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第63話

「諒大さん。そ、そんなにじーっと見られると食べにくいです……あ、あの、落ち着かないし……」  午前十時。外は五月の晴天。諒大のマンションにも眩しいくらいの陽が注ぐ中、颯はダイニングで諒大の用意してくれたホットドッグとスープを食べているのだが、その間、諒大はニコニコと笑顔でそのさまを見つめてくる。  颯は、もぐもぐタイム中の動物の気分だ。食事をしているところを、身を乗り出してまでめっちゃガン見され、颯は落ち着かない。 「食べてるときの颯さんて、すごく可愛いんですよ? 俺、大好きで」  諒大はにっこり微笑むが、それは全然答えになっていない。見ないでと言っているのに、諒大はやめようとしない。 「あ、でもお風呂に入っているときの颯さんも好きです。湯船に縮こまって入って、顔だけ出して、まるで小動物みたいです」 「あは、あはは……」  颯は温泉に浸かってるカピバラじゃない。颯のアパートの浴槽が縦横ともに九十センチしかないから、小さくなって入る癖がついただけだ。 「でも一番可愛いのは夜かなぁ。あんなにフェロモンいっぱいに『早く来て』って颯さんに腰を振られたら、俺はもう颯さんの(とりこ)です」 「わーーっ! 言わないで……」  颯は恥ずかしくなって諒大の口を手のひらで覆う。  昨夜のことだ。三回目のセックスのときに、諒大が焦らして全然挿れてくれなくて、颯から誘ったのだ。  でも言い訳したい。あのときは諒大のフェロモンのせいで、淫らな気持ちが高ぶってしまい、我慢できなくなったのだから、あれは諒大のせいだ。  何も喋らないようにと諒大の口を手で塞いだのに、諒大はその手を掴んでちゅっちゅとキスを繰り返す。 「ちょっ……と! 諒大さんっ」 「好き。好き。たまらないほど好き」  颯が手を引こうとしても、諒大は全部の指にキスをしようとしているみたいで離してくれない。最後の小指に三回キスしたら、やっと手を離してくれた。 「颯さん、今日お休みですよね?」 「は、はい」 「じゃあ、一日中、俺と一緒に過ごしましょう。あとで買い物に行くのはどうですか? このマンションで使う、颯さんのものを揃えに行きましょう」 「えっ? なんでっ?」  諒大は当たり前のように言うが、それじゃまるで諒大と半同棲でもするみたいだ。まだ交際一日目だというのに。 「嫌ですか? 颯さんご自身で選んだほうがいいのかなって思ったんですが……。だったら俺が選んでおきます」 「あのっ、そうじゃ、なくて……」 「そっか。ネットショッピングか! ベッドでゴロゴロしながら買い物できるの最高ですものね! そうしましょう!」  ダメだ。颯としてはそんな贅沢はできないと思っているのに、諒大の頭の中には『買わない』という選択肢はないらしい。  でも、必要かな、なんて少し思う。  颯が今着ている服は、諒大の服だ。Tシャツはお尻まで隠れるくらいの完全にオーバーサイズだし、ハーフパンツも大きくて油断するとずり落ちてきてしまう。パンツにいたっては替えがないので履いていない。 「ネ、ネットショッピングがいいです……」  颯の服は洗濯中だし、明け方まで頑張ってしまったせいで少しだけ眠い。ここにいれば眠くなったらすぐに眠ることができるから。 「わかりました。じゃあ朝食が終わったら、ふたりでベッドに行きましょう」 「はい」  諒大の誘いに颯が頷くと、「今日は最高の一日です。俺はこの日を一生忘れません」と諒大が屈託のない笑顔をみせた。

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