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第83話

 昼か夜かもわからない。目が覚めれば諒大と交わって、疲れたら眠って、食事さえもままならない生活を続けていた。  やっとヒートの熱が収まってきたころのことだ。バスルームで諒大に後ろから抱きしめられるみたいな格好で、颯は頭から足の指のあいだまで丁寧に身体を洗われていた。  颯は何もしない。諒大に任せてほしいと言われているからだ。颯は、諒大の胸に寄りかかって、諒大に身を委ねるだけ。 「颯さん。番っちゃいましたね」  諒大は颯のうなじにそっと触れてきた。そこには紛れもなく諒大の噛み痕があって、ふたりが番になったことをはっきり示している。 「夢じゃない……ですよね。僕、諒大さんの番になったの……?」 「ええ。颯さんのフェロモンは俺にしか効かなくなりました。これで、もう他のアルファを誘うことはできませんからね」 「そんなこと、しないよ……」  番になる前から多少あったと思うが、番になったせいか、他のアルファになんてまったく興味が湧かない。  颯の生きる世界線には、諒大以外のアルファは必要ない。諒大がいないなら、番はいらないと本気で思っている。 「いつだって浮気するのはアルファです。オメガは一度番ったら終わりだけど、アルファは簡単に番を捨てられるんですよ?」  颯が意地悪く言うと、諒大は「俺がっ? 颯さんを捨てて他のオメガと浮気っ?」と素っ頓狂な声をあげる。 「冗談でもそんなこと言うのやめてください。俺、颯さん以外は絶対に好きにならない。生涯を颯さんと生きるって決めてるのに、颯さんと離れるなんて嫌だ……寂しくて耐えられません……」  諒大は颯を抱きしめてきた。でも、ふたりの身体は石けんでツルツルしているので、うまくくっつかない。 「颯さんにとって、どこまでが浮気、なんですか?」 「えっ?」 「浮気の定義って人によって違いますよね。俺にとって浮気ではなくても、颯さんは浮気だと思ったら、俺は颯さんに捨てられてしまいます。だから確認しておきたい。どこからアウトですか?」 「えーっ、と……」  これは、諒大がどこまでしても許せるかということか。  どこまでならいいだろう。  例えば諒大が他のオメガと身体の関係を持ったとして、それを許せる……?  一夜の過ちを犯した諒大が、「本当に俺が愛しているのは颯さんです」と泣いて謝ってきたら、それを受け入れる? それとも諒大と別れる? 「……許します」 「えっ? 何を?」 「た、たまになら……ちゃんと誠心誠意謝ってくれたら、ひと晩くらい……。いっ、嫌だけど、諒大さんがいなくなっちゃうほうがもっと嫌だから我慢します……」  言ってて涙目になってきた。諒大が他のオメガに欲情してる姿なんて想像したくもない。でも、そんなことくらいで諒大と別れる気はない。ちゃんと颯のことも愛してくれるなら、諒大のことを受け入れる覚悟だ。 「待っ、はぁっ? 颯さん、ひと晩って、そんなの完全アウトでしょっ? もっとこう、ふたりきりで食事をしたらアウトとか、プライベートで連絡先を交換したらアウトとかそういうレベルで……えっ? 泣いてるっ?」  颯がひっくひっくと肩を震わせていたから諒大が慌てて颯の顔を覗き込んできた。颯の泣き顔を見て気の毒なくらいに驚いている。 「ごめんなさい、俺が変なこと聞いたから……颯さんが寛容なことはすごく伝わりました。俺がちゃんと自重して行動しますっ、だからこんなことで泣かないで……」 「こんなことって、諒大さんが他のオメガと浮気するのは軽いことじゃない。大変なことです!」 「してない、してない。絶対にしませんよ。想像だけで泣いちゃうなんて颯さんは……」 「だって、だって……」  自分でもびっくりした。でも涙が溢れてしまったことは、自分の意思ではどうしようもない。 「わかった。わかりました。颯さん」  諒大は真っ正面から颯の顔を見つめてきた。 「颯さんは本当の自分が嫌だと思うラインと、我慢できるボーダーラインに大きく差があるんですね。だから、おねだりしてください」 「おねだり……?」 「はい。他のオメガには目もくれるな、肩に触れるようなスキンシップも許さない。手繋ぎやキス、身体の関係なんてもってのほか。そうだなぁ……オメガとふたりきりで食事に行くのもやめます。仕事だとしても、今後は距離を取らせてもらうようにします」 「えっ……?」 「まだ足りない? いくらでもおねだりしてくれていいですよ? 俺のすることで、颯さんを不安にさせたくない。そのためならなんだってやりますよ」  諒大の目は本気だ。この言葉は決してうわべだけのものではなく、颯が望めばどんな条件でも受け入れるつもりらしい。 「じゃ、じゃあ……あの、えっと……」  颯はゆっくりとしか話せない。それでも諒大は静かに颯の返事を待ってくれている。  大丈夫。颯の目の前にいるのは諒大だ。  ありのままをさらけ出せばいい。自分の心の中に閉じ込めている気持ちをぶつけても、諒大ならば大丈夫。  本当の自分を押し殺すのはもうやめよう。頭では我慢できる、耐えられると考えても、颯の身体は震えたり、涙を流したり、いつだって拒絶反応を示していた。 「本当は、諒大さんが他のオメガとイチャイチャするの、すごく嫌です。諒大さんがさっき言ったこと、それを守ってくれたら嬉しい……」  おこがましいと思いながらも、本当の気持ちを諒大にぶつける。諒大がそうしていいと言ってくれたから。 「はい。そうします。颯さんが不安に思う行動はとりません。こんなことするのも颯さんだけ——」  諒大はゆっくりとしたまばたきで、颯に頷いてみせる。  それから、まるで自らの言葉に誓いを立てるように、颯の唇にキスをした。

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