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第75話
諒大を見送ったあと、二度寝をした颯は、シャワーを浴びて食事をして、アルバイトに出掛ける。
今日もつつがなく勤務を終えて帰路へつき、いつもの電車のホームでベンチに座り、電車の到着を待っていたときだ。
颯はスマホの着信にハッとする。
「猪戸さん……?」
連絡先は交換したものの、猪戸から連絡なんて来ないだろうと思っていた。まさかの相手からの着信に、颯はぼんやりとした思考を叩き起こす。
『突然の連絡、申し訳ありません。今、室長と一緒ではありませんか?』
「室長……諒大さん? 諒大さんとは一緒じゃありませんけど……」
『私は室長から、今日はあなたの誕生日だからデートをすると聞いていたのですが……』
「えっ……それは昨日の話です。昨日は一緒にいました。今日は、諒大さんは仕事だって……」
『最後に室長に会ったのはいつですか?』
「え……何時だったんだろう……。今朝までは一緒にいました。朝早くにいなくなっちゃいましたけど。諒大さんがどうかしたんですか?」
『実は室長の行方を探しています。朝からずっと連絡も取れなくて……何か、心当たりはございませんか?』
「行方、不明なんですか……?」
嫌な予感がする。あの諒大が猪戸と連絡を断つことなどあるだろうか。
『着信にも応じません。スマホの電源を切っているようです』
「嘘でしょ……!」
『何かわかったら、私に連絡をください。よろしくお願いします』
用件だけを伝えて、猪戸からの着信は呆気なく切られた。
颯は居ても立っても居られない。
「諒大さん、どうしたんだろ……」
颯はすぐに諒大に電話をする。だが猪戸の言うとおり電源が切られているようだ。
メールをするが、返事はない。
「なんで……」
そういえば昨日の諒大の様子がおかしかったことを思い出す。あの違和感は、なんだろう……。
(まさか、諒大さん……!)
颯は素早く立ち上がり、改札へと続く下り階段目指して駆け出した。
(なんで僕はあのとき気がつかなかったんだろう!)
今日は六月二十五日だ。それは颯が階段から派手に落っこちて、巻き戻った日。
未来を変えるなら、この日を乗り越えなければならない。
——そして、あの最悪な結末です。目を覚まさない颯さんは、決していい状態とは言えなくて。できるなら颯さんと代わりたいと何度思ったことか。
いつかの諒大の言葉が頭の中に鮮明に蘇ってくる。
(まさか、僕と運命を入れ替えようとしてる……?)
巻き戻り前、階段から落ちた颯は、二度と目を覚まさない状態で数年後、命を落とした。
その間、諒大は何度も、颯と代わりたいと願ったと言っていた。
(運命って、そんな簡単に変わらないんじゃないの……?)
信じられない。信じたくもない。
でもこの巻き戻りは、颯が入院しているあいだ、諒大がずっとずっと願って起こした奇跡だったのではないか。
その奇跡には代償があって、諒大は颯の不幸な未来を変えるために、自らを犠牲にすることを考えていた……?
「りょ、たさん……」
だとしたら諒大がいる場所は、おそらくあのショッピングモールの階段だ。
「諒大さん……っ!」
颯の口から悲鳴にも似た声が漏れる。
間に合え、間に合え、と颯は急いで諒大のもとへと向かう。
駅の階段までヘアピンカーブ。コーナーギリギリを攻めて、最速で駆け下りるつもりだった。
「ゔぇっ!?」
周りなんて見ちゃいなかった。駅の階段へと踏み出したとき、カーブからの惰性のせいで、手摺りを掴むことすらできなかった。
颯は足を踏み外して、真っ逆さまに階段を転がり落ちて——。
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