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第73話

「颯さんて、スーツを着るとイメージ変わりますね」 「あっ、これ? あっ、ありがとうご ざいます、買ってもらっちゃって……」  今、颯が着ているのは諒大が「誕生日プレゼントに」と買ってくれたダークグレーのスーツだ。量産型就活スーツではない、しっかりとした生地のスーツだ。 「かっこいい。颯さん、綺麗な顔してるから」 「え……?」  颯は言葉を失う。綺麗な顔と褒められて、急に変な動悸がしてきた。  よりによって諒大に褒めてもらえるなんて。諒大に言われたら本当に綺麗なのかなと勘違いしてしまいそうになる。 「颯さんは自分の魅力に無頓着すぎます。だから俺がこんなに心配になるのに」 「しっ、心配なんて……」  心配なのは諒大のほうだ。カナハホテルの歩く広告塔・諒大はどこに行ってもモテるのに。 「颯さんはスーツを着て黙って立ってたら、すごく絵になりますよ」  諒大は微笑むが、颯には聞き捨てならない言葉があった。 「黙って立ってたらって、諒大さんっ」 「すみません、喋ると可愛いから。俺はかっこいい颯さんも、可愛い颯さんもどっちも好きです。好き。颯さんのこと、ホント好き」 「やめてください、こんなところで急に……」  ちょっと離れたところには、ギャルソン(給仕係)たちがこちらの様子をこっそり伺っている。それなのに、好き好き言われたらちょっと恥ずかしい。 「俺は颯さんのこと好きだし、あなたのことを幸せにしたいと思っています。そのためならなんだってやってやります。運命だって変えてみせるし、あなたに起こる不幸は俺が全部払ってみせます」  諒大はやけに真剣な面持ちで、いつもの諒大らしくないと思った。 「この先、何があっても俺が颯さんを好きだってことは忘れないでください」 「は、はい……」  そこで料理が運ばれてきて、話が中断した。ギャルソンに丁寧に料理の説明を受けて、分子調理だの、エスプーマだの訳がわからない颯だが、とりあえず見た目は綺麗で、おいしそうだ。  出てくる料理すべてが工夫があって面白く、ワクワクするコース料理だった。  レストランに行って、そのあとバーでお酒を嗜んで、タクシーで颯の家に着いたころには、二十三時五十八分だった。 「あと二分、このままお話しませんか?」 「あ、はい、じゃ、じゃあとりあえず中にどうぞ」  颯はアパートの鍵を開けて、諒大を中に入れる。 「あれ? オウム、喋らなくなっちゃったんですか?」  諒大は玄関に飾ってある、黙ったままの『おかえりなさいオウム』を見て首をかしげた。 「あ……電池切れです。新しい電池買わなきゃと思いながら、忘れてて」  それともうひとつ理由がある。最近は頻繁に諒大と電話で話をするから、一人暮らしでもあんまり寂しくないのだ。 「では、俺が代わりに。おかえりなさい、颯さん」  諒大は微笑む。その声は、オウムの何百倍も安心する声だ。 「ただいま、諒大さん……」  ふたり目が合って笑い合う。なんだか一緒に暮らしたときのための練習をしている気分だ。 「今日のデートはいかがでしたか? お気に召しました? それとも、ああいう店はあまり好みじゃないですか?」 「えっ! とっ、とっても楽しかったです! あんな不思議な料理、初めて食べました。あ、あの、ご馳走になっちゃってすみません。ありがとうございます」  慌てて返事をすると、「よかった。誕生日ディナーって店選び難しくて……気に入ってくれたなら安心しました」  諒大は突然「あ!」と声を上げ、持っていたカバンから何かを取り出した。  一輪の赤いバラだ。透明なビニールとピンクのリボンでラッピングされた一輪のバラを諒大は颯の目の前に差し出してきた。 「十二時になりました。お誕生日おめでとうございます、颯さん」 「あ、ありがとうございます……」  一輪のバラを受け取り、そっと匂いを嗅いでみる。ほのかに魅惑的な甘い匂いがした。 「一輪のバラは『運命の人』って意味があるらしいです。俺と颯さんは運命で結ばれてますからね」 「そうですね。本当に奇跡みたいです……」  諒大みたいな最高のアルファと出会って想いを通わせることができるなんて奇跡だ。諒大に出会って颯の人生も、考え方も、大きく変わった。 「時を巻き戻って、颯さんと出会って、本当に楽しい三ヶ月間でした」 「僕もです。諒大さん、たくさん追いかけてくれて、僕のことす、好きって言ってくれてすごく、嬉しかったです」   全部、全部、諒大のおかげだ。諒大に出会えたから、今の自分がある。諒大がそばにいてくれるから、強くなれる。

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