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第80話 運命の番
「はぁっ、はぁっ……! 苦しい……っ」
颯はひとりきり、ウォークインクローゼットに閉じこもっている。
諒大のパジャマやルームウェア、スポーツ用のサッカーユニフォームにゴルフウェア、ビジネススーツ。諒大の匂いがする洋服たちを集めて、不細工なオメガの巣を作って、そこに身体を縮こませてうずめる。服をぐちゃぐちゃにして申し訳ないと思うのに、苦しくて耐えられない。
「諒大さん、早く帰ってきて……」
こんな日に限って、諒大は沖縄出張だった。それでも『ヒートになったかもしれない』と諒大に連絡したら、一週間の予定だった出張を二日目で取りやめて、こちらに向かうと沖縄にあるカナハのリゾートホテルから連絡をもらった。今ごろ諒大は飛行機に乗っているのかもしれない。
諒大と運命の日を乗り越えて、諒大が退院したあと、颯は諒大と一緒に暮らすことになった。
暮らすというのには少し語弊があるのだが、利き腕の右手指を骨折した颯の世話をする、という名目で諒大が父親を説得、颯は諒大のマンションに移ってきたのだ。
それから三週間、指はほとんど治ったのに諒大は「無理はいけません」と颯をアパートに返そうとしない。
でも、よかった。颯は突然のヒートを迎えることになり、今はどこにも出られない。諒大の服を抱きしめながら、ただひたすらに諒大の帰りを待っている。
「はぁっ……ふ、うぁ……!」
巣作りなんてしたことがなかった。諒大の服に包まれていると、ひとりで乗り切るヒートよりもかなり楽だ。オメガの巣の中で目を閉じれば、まるで諒大がそばにいるかのような気持ちになる。
でも下半身が疼いて仕方がない。淫らに腰を揺らして、必死に耐える。
「うっ……あっ、あっ……」
諒大が帰ってくるまであとどれくらいかかるのだろう。この時間が途方もなく長い時間に感じる。
颯が必死で耐えていると、バタバタと足音が聞こえてきた。
(まさか諒大さん……?)
颯が連絡して、すぐに折り返し沖縄のリゾートホテルにいた諒大から連絡があって、それから数時間しか経ってない。
諒大の帰りは今日の深夜だと思っていたのに。
「颯さんっ!」
勢いよくウォークインクローゼットのドアを開けられて、ハッとする。
ぐっちゃぐちゃの諒大の服。はぁはぁと息を切らしながら、なりふり構わずヒートに耐えているみっともない姿。こんなひどいところを諒大に見られたら、幻滅されるに違いない。
「ごっ、ごめんなさい……苦しくて……うわっ!」
「遅くなってすみませんっ」
諒大がオメガの巣の中に飛び込み、いきなり抱きついてきた。
「颯さんたら、いつもここに隠れて、どれだけクローゼットが好きなんですか」
「だって……だって……」
諒大に言われて颯は返答に困る。諒大のクローゼットはオメガの颯にとってたまらない場所だ。諒大の服に囲まれていると落ち着くな、と思っているうちに、気がついたら服を引っ張り出して巣作りしていた、というのが答えで、もはや本能による行為だ。
「俺の服がそんなに好き?」
颯が諒大の服を抱きしめるさまを見て、諒大が微笑んだ。
「可愛いなぁ。可愛すぎます。俺の匂いで颯さんは気持ちよくなってくれるんだ……嬉しいです」
服をぐちゃぐちゃにしたことを、諒大は咎めない。それどころか「巣作りしてくれて、ありがとうございます」と颯を再び抱きしめてきた。
諒大の服に囲まれて、諒大に抱きしめられる。颯にとってフェロモンでクラクラしてしまいそうなくらいのシチュエーションだ。
「諒大さん、すごく早い……無理して帰ってきたの……?」
「当たり前じゃないですか。颯さんが苦しんでいるんだから、一秒でも早く帰らなくちゃ。これが最速です。空港まで車を飛ばして、一番に離陸する飛行機に乗りました」
ヒートの周期が不安定な颯は、ある日突然ヒートになるのだ。それはパートナーであるアルファにとっては非常に面倒くさいことだと思うのに、諒大は嫌な顔ひとつせずに颯のもとに飛んで帰ってきてくれる。
それがとても嬉しく思うし、これから先も諒大がパートナーなら颯のことを悪く思うことなく助けてくれると安心する。
「すごい量のフェロモンですよ。ドアが閉まっているのに、颯さんがここにいることがわかりました。すぐにベッドに運びますね」
颯は軽々と諒大に持ち上げられ、寝室のベッドに丁寧に下ろされた。
「理性を失わないうちに、颯さんに確認したいことがあります」
諒大は颯を押し倒すようにして、ベッドに上がり、颯の両脇の下に手をついた。
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