれるの、颯さんだけですよ。俺は大丈夫です。少しくらい失っても、まだまだ持ってますから。俺はたくさんのものを持って生まれた御曹司アルファですよ」
諒大は微笑んでみせるが、その笑みが寂しそうに見えたのは、きっと颯の勘違いじゃない。
諒大を縛りつけるステレオタイプの『持って生まれた御曹司アルファ』という呪いの言葉。
諒大は持っているものも多いと思う。でもそのぶん、人一倍多く失ってきたのではないか。ときには人に騙され、ときには裏切られ、煌びやかに見えて実は利害関係ばかりの世界で、そのたびに心を痛めてきたのではないだろうか。
それでも『持ってるから』を理由に泣き言も言えず、ひとりきり耐えていたのかもしれない。
「これで俺と佐江の噂話はなくなると思います。さて、今度は俺が颯さんに質問していいですか?」
「えっ? あっ、はい……」
諒大の告白が凄すぎて理解の追いつかない颯は、急にハッと我に返り、慌てて返事をした。
諒大は身体の向きを正し、真っ直ぐに颯を見据えてきた。
「颯さんが本当に好きな人は誰なんですか?」
「え……」
「巻き戻り前、颯さんは俺と婚約してくれました。でも巻き戻ったあとの颯さんは、俺と付き合う未来をやり直そうとしていましたよね? 運命の番である俺を振って、いったい誰と結ばれたいと思ってるんですか。深い意味はありません。ただそいつの顔を拝んでやりたいだけです。どこのアルファ……まさかベータなんですか?」
「ええっ……!」
諒大は本気で言っているようだ。本気で、颯が自分でなくて他の誰かを想っていると考えているみたいだ。
颯は諒大から逃げた。そのせいで颯の気持ちが諒大に伝わっていない。
ずっと、ずっと、巻き戻り前から好きなのに。
「べっ、別に嫌ならいいですけど。俺は相手が誰でも、正々堂々と戦うつもりです。颯さんのことは諦めるつもりはありませんから」
ぶつぶつ言いながら少し膨れてみせる諒大は可愛い。愛おしくて、今すぐ飛びつきたいくらいだ。
巻き戻り前も、諒大は誠実に颯を想ってくれていた。婚約破棄なんてするつもりはなく、言い方とタイミングが悪かっただけ。
巻き戻り後、颯が逃げても諒大は精一杯愛を伝えてくれた。佐江とのことも考えて、振られる演技までしてみせた。
何度巻き戻っても、諒大は颯を愛してくれた。こんなに尽くしてくれる人は他にいない。
颯のたったひとりの、最高の運命の番。
「——僕が好きなのは、諒大さんです」
視線をそらさないで、真っ直ぐに諒大を見つめる。颯は心に決めてある。この人を大切にしようと。
「えっ? はっ? だっ、て……!」
諒大はめちゃくちゃ言いたいことがあるのにうまく言葉にならないのか、口をパクパクしている。
颯が諒大を散々避けてきたせいだ。諒大が気持ちを誤解するのも無理はない。
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