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第71話

「……っ!」  颯は息を呑む。  諒大だ。黒いコートを羽織った諒大がベランダに立っている。 「りょ、りょ、諒大さんっ」  慌てて掃き出し窓の鍵を開けて、諒大を中に入れる。 「ど、ど、どうして……!」  ここは二階だ。一階はかなりの天井高の建物で、諒大がどこから来たのかわからない。 「夜這いに来ました」 「よ、夜這いっ?」 「この部屋の外に見張りがいるんです。なので仕方なくベランダから」 「えっ、見張り……」  たしかに部屋に入る前、警備員みたいな格好の人を見かけた。あれはこの部屋の見張り担当の人だったのだろうか。 「ここは俺の実家ですよ? 家の構造は全部頭に入ってます。見張りを立てられようが、颯さんに会いに行くに決まってるじゃないですか」  靴と黒いコートを手際よく片付けた諒大は、颯のすぐ近くまで距離を詰めてくる。 「会いたかった……」  諒大に腰を抱かれて抱き寄せられる。愛おしそうな目で見られて、颯の心臓が高鳴っていく。 「諒大さん、夕食のあとまで一緒にいたじゃないですか」  諒大と離れていたのは、各々の部屋に戻ってシャワーを浴びて、寝る準備を整える二時間程度だ。それなのに「会いたかった」なんて諒大は大袈裟すぎる。 「あのときは父さんたちもいたから。こうしてふたりきりになれたのは久しぶりです」  言われてみれば、今日初めて諒大とふたりきりになった。 「そっか。そうですね」 「はい。やっと颯さんとゆっくりすごせますね」  諒大は颯の身体を包み込むようにして抱きしめる。 「諒大さんは、やっぱり僕とは生きる世界が違う人です。僕、頑張らなくちゃ。今のままじゃ諒大さんが恥をかいちゃいます……」  今日、この家に来て思い知った。  諒大は、使用人を何人も従えながら大豪邸で生活をしてきた。巨万の富を動かし、ホテルを経営して、上級階級の中で暮らす諒大と家族なんかになれるだろうか。 「颯さんは今のままで十分ですよ」  諒大は目線を揃えるようにしゃがみ、颯を真っ直ぐに見つめる。 「俺の生きる世界は殺伐としていて、悪いことを考えている人も狡猾に笑顔で近づいてくるような世界です。でも、颯さんだけはきっと染まらない。あなたは信念の強い人ですから、欲をちらつかされても、人を陥れたりしない。そういう人だって信じてますよ」  諒大に唐突に褒められて、颯は照れ笑いをする。  「そういう諒大さんこそ、すごく理性的だと思います」  颯が諒大を褒めると、諒大が「やだなぁ、褒め合いですか」とはにかんだ。 「俺、今日、颯さんが母さんに俺のことを好きかと聞かれて『好き』って答えてくれたとき、本当に嬉しかったです。颯さんにあんなに褒められて、俺、颯さんを抱っこしてぐるぐる回りたいくらいにテンション上がりました」  諒大のヘンテコな例えに、颯は可笑しくてアハハッと声を出して笑う。 「僕も、僕も諒大さんが本気だって、自分の意思で選んだって言ってくれて、う、嬉しかったです……」  恥ずかしいけど、素直に伝えたい。両親の前であれだけはっきりと愛情を示してくれて、あのとき、もうこの人しかいない、この人と結婚したいと心から思った。 「俺と颯さん、両想いですね」  満面の笑みで微笑まれて、颯はその笑顔に釘付けになる。 (か、かっこいい……)  諒大は恋人なのに、これ以上好きなれないと思うくらいに好きなのに、もっともっと好きになる。 「……颯さん、どうしました?」 「えっ、あっ……」  どうしよう。言葉がうまく出てこない。 (こんなとき、なんて言えばいいの、なんて言えば……) 「ぼ、僕、口下手で、あの、その……っ」  颯がオロオロしていると、諒大が颯のうなじに手を添えてきた。 「颯さん。コミュニケーションの方法は、言葉以外にもありますよ」 「えっ、えっ、わっ……」  あっという間に諒大に唇を奪われる。キスされたあと、腰を抱かれて抱き寄せられた。  それから額に、こめかみに、耳梁にくすぐったいキスをされ、再び唇に軽いキスをされた。 「俺の気持ち、伝わりますか?」  目の前には、いつもの優しい諒大の眼差しがある。  口下手だって、出来損ないオメガだって、こんな自分を諒大は愛してくれる。  諒大と一緒にいられる奇跡を、手放したくない。  颯は諒大の両頬に手を添え、目を閉じて諒大の唇にキスをする。 「ぼ、くの気持ち、つ、伝わりましたか……?」  恐る恐る目を開けて、諒大を見る。ぎゅっと諒大の服の裾を掴みながら。 「はい。伝わりました。颯さん、俺のことが好きだって、一緒にいたいって思ってる……」  諒大は優しくキスを返してきた。 「俺もです。颯さんが好きで好きで、四六時中、颯さんのこと考えてます」  諒大の熱い眼差しに、心が跳ねる。諒大のことがたまらないほど好きだ。 「諒大さん。あの、おねだりしてもいいですか?」  颯の控えめな声に、諒大は「いいですよ」と笑顔で耳を傾けてくれる。 「ぼ、僕が寝るまでそばにいてくれませんか?」  もういい大人なのだから、ひとりで眠れないなんてことはない。でも諒大がそばにいると安心して眠りにつくことができる。その瞬間は、この上なく幸せだ。 「わかりました。颯さんが寝るときまで一緒にいます」 「わぁっ!」  諒大に足元をすくわれて、ベッドの上に身体を放り込まれた。その上から諒大が覆い被さってくる。 「でもね、颯さん。俺、ここに夜這いに来てるんです。そんな男に対してベッドに誘うようなことを言ったら無事じゃすまないかもしれない」 「えっ……?」  驚いて半開きになった唇の隙間から、諒大が遠慮なしに熱い舌をねじ込んでくる。 「ん……っ、はぁっ……」  必死になって諒大を受け止める。最愛の恋人とのキスに、颯はどんどん夢中になっていく。  颯の口内を蹂躙しながら、諒大の手が颯の身体に触れてくる。その大きな手のひらに身体を撫で回され、次第に身体が高ぶっていく。 「あぁっ……! 諒大さんっ……!」  直接的なところに触れられ、颯は身体をびくつかせ、思わず声を上げる。 「静かに。颯さんにこんなことしてるのが見張りにバレたら、俺、この部屋から追い出されます」 「えっ……? あっ、んっ、んっ……!」  喘ぎ声をキスで塞がれ、諒大に身体を嬲られる。 「そろそろ、こっち、挿れていいですか……?」 「あっ、いっ……んうっ……」  颯の後孔は、諒大に指で弄られて淫らな愛液を垂らし、クチュクチュといやらしい音を立てる。 「でも……っ、声、出ちゃう……」 「頑張って我慢してください。夜這いに来た男を部屋に入れた颯さんが悪いんですから」 「あぁっ……! 諒大さんっ……!」  付き合うようになってから、夜はすっかり主導権を諒大に握られている気がする。 (でも、いいか。幸せだし……)  そう思ったのも束の間、颯はそのあと、アルファの有り余る精力に散々泣かされることになった。

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