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第64話

 颯は諒大の足のあいだに座り、後ろから諒大に抱きしめられる格好でベッドにいる。 「颯さん。これ、お揃いで買っちゃいませんか?」  諒大のスマホの画面をふたりで覗き込んでいる。諒大が見せてきたのは、夫婦茶碗と箸のセットだ。  モダンで和洋どちらにも合いそうな、飽きのこないデザインだ。ブルーグレーとピンクグレーの色違いの茶碗は『結婚のお祝いに大人気!』とうたわれている。 「箸に名入れができるみたいです」  諒大はノリノリだが、颯にはひとつ引っかかることがある。 「諒大さん。こういうものって、一緒に暮らしてる人が使うものなんじゃないですか……?」  颯のぶんの食器なんて邪魔なだけなんじゃないだろうか、と少し不安に思う。 「そうですね。いつかそうなれるように、希望も込めて買いたいです」  諒大は両手両足で、颯の身体をぎゅっとする。 「一日でも早くプロポーズできるように、俺、頑張りますね。今度こそ完璧なプロポーズをします」  諒大は颯のうなじに吸いつくようなキスをする。同時にアルファのフェロモンを出してそれを颯の身体に浴びせてくる。  これはアルファのマーキング行為だ。他のアルファに「このオメガは自分のものだ」と見せつけ、誇示するためのアルファの本能的行為。  こういうことは颯が気づかないうちにこっそりやってくれればいいのに、これみよがしにマーキングしてくるなんて。 「諒大さんたら……」  マーキングなんてしなくても颯の気持ちは諒大のもの。今すぐ番いたいくらい大好きだし離れる気もないのに。 「これから会うたびマーキングしますからね。颯さんは自分の魅力に気がついていないみたいですけど、颯さんをいいなと思ってる男は結構いますよ」 「えっ? いませんよ」 「います。俺がライバル偵察のために颯さんの仕事を代わったときのことです。その日だけで颯さんを狙ってる男を三人見つけました」 「嘘ですよ!」  颯の職場でそんなに興味を持っている人がいるとは思えない。本当に心当たりがないのだ。きっと諒大の勘違いだ。  それにしても、颯がヒートで休んだとき代わりを申し出た諒大は、まさか恋のライバル偵察のために来ていたとは思いもしなかった。 「颯さんも気をつけてくださいね。颯さんはもう俺の恋人になったんですから、誰にも渡しません。手ェだすならどんな手を使ってでもクビにしてやる……」  諒大から何か殺気立ったオーラのようなものを感じる。 「や、やめてくださいね……」  みんな真面目に働いているのに、公私混同して社員をクビにしてはダメだ。 「俺と颯さんは死ぬまで一緒です」 「わかりました。僕は諒大さんのものです。こうしてずっと一緒にいましょうね」  颯は諒大の首筋に頬を寄せ、それからチュッとキスをする。  すると、諒大の緊張が解けていくのがわかった。颯が諒大のもとを離れるわけがないのに、心配したのだろうか。  アルファの執着は、他のバース性の比じゃないとよく言われている。  その独占欲に、ちょっと引くときもあるけれど、諒大のそんなところだって大好きだ。 「颯さんとこうして一緒にいられるなんて幸せだ……」  諒大がぎゅうぎゅう抱きしめてくるから、颯は「ほら、諒大さん、買い物しなくちゃ」と諒大をたしなめる。 「そうでしたね。じゃあペア茶碗は購入決定です!」  カートに入れて、購入手続きをポンポン進めていく諒大を「待って」と颯は引き止める。 「僕のぶんは僕が買います。全部でいくらになりますか? 割り勘しましょう」 「え?」 「なんでそんな顔するんですか? ……えっと、エッ! 一万五百円……?」  百均でしか食器を買ったことがなかったのでその値段におののいてしまったが、これは諒大との記念の品だ。背に腹は変えられない。ここはケチケチしている場面じゃない。 「……颯さん。金銭面だけでも俺を頼ってもらえませんか?」  諒大はスマホの画面を切り替え、何やら数字の並ぶ画面を颯に見せてきた。 「これ、俺の投資の一部なんですけど、昨日はこれだけ稼ぎました」  諒大の指差す数字は桁が八桁。一千万円以上だ。 「いっ、いっせんまん……! これ、一日の稼ぎですかっ!?」 「はい。そうです。投資信託なので、利益確定とまではいきませんが、リスク分散はしていますし、安全な投資しかしていません」 「は、はぁ……」  こんなに大金を動かしておいて安全とは、諒大は元金をいったいいくら持っているのだろう。 「颯さんとは結婚したいので、俺の経済状況をお伝えしたいと思っています。これの他にもいくつも投資をしています。さらに室長としての給与も少なからずもらっていますし、将来俺は、親父の財産を相続することになります。なので今後は割り勘ではなく俺に払わせてください」  颯には返す言葉がない。経済状況がまるで違いすぎる。諒大はまだ二十六歳なのに、とんでもないお金持ちだ。 「決して颯さんを下に見ているわけではなく、俺といるせいで、あなたに経済的な負担をかけさせたくないという気持ちからです。今後の支払いはすべて俺に。いいですね?」 「は、はい……」  颯は心の中で参りましたと白旗を振る。御曹司の諒大には到底敵わない。

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