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第76話

「颯さんっ!」  聞き覚えのある声。突然目の前に現れたその声の主は、迷うことなく颯の身体を全身で抱き止めた。そのままふたり一緒に階段を転がり落ちていく。  この温もり、この匂い、一瞬目を開けて見たその姿は、紛れもなく諒大だ。  颯もパニックの中、目の前にいる諒大を庇う。諒大の頭を覆うように必死で手を伸ばして、心の中で強く願う。  この人だけは傷つけたくない。不幸な運命の代わりになどしてたまるか。  絶対に、絶対に、今という時間を諒大と一緒に生きていきたい。  気がつけば、諒大とふたり抱き合ったまま駅の階段の最下層に倒れていた。  意識ははっきりとしている。諒大とふたり階段を落ちたことも覚えているし、右手にズキズキとした痛みがあるが、特段問題はなさそうだ。 「諒大さんっ!?」  颯の目の前には、目を閉じたまま動かない諒大の姿がある。 「起きて……諒大さんっ、起きて!」  右手が思うように動かないから、左手で諒大の頬を打つが、まったく反応がない。 「嫌だ、諒大さんっ、嫌だ……」  諒大を身代わりにしてまで生き残った人生なんていらない。  諒大のいない世界をひとりきりで生きていて、そこに何の意味がある……?  会話もできない、意識のないままの諒大を二年九ヶ月見守って、看病の甲斐なくそのままこの世を去られたら。 (そんなことになったら、絶対に飛び込んでやる!)  何度だってやり直してやる。時を巻き戻って、諒大と出会ったあの日に戻ってみせる。 「大丈夫ですか! 救急車が到着しましたよ!」  駅員に言われて、颯が顔を上げると、こっちへ向かって救急隊員たちがストレッチャーを持ってやってくるのが見えた。  颯の目の前で、諒大の体がトリアージされストレッチャーに乗せられた。 「僕もっ、僕も一緒に行きます!」 「ご家族の方ですか?」  救急隊員にそう訊ねられ、颯は迷わず答える。 「はい、家族です! アルファとオメガの夫夫なんです! お願いだから諒大さんを助けて……」  颯は立ち上がり、縋るような思いで諒大のいるストレッチャーにしがみついた。

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