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第78話
(もしかして……!)
颯が再び諒大に視線を向けたときだ。
「……キスしたら、目が覚めるかもしれませんよ。感染症とか現実的なこと言ってないで、お願いします、颯さん」
「…………っ!!」
諒大が喋った。目を閉じて動かない状態で意識のない病人を装いながら、諒大が喋った!
「ほら、王子様が待ってますよ……」
病人のふりをしている諒大は、相変わらず目を閉じたまま。
そのくせ、自分で自分のことを王子様とのたまっている。
「何のためにわざわざ個室にしたと思ってるんですか……」
裏事情をいきなり暴露され、思わず笑ってしまいそうになる。とりあえずキスをしないと諒大は目を開けてくれないらしい。
颯は、ベッドに横になっている諒大へと近づいていく。
諒大は端正な顔をしている。綺麗に揃った長いまつ毛に、筋の通った鼻梁のラインも完璧。そして形のいい唇も、そういえばツヤツヤで血色がよく、全然病人ぽくない。
諒大は涼しい顔のまま、動かない。颯からのキスを待っているようだ。
「諒大さん、起きて」
諒大の唇に触れるだけのキスをする。すると諒大がゆっくり目を開けた。
「颯さん、泣いてる……」
諒大の手が伸びてきて、颯の頬に触れる。温かい諒大の手は、颯の涙を拭った。
「だって、だって諒大さんがいなくなっちゃうと思ったから……」
「俺が颯さんの前からいなくなったら、颯さんは泣いてくれるんだ……」
「当たり前でしょ!」
悔しくなって、諒大の肩を叩く。人がどれだけ心配したかも知らないで、そんなことを言うなんて。
「颯さん。右手、怪我してる。必死であなたを守ったつもりなのに、申し訳ありませんでした」
「違うでしょ、僕が勝手に転んだのを諒大さんが助けてくれたんだよ? 本当だったら僕は今ごろ目を覚まさなくて、二年九ヶ月後には死んじゃって、それを、その未来を変えてくれたのは諒大さんだよ。僕は元気だから。巻き戻ってもいない。全部覚えてるんだから!」
人を助けておいて、指の骨折だけで済んだのに、何が申し訳ないものかと颯は諒大に文句を言う。黙ってなんていられない。一歩間違えば諒大が危なかったのに。
「ねぇ、諒大さんは無事なんですか? どこか悪いところは? 誤魔化さないで正直に教えてください。僕は心配でたまりません!」
颯はすごい剣幕で諒大を責めているのに諒大は「颯さんは可愛いな」などととぼけたことを言う。
「俺は軽い脳震とうを起こしただけです。検査の途中で意識は戻りましたし、大きな怪我もないです。ただ、今日一日は入院したほうがいいと言われて、そのように」
「起きてたなら、早く目を開けてよっ」
「すみません、颯さんが俺のために必死になってくれてて、それが嬉しくて、目を開けるタイミングを失いました。それに、このまま黙って目を閉じていれば、颯さんが俺にキスしてくれるかなって、ちょっと期待したのもあります」
弱々しい笑みを浮かべながら、そんな冗談を言う諒大をみて、人の心配を考えずになんてことをするんだと悔しくなる。
「バカ……バカっ!」
颯は諒大の胸をポカポカッと叩く。
「ごめんなさい……」
「バカ! こんなことして、許さないんだから、許さない……僕がどれだけ心配するか、考えなかったのっ!」
安心したら、急に涙が溢れてきた。泣きながら諒大の胸に寄り添うように顔をうずめる。
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