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第79話
「ごめんなさい。でも嬉しいです」
颯の髪を諒大が優しく何度も撫でる。
「俺、ずっとこの日が怖かったんです。俺の行動によって、巻き戻り後の未来はどんどん変化していきました。でも、颯さんを失った六月二十五日だけは怖かった。だから何が起きても後悔のないように、準備だけはしておこうって考えて。誕生日のデートも一日早くして、後悔のないように過ごそうと思いました」
「うん、うん……」
颯は諒大にしがみつく。諒大に身を寄せていると、トクントクンと諒大の心音が聞こえる。その音を聞いているだけで、諒大が生きているんだってすごく安心する。
「巻き戻り後、同じことが起きるとは限らない。あの場所に近づかなければいい。そう自分に言い聞かせて今日を過ごしていましたが、夜になるにつれ、不安で仕方なくなりました。巻き戻り前、颯さんが落ちた時刻が夜だったからです。それで俺は颯さんを慌てて追いかけ、駅の階段を上がっているとき、突然颯さんが現れて落っこちてきたんです」
「すみません。僕、失敗ばかりで……」
「いいえ。医者に言われたんです。階段から落ちたとき、颯さんが俺の後頭部を手で庇ってくれたから、大事にはならなかったって。ふたりで抱き合って落ちたから、俺たちはふたりとも助かった。未来が変わったんですよ、これから先、颯さんとずっと一緒に生きていける未来に」
愛おしそうに諒大に抱きしめられる。諒大と抱き合っていられる奇跡が嬉しくてたまらない。
あのとき諒大が来てくれなかったら、颯は再び長い入院生活を送っていたかもしれない。諒大ひとりで運命の代償を抱えていたら、颯が諒大をかばうことができずに、諒大が悲惨な状況になっていたかもしれない。
今回は、ふたりいっぺんに落ちたから、未来が変わったのだ。
「諒大さん。もしかして僕の不幸な運命の身代わりになろうとした……?」
「さぁ。あのときの俺は考えるより先に身体が動いていました。颯さんを守らなくちゃって、それだけを思っていました」
そうだ。諒大にだって、いつどこで何が起こるかはわからなかったはずだ。
諒大がたとえあの階段から飛び降りたとしても、颯は助からなかった……?
「俺、颯さんのためなら喜んで身代わりになりますよ? でも、俺が目指したのは、颯さんとふたりで生きる未来です」
「そ、っか。そうですか……」
「はい。両親にも会わせて、結婚をほのめかしておいて、さっさと死んだら無責任にもほどがあります。俺にはなんとしてでも生き残って颯さんを幸せする義務がありますから」
よかった。さすが諒大だ。諒大はどんなときも、颯のことを第一に考えてくれている。
「颯さん」
颯を抱きしめていた腕を緩めて、諒大が颯の顔を見つめてきた。
諒大はきちんとまばたきをしている。ダークブラウンの澄んだ瞳は、意味深に微笑んだ。
「指輪も持ってないし、病院のベッドで寝たままだし、ロマンチックさもなにもないんですが」
「は、はい……」
諒大の熱い眼差しに、颯は目が離せない。
「俺、今日という日を乗り越えられたら、あなたにプロポーズしようと思っていました。全然格好つかないんですが、今、プロポーズしていいですか? 一秒でも早くプロポーズしたいんです」
「はい。こんな僕でよければ、よろしくお願いします……」
颯が応えると、諒大に「プロポーズの言葉はまだですよ」と笑われる。
「あっ……! ごめんなさいっ、間違えちゃった」
早とちりしてしまって恥ずかしい。プロポーズされる前からオッケー出すなんて、どれだけ諒大と結婚したいとがっついているんだか。
「いいですよ。嬉しいです。でも、改めまして——」
諒大はひと呼吸おいて、言葉を続ける。
「颯さん、俺と結婚してください。何があっても、必ずあなたを幸せにします。あなたをひとりにはしない。時を巻き戻ってでも、何度だってあなたの目の前に現れて、ずっとそばにいますから」
少しのよどみもない。はっきりとした言葉に、諒大の強い決意を感じる。
諒大の真っ直ぐな視線。優しく微笑む唇。温かい手も、何もかもが大好きだ。
「はい。諒大さんと結婚します。大好き、大好き……」
「俺も大好きです。颯さん」
それから濃厚なキスが始まったところで、看護師の病室ノックで離されてしまったのは、ここは病院だから仕方がないこと。
看護師がいなくなったあとに、再びキスの続きが始まったことも、ふたりは相思相愛なのだから仕方がないことだ。
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