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第69話
諒大の実家は、とんでもない大きさの屋敷だった。
靴が百足は並ぶのではないかというくらいの広い玄関。そこにずらりと、この家で働く執事長にメイド、フットマンに清掃係がふたりを出迎える。
ダンスパーティーでも開けるんじゃないかと思うくらい広い客間。その奥には応接間。その他にも部屋がたくさんあるようだ。
颯には、夫婦二人暮らしでこんなにたくさん部屋が必要になる理由がわからない。とにかく一般的な家とはそもそも家の使用目的と規模が違うのだ。
応接間には、すでに諒大の両親が揃っていて、ふたりが来るなりソファーから立ち上がって出迎えてくれた。
「いらっしゃい」
微笑みかけてくれたのは、品のある紺色のワンピースを着こなすモデルみたいなスタイルの美人だ。どこか諒大に似ているダークブラウンの瞳は、颯を優しい眼差しで見つめている。
その美人は「諒大の母の京子 です」と綺麗な仕草で颯に挨拶をした。
「な、七瀬颯ですっ。と、歳は二十九歳で、来月三十になります。四月からカナハホテルの宴会調理課の洗い場で、あ、アルバイトを……」
しどろもどろになりながら自己紹介をする颯を、諒大の母親・京子は頷きながら優しく見守ってくれている。
「両親はいなくて、施設育ちで……特技は何も、ありません……」
自分で言っていて、これは諒大に釣り合わないプロフィールだなと恥ずかしくなってきた。
「諒大のことは? 好き?」
穏やかな顔で訊かれた。京子の真意はわからないけれど、颯は「はい」と頷く。
「諒大さん、優しいし、かっこいいし、頼りになるし、す、すごく好きです……。ぼ、僕だけじゃなくてみんなそう思ってると思いますけど、僕も、と、とても魅力的な人だなって……」
言いながら耳まで熱くなってきて、「言い過ぎました。すっ、すみません……っ」と手で顔を覆う。
それを見て、京子はフフッと声を出して笑った。
「ありがとう、息子のことを気に入ってくれて。この子、ちょっと強引なところがあるからあなたを無理矢理連れてきたんじゃないかって心配だったのよ」
「あ、はは……」
たしかに諒大は強引なタイプかもしれない。さすがは母親だ。息子の特性をよく知っているみたいだ。
「諒大。可愛い子ね」
京子ににっこり微笑まれて、颯はドキッとする。諒大が美形だから母親も美人なのかなと思っていたが、やっぱり美人だった。
「ああ。どこに連れて行っても、誰に紹介しても大丈夫、自慢の恋人だよ」
諒大と、諒大の父親までウンウン頷いている。ただの貧乏オメガなのに、自慢だなんて言われて颯は恐縮する。
「あの、僕、家柄も能力もないし、そ、それで諒大さんみたいな、こんな素敵な人とお、お付き合いしてもいいんでしょうか……」
諒大はいいと言ってくれても、両親はどう思っているのか気になっていた。諒大ほどのアルファだったら財閥のお嬢様だってお付き合いできるはずだ。
「運命の番なんでしょう?」
「えっ、あっ、はい……」
「じゃあ、諒大の相手はあなたしかいないのよ。アルファもオメガも、運命の人と結ばれるのが一番幸せなんだから」
諒大の母親は「ねぇ、将大 さん? 運命の番が一番よね?」と諒大の父親・将大に目配せする。すると将大は大きく頷いた。
諒大の両親は運命の番だと聞いた。だから貧乏オメガなのに、運命の番の颯に寛大なのかもしれない。
「諒大なんて運命の番じゃなきゃ結婚しないって、こんな小っちゃいころから言っててね。誰でも運命の番に出会えるとは限らないって教えても駄々こねて……」
「諒大さんが? 駄々こねるなんて……」
幼いころの諒大は、どんなに可愛かったことだろう。想像しただけで楽しくなる。
「駄々じゃない。あのときは、父さんと母さんが運命の番だから俺もそうなりたかっただけだよ」
諒大の反論に京子はフフッと上品に笑う。大金持ちの家だからもっとギスギスしているのかと思ったら、親子関係は良好みたいだ。
「諒大。よかったな。お前も運命の番に出会えて。お前は俺に似て運がいい」
諒大の父親は、諒大を見て満足そうに微笑む。
「ご両親がいないなら、私たちを本当の親だと思って頼ってね。うちにはアルファの諒大しかいないから、オメガの息子ができたと思うと嬉しいわ」
「そうだぞ。諒大が颯くんに何かしたら私に連絡をよこしなさい」
そんなことを言いながら諒大の父親は名刺を手渡してきたが、そう易々とカナハリゾートの会長に連絡できるわけがない。
「遠慮しないで連絡してね。私は諒大よりは時間があるから、あなたに会いに行くわ。カナハで働いているなら、今度ロビーラウンジでアフタヌーンティーでもしましょ?」
「えっ、そんな……! も、申し訳なくてっ」
社長夫人を呼び出して、のんびりお茶なんてしていたら、他の社員たちは卒倒することだろう。
「気にしなくていいのに」
無理だ。絶対に無理だ。社長夫人から呼ばれて自分が出向くならまだしも、逆は絶対に無理だ。
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