「父さん、母さん。俺は本気です。本気で好きになったんです。プロポーズはまだですが、颯さんとは結婚を前提にお付き合いしています。颯さん以外とは結婚しません。そのあたりをしっかり覚えていてください」 　諒大は颯の腰を抱き、両親にきっぱりと述べる。巻き戻り前の誤解が起きないように言っているのだろうが、ここまではっきり言われると、今まさにプロポーズされている気分だ。 　それが、なんだかとっても恥ずかしい。 （諒大さんと、結婚……） 　巻き戻り前は、誤解とタイミングの悪い悲劇から叶わなかった夢。 　それが、もしかしたら今度は叶うかもしれない。 （うへっ、うへへっ、諒大さんと結婚かぁ……） 　いつか見た、憧れのカナハホテルの絢爛な会場で披露宴をして、諒大の子どもを身ごもり、諒大似のかっこいい息子や可愛い娘と暮らす毎日。 　想像しただけですごく幸せそうで、颯の脳内の自分は、品のない笑い顔をしている。ついつい緩む顔から煩悩を悟られないように、颯は下を向く。 「まったく諒大は。交際してまだ二週間なんだろう？　こうすると決めたら頑なな奴だ。猪戸のときもそうだったな。あいつを自分の秘書にすると決めたら何がなんでも連れてった」 「ええ。俺は、俺の好きなように生きたい。颯さんは運命の番ですけど、それだけじゃない。俺が、自分の意思でこの人がいいと決めました」 　諒大の言葉が嬉しい。諒大は意思が強いから、運命の番でも自分が嫌だと思えば抗えたと思う。諒大は自身が望んで颯を選んでくれた。その事実が颯の胸にじんと沁みる。 　ニヤニヤできないから、颯は下を向いたままだが。 「ほら、諒大、ベタベタするのはやめなさい。颯さんが困ってるぞ！」 「嫌だ！　ずっと離れ離れだったんだ！　腰に手を回すくらいいいだろ！」 「ダメだ、結婚前なのにけしからん！」 「今どきそういうのは古い。そんな古い頭で、よく経営の最前線にいられるよなぁ？」 　なんだこの低レベルな親子ゲンカは。これが富豪ランキングに入るほどの敏腕経営者・将大と、エリートアルファの諒大のケンカとは思えないほどひどい。 　でもよかった。 　諒大の両親は全然怖い人ではなかった。諒大は御曹司だから、結婚となると一筋縄ではいかないこともあるだろうけど、ひとつひとつのことを頑張ろうと思った。 　その後、四人で食事をして、颯と諒大はこの家に泊まっていくことになった。 　諒大は諒大の部屋。颯には客間を当てがわれた。婚姻前だから同じ部屋はダメだと将大の独断で決定した。 　颯はゲスト用のバスルームを借りて、用意されていたルームウェアに着替える。さすがホテル王の家だ。ゲスト用の設備は、ホテルさながらのラグジュアリー感がある。 　ふかふかの白いベッドに入ってスマホを手に取る。 「諒大さんに電話、しよっかなぁ……」 　この家は広すぎる。同じ家にいるはずなのに、諒大がひとつ屋根の下にいる感じがしない。 　今日の感想だけでも諒大と話がしたい。今後のことも諒大と相談したい。 　諒大の名前を表示するところまではできる。でもその後、通話のところをタップできない。 「はぁ……」 　颯が大きなため息をついたとき、窓の外からドンッと妙な音がした。 「えっ？　何っ！？」 　風の音だろうか。それにしては妙だった。 　今度はドンドンと窓を叩く音。 （まさか、ドロボー！？） 　窓の強度を確かめてから、専用カッターで穴を開けて鍵を開錠しようとしているのでは……。 　颯は鈍器になりそうな分厚い本を手に、窓に近づいていく。 　思い切ってシャッとカーテンを開ける。そこには黒服の人影が——。