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番外編『ふたりの願い事』
番外編『ふたりの願い事』
今日は四月二十五日。颯のアルバイトは休みだ。でも飲み会のとき、その場の流れで諒大とカフェに行く約束をしてしまったのだ。
しかも颯は、やらかしてしまった。
人気店だから諒大が十一時に予約をしていたのは知っている。それに遅れてはいけないと、最寄り駅での待ち合わせ時刻の十分前に到着する電車に乗ることにした。
でも、なぜか乗り換えがめちゃくちゃスムーズにいってしまい、駅に着いたのは約束の時間の二十五分も前だった。
(すごい気合いが入ってる人みたい……)
渋々、諒大とのデートをするはずが、こんなに早く到着したらすごく楽しみにしていたみたいで恥ずかしい。
でもこれからカフェに行くのに、時間潰しに駅前のスタバに行くのも嫌だ。
(お店に入ったらお金かかっちゃう。ここで立って待ってればゼロ円……)
颯のお財布事情により、颯はひたすら諒大をここで待つことに決めた。
(諒大さんはどういうつもりで、僕とデートなんか……)
諒大は忙しいはずだ。いくら岸屋を就活に誘ったのが諒大とはいえ、代打で颯とカフェに行く必要なんてない。
「はぁ……」
颯は大きなため息をつく。諒大とは距離を置きたいのに、どうしてこんな目に遭うのだろう。
颯に自覚はある。会えば会うほど諒大に惹かれていく自分の気持ちに。
(このままじゃ巻き戻り前みたいに諒大さんのこと好きになっちゃうよ……)
相手は誰もが羨む美形御曹司。颯は、出来損ない貧乏オメガ。たとえ運命だったとしても、うまくいくはずがないほどの人なのに。
「颯さんっ」
「うわ!」
急に背後から声をかけられ、颯はビクッと跳ねた。
声の主は諒大だった。諒大はいつものスーツ姿ではなく、今日は白Tシャツにグレーのチノパンといったラフな格好だ。腕時計だけはいつもと同じ、重厚なステンレスが輝くお高そうなもの。諒大のプライベートな姿を垣間見た気がして、少しだけ嬉しく思う。
「早いですね! 俺、二十分前に着いたのに、颯さんに負けてしまいました」
諒大は左手首の腕時計を見ながら微笑む。負けたと言っているくせにとても嬉しそうだ。
「あっ……。べ、別に楽しみにしてたから早く来ちゃったんじゃなくてっ、たまたまですっ、たまたま早くなっちゃっただけでっ」
颯が必死で弁明しているのに、諒大は「可愛いなぁ」とまったく話を聞いていない様子だ。
「予約の時間までまだ早いので、近くの神社に散歩がてらにお参りに行きませんか?」
「神社ですか?」
「はい。縁結びの神社です。歩いて二、三分ですよ? そんなに大きな神社でもないのですぐにお参りできます。どうですか?」
「縁結び……」
縁結びといっても深く考えることはないんじゃないだろうか。友達同士で縁結びの神社に行って、それぞれの恋愛成就を願ってきたということもあるから、諒大とふたりで行ったからといってそれが意味を持つことはない。
「わ、わかりました。散歩のつもりで、深い意味はなく、お参りしたいと思います……」
「深い意味はなく……ね。はい。かしこまりました」
諒大はにっこり微笑み、「道案内しますね、こちらです」と颯に手を差し伸べてきた。
一瞬、誤って諒大の手を取りそうになったが、颯はすぐに手を引っ込め、代わりに自分のジャケットの裾をぎゅっと握る。
その様子を見て、諒大は小さく息を吐き、「ついてきてください」と歩き始めた。
「はい」
颯は諒大の一歩後ろを行く。隣を歩くのも、少し恥ずかしくて、道幅が狭いことをいいことに、ちょっとだけ後ろを歩く。
(諒大さんて背、高いなぁ……)
諒大が前を向いているから、そのぶんじっくり諒大を観察できる。
諒大はかっこいい。すらっとした体格に見えるのに、実は腕もガッチリしていてヒョロっこい颯とは大違いだ。
(あの腕で抱きしめてもらえたら……)
そんなことを考えて、これはいけないと颯はかぶりを振る。諒大を求めちゃいけない。諒大とはこれきりにしなければ。
「颯さん、見えてきましたよ、鳥居」
諒大の指差す方向には朱色の鳥居が見える。諒大の言う通りそこまで大きくはない神社のようだった。
ふたりで礼儀にならってお参りをする。諒大はパンパンと二拍手したあと、長く祈っていた。
それを薄目で見ながら颯も願いを込める。
この願いは、叶うはずはないと知っている。
それでも、神さまに願うことくらいは許してほしくて、声にも出さずに静かに祈る。
終わったあと、諒大に「何を願いました?」と訊ねられた。
「えっ? な、なんにも願ってないですっ、ぼーっとしてただけ!」
慌ててしまい、また訳のわからないことを言ってしまった。人とうまく会話をするのことは颯にとって難しい。
「りょ、諒大さんは? ずいぶんと熱心に祈ってましたけど……?」
「俺ですか? 決まってるじゃないですか、ここ、縁結びの神社ですよ?」
「あ……。そ、うですね……」
諒大は誰を思い浮かべたのだろう。誰と縁を結びたいと思ったのだろう。
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