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番外編

 予約の十一時になり、諒大とふたりでカフェにやってきた。平日の昼間なのに、この店は予約で満席、かなりの人気ぶりだ。 「颯さん、奥へどうぞ」  諒大はふわふわのソファー席を颯に譲る。自分は颯の向かいの木製の椅子に座り「颯さん、何食べたいですか?」とメニューを見せてくれた。 「せっかく来たんですから。この人気ナンバーワンのクマちゃんチーズバーガーにしますか?」 「そうします。可愛いですものね」  岸屋に教えてもらったのもハンバーガーだったし、周りを見ると客の八割がこのメニューを頼んでいるみたいだ。長い物には巻かれておこう。  諒大はスマホで簡単に注文を終えてから、颯に微笑みかけてきた。 「俺、あのあと反省したんです。颯さんのせっかくの休みなのに、俺が無理矢理予定を決めちゃったって。だから、お詫びの意味を込めて、奢らせてもらうことってできますか?」 「お詫びだなんて……」 「わかってますよ。颯さん。俺の顔見てため息ばっかりついてます。代打ですみません」 「あ……っ」  諒大に言われてハッとする。そうだ。諒大にしてみれば、一緒にいる颯が、あからさまにつまらなそうな顔をしているように見えたのだろう。  本当は諒大に近づきたい、触れたいと思っているのに、それができなくて、鬱々としてため息をついているのに。 「すっ、すみませんっ、楽しいですよ? 泰輝(たいき)とじゃなくてもっ」  颯は慌てて笑顔を作り、その場を取り繕おうとした。  それなのに、場が良くなるどころか、諒大の様子がさっきと一変した。 「……泰輝ってアイツのことですよね」 「へっ?」 「つい最近、履歴書を見ました。岸屋泰輝。颯さん、少し前は岸屋のことを苗字で呼んでましたよね? いつの間に名前で呼ぶような仲になったんですか」  諒大の目が怖い。一切の誤魔化しを許さない、高圧的な雰囲気だ。 「えっ……あの、だから、プライベートでは泰輝って呼んでくださいって言われて……」  「颯さんは、岸屋のことが好きなんですか。ここでの好きは、恋愛としての好きですよ。颯さんはオメガなんだから、男同士の友情だなんて言い訳は通りませんからね」 「そ、そんなことは思ってない、ですけど……」 「じゃあ、今すぐやめたほうがいいですよ」 「えっ、なんで……?」 「下の名前で呼んでほしいってオメガに言う男は、下心があるに決まってるんです。好きじゃないなら、そこは一歩距離を置いてください」 「え……でも……」  諒大は必死になって理論を展開しているが、聞いていて、颯の中にある疑問が生まれる。  諒大の言うことが正論なら、ちょっとおかしなところがある。 「しかもなんだよ『プライベートでは』って。颯さんのプライベートに介入するなよ。颯さんの休みの日に、こんな可愛いカフェに誘うなんて、ふざけやがって……」  ブツブツ文句を言う諒大が面白くなってきた。だって、諒大の言っていることは辻褄が合わない。 「諒大さん」  颯は諒大に微笑みかける。 「それっておかしいですよ。だって、そしたら、諒大さんは僕のこと好きだってことになっちゃいます。諒大さんも僕に下の名前で呼んでって言ってました」  諒大の言うことは的外れだ。下の名前で呼び合っても好きの証拠になんてならない。 「それに、僕の休みの日に諒大さんも僕をカフェに誘いました。代打ですけどね。その人のことを好きじゃなくても休日にふたりでカフェに行くこともあります」  諒大のその思い込みはどこから来たのだろう。いつも理性的な諒大らしくない。 (あれ……? 諒大さん……?)  諒大が何も言わないから、変だなと思い諒大の顔を見る。 (えっ!? 照れてる……!?)  諒大は視線は横向き、左手で口元を隠すようにしながら顔を赤らめている。耳まで真っ赤だから、恥ずかしがってることがバレバレだ。

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